第9話 オカシナ提案 ④
ぱちぱちと目を瞬き、それから眉間にしわを寄せる。
「ええ、まあ」
途端、はーっと物凄い深い溜息を吐かれ、怪訝な顔をするレイナの頬にアレクシスが手を伸ばした。
そのままむに、と摘ままれる。
「
「鈍感な女だとずっと思っていたが、まさかここまでとはな」
「
とりあえず痛いから離して欲しい。
ぐ、とアレクシスの手首を掴んで力を込めれば、彼は不服そうな顔で眉を上げる。
「取り敢えず、お前も世の中の男は全員魔族で気を抜いたら頭から喰われると思っておけ」
ぱっと手を離して真剣な表情で言われるが、納得はできない。
「そんな猟奇的な人間ばかりではありませんよ」
「いいや、男なんか馬鹿なんだから身を護るにはそれくらいの覚悟をしておけ」
「……私なら返り討ちにしますけど」
半眼でそう言えば、不意にくるっと寝返りを打ったアレクシスが両腕でがっちりとレイナの腰をホールドし腹部に顔を埋めた。
「!?」
「俺は返り討ちにできないだろう?」
低く甘い声が、文字通り腹に響き、オカシナ寒気がぞわぞわぞわっと背筋を伝って走っていく。
「た、隊長は頭から喰ったりしないでしょう!?」
思わず声を荒らげれば、腰の辺りを彷徨う男の手が、つ、と背中のくぼみを押した。
「……さて、どうかな?」
身体の奥がくすぐったいような居心地の悪い痛みを感じ、レイナは大急ぎでアレクシスの肩を押す。
だがますます腕がきつく締まるだけだ。
「とにかく離れて! 今のお話を聞く限りでは、ミス・ダイヤモンドとご婚約なさったんですよね!?」
「……今の話を聞いて、どこをどうやったらそう解釈できるんだよ。俺は会食に参加して、二人きりにされた際に、男は全員魔族だから気を付けろと言っただけだ。それに出発の時、レイナと付き合っていると言っただろ?」
「隊長と交際している覚えがないので、それはミス・ダイヤモンドを安心させる嘘だと判断します」
そう告げればもっと力強く抱き寄せられて、彼の顔が腹にめり込む。
「ちょっと!?」
「なあ、なんでお前は自分の恋愛知識を別方向に働かせるんだ? 働かせる方向はそっちじゃないだろ?」
「じゃあどっちなんです?」
とにかく離して欲しくて、手っ取り早く話を終わらせるべく直球で尋ねれば、ようやくアレクシスが腕を解いて上を向く。
呆れかえった遠い目をされて、レイナは口の端を下げた。
だって。恋愛知識を使う場面なんか今までなかったのだから見当違いの回答をするのは仕方ないだろう。
それに、目の前の上司はとにかくモテる。
レイナが補佐官に任命されて最初の仕事は、上司の執務室に送られてくる手紙や贈り物の処分だった。
全部燃やせといわれ仕方なく火焔魔法で徹底的に燃やした。
騎士団施設の中庭で立ち上がる炎の柱をぼうっと眺めている時、やって来たアレクシスはすこぶる上機嫌で、レイナの肩を掴んでじっと顔を見つめ、「身辺整理したし、お前しか要らない」と眩しくて目が潰れそうな笑顔で宣われた。
その様子に、変な女に付きまとわれてよっぽど辟易していたのだろうと胸が痛んだ。
それはジョイス副隊長から聞いた、「女性たちの二十四時間耐久執務室突撃ラブアタック作戦」とか「街を歩くと撃ち落としたハートで道が塞がれる」とかトンデモナイ逸話から容易に察せられた。
女避けに女を導入し、結果、レイナの騎士としてのレベルの高さがものをいって今では隊長を遠巻きに見る謎のファンクラブがあるだけになった。
レイナが来る前はそれなりに遊んでいたらしいことは部隊の騎士たちの発言で察せられる。
同じ騎士団で別の隊所属の三人の兄を持ち、幼い頃から騎士を目指していた恋愛経験ゼロのレイナとは比べ物にならない程度には遊戯としての恋愛知識を持っているのだろう。
愛に発展する恋に関しては知らなそうだが、それは自分もなので割愛。
「レイナ。お前、俺のこと好き?」
唐突に尋ねられ、反射的に答える。
「はい」
「……………………」
「……………………」
何とも言えない沈黙が落ち、レイナは怪訝な顔で首を傾げた。
「あの……隊長、今の質問と恋愛知識の使い方に何か関係が?」
隊長のことは好きだ。嫌いな人間に仕えるほど自分は人間出来ていない。
もとから憧れているし、傍で働けて光栄に思っている。
それと恋愛にどんな関係が?
