第29話 さあ、旅立ちだ
「シャリアルライト、ここに推参!」
「……シャリアルライト?」
「話は後です。まずは悪しき魔物を倒すのが先。正義と悪をその身に宿し、すべての守護者たらんと爆誕したシャリアルライトの力、見せてさしあげます!」
「……何だか、性格も変わっているような。成功したと言ってもいいのかな」
ブラッドが頬にひと筋の汗を流す中、どこぞのアニメのヒーローじみた動きで、シャリアルライトが石床を蹴る。
足の動きに合わせて翼をはためかせ、スピードを上げて間合いを詰め、反応しきれないガーシュインの胴体を全力で蹴りつける。
吹き飛んだ巨体が壁をぶち破り、地下室の外へ叩きつけられそうになったところで、張られた結界によって室内へ戻される。
そのまま滅んでくれれば楽なのだが、体が大きくなった分、並外れた生命力を宿したらしく、うつ伏せに倒れたガーシュインはすぐに起き上がった。
「貴様……! この天魔皇帝に逆らってただで済むと思うなよ!」
「笑止です! そちらこそ最強の守護天使となった、このシャリアルライトに敵うと思っているのですか! 不愉快甚だしい勘違いを正してあげましょう!」
一人と一匹のやりとりを見て、ブラッドは率直に思う。会話を録音して、元に戻ったリリアルライトに聞かせたら両手で顔を覆って恥ずかしがるのではないかと。
言葉の応酬はどこか呑気さも感じさせたが、いざ戦闘が開始されると微笑ましさなど微塵もなかった。
巨大な建造物同士がぶつかりあうような衝撃音が響き、空気を伝って届く震動だけで、ブラッドは軽く後方へ飛ばされる。
近場で強烈なハリケーンが発生したみたいだった。立ち上がろうとしては転ぶという行動を数度繰り返していると、誰かがブラッドの腕を引っ張ってくれた。
「大丈夫か、ブラッド。私たちが近づいては足手まといになる。少し下がっていよう」
クレスだった。相変わらずキワドイ格好になっているが、あまり気にしてはいなさそうである。
多少とはいえ、アリヴェルの魔力を得たマリーニーが手を出す隙を狙っているが、そんなものはどこにもない。
人間以上の力を手にした彼女であっても、気を抜けばすぐにでも吹き飛ばされそうになっていた。
「下がっては駄目だ。僕にもまだできることがある。ガーシュインを倒すためにね。だから、クレス。僕を支えてくれるかな」
「もちろんだ。必要とされる限り、いつでもどこまでもブラッドを支えよう」
背後に回ったクレスが、両手でしっかりとブラッドの体をその場に固定する。右足を後方に下げ、力を入れた足指で床を掴むように踏ん張る。
おかげでブラッドはさらなる後退と転倒をしなくて済むようになった。視界も安定し、集中できる環境になったところでマントを動かす。
「魔法陣……新しい禁魔法か?」
「うん。シャリアルライトが上手くガーシュインの体力を減らしてくれれば、何とかなるかもしれない」
「ならば、期待して見守るか。それにしてもシャリアルライトとは……」
「本人が好きでつけた名前みたいだし、いいんじゃないかな。妙にノリノリでもあるし」
暴風域のごとき衝撃と轟音の中心地で、正面からシャリアルライトとガーシュインがぶつかりあっていた。
振り下ろされるガーシュインの闇の剣を、シャリアルライトが作ったと思われる光の槍で受け止める。
足が床にめり込みそうになるのを、翼を使った浮上の力で押し返す。
両者の動きが止まった直後にわざと力を抜き、ガーシュインがバランスを崩したところで白魔法を放つ。
「ほとばしる神の雷をその身に食らい、悔い改めなさい。ジャスティスサンダー!」
地下室全体が真っ白に染まり、閃光の雷が四方八方から襲い掛かる。逃げ場のない攻撃に、さしものガーシュインも苦悶の声を上げた。
「いちいちポーズを決めて、変な決め台詞を言う点を除けば凄いな」
