第6話 オカシナ提案 ①
「ミス・ダイヤモンド、こちらが精霊の都へとお送りするための馬車でございます」
ぴしっと背筋を伸ばし、レイナは恭しく扉を開ける。
白と金で縁取られた二頭立て四輪馬車。その内装は落ち着いたワインレッドと銀色で、中を覗き込んだダイヤモンドが感嘆に息を呑んだ。
「素敵な馬車ですね。クッションもふかふかで」
鈴を振る様なか細く、可憐な声が告げる。
「はい。国王陛下の命により特注で作られたものですから」
自分より一つ年下だが、箱入り娘らしい初々しい様子に庇護欲を駆られ、微笑んで告げれば、ダイヤモンドがレイナを振り返り丁寧にお辞儀をする。
「陛下には特別のご配慮を頂き、心より感謝いたしております」
「ミス・ダイヤモンドのお心は、わたくしが責任をもって陛下にお伝えいたします」
恭しく頭を垂れて約束すれば、うふふ、とはにかんだように微笑まれる。
可愛いなぁ、なんてほんわりした雰囲気でにこにこ見つめていると、「すみません」と軽やかなテノールが聞こえてきてレイナの背筋が強張った。
「遅くなりました、ミス・ダイヤモンド」
弾むような、甘い声。だがそこになんだかこう、得体のしれない妙な響きを感じて、レイナは若干笑顔が引き攣る気がした。だが表情筋を総動員して微笑みをキープする。
「アレクシス卿」
振り返ったレイナが頭を下げ、上司とダイヤモンドの対面に邪魔にならないよう、数歩退く。頭を垂れて待っていると、自分に影が落ちるのがわかった。
(……ん?)
下げたままの視界に、上司のブーツの爪先が見える。
「ティントレイ」
そっと名前を呼ばれて顔を上げる。
爽やかな夏の日差しの下、ともすれば重くなりがちな黒と朱金という色味を持った男は、それらを吹き飛ばすほどのきらきらしい、爽やかイケメンスマイルでレイナを見下ろしていた。
のだが。
(──……若干……瞳に不穏な色が……)
じわり、と背中に嫌な汗をかく。
上司の爽やかな笑顔ほど胡散臭い物はない。何を言われるのかと、こちらも必死で笑みを浮かべていれば、何故か目の前の男がレイナに向かって手を伸ばしてきた。
そのままそっとレイナの手を握り締める。
「!?」
「ちょっとこい」
手を取られて引っ張られ、レイナの頭の中は大混乱する。
不安そうに二人を見比べるダイヤモンドの前に立たされ、レイナはひきつった顔でアレクシスを見上げた。
「隊長……?」
「ミス・ダイヤモンド。本日護衛を仰せつかりました、アレクシス・コールドウェルです」
何故かレイナの手を握ったまま恭しくお辞儀をする。
にっこりと微笑んで見せる彼に、ダイヤモンドの顔が蒼ざめ、大きな銀色の瞳に動揺が走る。
「あ……あの……」
胸元で両手を組んで、おろおろと視線を泳がせる彼女に、レイナは怪訝な顔をする。
彼女は若干……おびえているように見える。
そんな警護対象者の様子に気付いていないわけがないアレクシスは、更に胡散臭い笑顔を全開しに、甘い声で淡々と続けた。
「先日お話した通り、ミス・ダイヤモンドの馬車にはわたしも同乗させていただきます」
(……ほほう)
あれだ。見合いの席で決まったことなのか。
四年前のダイヤモンド護衛の際、アレクシスは馬上の人で、馬車の一番近くを並走していた。
あの頃の自分は初心で可愛い騎士だったため、真っ直ぐに背筋を伸ばし、夏の日差しの下、宵闇騎士団の正装である、黒に金の隊服と深紅のマントを纏ったアレクシスを憧れの眼差しで見つめていた。
馬車の白さとの対比が美しく、絵画のようだとさえ思ったのだ。
だが彼の傍で三年補佐官をやった今の自分は、隣に立つ、あの日と同じ格好のイケメン隊長に対して「何を考えているんだこの変態上司は」という冷や汗を伴った感覚しかわいてこない。
今も胡散臭そうな眼差しで見つめていると、彼はレイナとつないだ手をこれ見よがしにダイヤモンドに掲げて見せた。
「未婚のレディと馬車とはいえ、同じ空間にいるのは問題がありますので、一緒にこの、ティントレイも同乗します」
「はい!?」
ダイヤモンドが反応するより先に、レイナから変な声が出た。
「この間の会合では色々と……起きる懸念についてお話ししましたが、そうはならないよう、ティントレイがわたしをこのように拘束しますので」
「はあ!?」
いつの間にか仲睦まじい恋人同士のように、指を絡めて握られ憤慨す。
「い、一体何を」
抗議するように彼を見上げて告げれば、ひんやりとした朱金の瞳がレイナを映す。
言外に「黙れ」と言われた気がして部下の彼女は背筋を正した。
「このように片手を封じられてはわたしは何もできませんから、ご安心を」
何の話をしているのか、皆目見当がつかない。口の端を震わせながらダイヤモンドを見れば、彼女は若干蒼ざめた表情でレイナとアレクシスを見比べた後、おずおずと唇に笑みを浮かべた。
「本当に? この間ご説明されたようなことにはなりません?」
「ええ。安心してください」
(一体何を吹き込んだんだ、この男は!?)
ほっと胸を撫でおろすダイヤモンドに、レイナの脳内がものすごい勢いで計算を始める。
この間説明したって、顔合わせの時にだろうケド……一体何を話したんだこの変態上司ッ!
よほど引き攣った顔でアレクシスを睨んでいたらしい。こちらを向いた上司が、軽く眉を上げてそれからふわりと微笑むと、繋ぐレイナの手を持ち上げて、指の背に自らの唇を押し当てた。
「そんなことにならないよう、こちらのティントレイが己の身をもって阻止しますから」
ぞわぞわぞわ、と電撃にも似た衝撃が腰から頭へと走り、レイナは赤くなったり青くなったりしながらアレクシスに殺気の滲んだ眼差しを送る。
「どういう意味でしょうか、隊長」
「そのままの意味だよ」
さ、乗ってください。
一切、レイナの手を離すことなく、片手でダイヤモンドを馬車へと導く。
次いでアレクシスが乗り込み、手を繋ぐレイナも引きずり込まれる。
「わ、私にも馬が……」
「ジョイスに任せてある」
ああ、副隊長なのに雑用係二号に任命されている……。
あのあと副隊長はリューネの森に何故立ち寄るのかをアレクシスに聞いたらしいが、結局押し切られたと肩を落として言っていた。
無駄な抵抗だったとも。
(そう……この上司に勝てる魔族が存在しないのは当然として、人間でもいないんだよね……)
遠い目をしながら彼の隣に座る。
相変わらず手は繋がれたまま。
やがて盛大なラッパの音が結界塔広場に朗々と響き、精霊の都を目指して部隊が緩やかに進み始めた。
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