「……なるほど」
もう答えないのだろうというくらいの長い長い沈黙の後に、アレクシスが低い声で答えた。
それから真剣な表情でレイナの綺麗な翡翠色の瞳を見上げ、重々しく口を開いた。
「やっぱりお前をひん剥いてあれこれしないと駄目だ」
「はあ!?」
なんでそうなる。
セクシャルなハラスメントを越えた断言に、思わず喚き返した瞬間、馬車が止まった。
はっとレイナが扉の方を向く。
外が何やら騒がしい。
立ち上がろうとして、太ももに乗った頭に力が入るのがわかった。というか、なんでまだ寝っ転がってるんだ、この男。
鋭い声が指示を飛ばし、がしゃがしゃと金属のこすれる音がする。明らかに戦闘準備を開始している様子に、レイナは呻くように「隊長」と囁く。
馬車から出て様子を確認するべきだ、という意味合いを込めて。
だが男は目を伏せてレイナの膝枕でのんびりくつろぐだけ。更にはひらひらと手を振られ、唇を噛む。
これくらい、外の人間でどうにかしろ、ということらしい。だが、対処しきれない事態が巻き起こっていたらどうするのか。
まだ若干静かなため、ダイヤモンドは夢の中を漂っている。だが何かの拍子に目を覚まし、事態に気付いて恐怖に震えるのではないかと思うと居ても立ってもいられない。
ここはアレクシスに任せて、自分は外の様子を確認に行った方がいいのではないか……。そう真剣に考えていると。
「アレクシスッ!」
ばん、と勢いよく扉が開きジョイスが顔を覗かせる。そのまま膝枕をするレイナとアレクシスを視界に収め、三秒ほど沈黙が落ちた。
「どうにか対処しろ」
梃でも動きそうにないアレクシスがあっさり告げ、それを聞いた副隊長が我に返る。
「んなら、レイナを貸せ」
「イヤだ」
間髪入れずに答える。
「隊長ッ」
思わずぺしり、と掌で額を叩けばゆっくりと瞼が持ちあがり、朱金の瞳にレイナが映った。
「お前が脱いでくれれば行かせる」
「ジョイス副隊長、敵はどんなものですか?」
戯言を無視し、こめかみに青筋を立ててそう告げれば、この馬車の中だけ空気が異様じゃね? なんて考えていたジョイスが端的に答えた。
「粘液まき散らす巨大花の魔物だ」
食虫植物を魔物に改良したもののようで、飛ばされる粘液の消化作用はかなりなものらしい。
「強敵なのか?」
いまだ身体を起こしもしないアレクシスの言葉に、ジョイスは一つ頷く。
「強敵というより、厄介だな」
「わかった」
そこでようやく彼が身を起こした。やっと自由になったレイナが、深い溜息を吐くと立ち上がり、早々に馬車から出ようとする。その腰をアレクシスが掴んで引き寄せた。
「あれに負けたらベッドの上で全裸にするからそのつもりで」
「絶対に嫌なので負けません」
ぺし、と腰を抱く手を叩き、歯をむいて威嚇する。軽く眉を上げたアレクシスがにんまりと笑った。
「なら、お手並み拝見といこうか」
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