「うん……どうしてああなったんだろう」
「私にも理解できませんわ。ただ、近づくのは困難でした。ランク四の魔法をぶつけつつ、彼女は魔力を高めています。恐らくは神話級と呼ばれるランク五の魔法を発動するタイミングを待っているのでしょう。シャリアルライトとなった今なら、使用できても不思議はなさそうですし」
マリーニーが戦闘に参加するのを諦めたらしく、ブラッドの側に立つ。純粋な人間でなくなっているので、やはり生来の恐怖症は発生しなかった。
「本当に私が近寄っても平気になったのですね」
「みたいだね。これが呪いの代償だとしたら、拍子抜けしちゃいそうだよ」
苦笑いするブラッドに、マリーニーは真面目な表情で「そうでしょうか」と言った。
「人間の女性に近寄れないということは、すなわちブラッド様は子孫を残せないということになりますわ。人としての本能を果たせなくした呪いの代償として、膨大な魔力を得られているのではないでしょうか」
「従来とは考え方を逆にするんだね。今まで因子を持つ人たちが呪いに晒されなかったのは、呪いの代償となる総魔力が因子に溜まっていなかったからか。ご先祖様も意外と考えていたんだね」
「さすがはネクロマンサーの一族と言うべきかもしれませんわね。それで、ブラッド様は何をしてらっしゃるのですか?」
「ガーシュインをこの世界から退場させる秘密兵器だよ。ただし効果が大きい分、強めに抵抗されると跳ね返される。不意をつけるのは恐らく最初の一回だけ。失敗は許されない」
「では、私も可能な限り協力させていただきますわ。仕掛けるのを完全に諦めたわけではありませんので」
魔法陣を作るブラッドの邪魔をしないよう、マリーニーが離れる。一人でもなんとか立っていられる彼女は、独自に行動するみたいだった。
「まだ大丈夫か? 辛くなったら言ってくれ。すぐに離れる」
「うん……もう少し、だから」
堕天使として戻ってきたシャリアと違い、クレスはブラッドの魔力を供給された不死人のままだった。体温は極端に冷たく、触れているだけで対象の熱を奪ってしまう。
しかしクレスが離れれば、すぐにブラッドはよろめいて倒れる。いまだシャリアルライトとガーシュインは戦闘を続行中なのだ。
「ちょこまかとぉぉぉ! さっさと死ねやあァァァ!」
溢れる涎を気にもせず、ガーシュインは爛々と瞳を赤く輝かせて闇の剣をさらに一本追加する。同時に口から炎を吐き、回避させることでシャリアルライトの隙を作ろうとする。
「この程度で私を動かすなど不可能です。己の愚かさを知りなさい。マジックライトカーテン!」
シャリアルライトの力ある言葉に応え、宙に引かれた白い光のカーテンがガーシュインのブレスを防ぐ。一度防いだあとは消えてしまったが、それで十分だとばかりに、今度は彼女が踏み込む。
「操る剣を増やせば良いというものではありません。正義の槍でその身を引き裂かれるがいいです!」
「ほざけぇぇぇ! 殺すぅぅぅ! 殺してやるうあァァァ!」
因子を奪おうとしていたのも忘れたように、ガーシュインは腕力に任せて剣を振り回す。
シャリアルライトは上手く回避し、隙だらけとなった巨体に必殺の一撃を食らわせる。
「裁きの光よ! 神をも恐れぬ愚かな魔物に正義の鉄槌を下したまえ! ジャッジメント!」
脳まで響く高音がキィンと響いたと思ったら、館が強烈に揺れた。天上から降り注いだ光の柱が屋根を貫き、ガーシュインごと地下室の床へと突き刺さったのである。
床を突き抜けて大地まで届いた光は、そのまま世界の裏側へ到達していそうだった。
あまりにも神々しく、苛烈で見事な光柱。マリーニーに解説してもらわなくともわかる。シャリアルライトが発動させたのはランク五の魔法。天上に助力を求めたのを考えれば、堕天ではなく白の方になるのだろう。
光の柱に閉じ込められたガーシュインがもがく。
「無駄です。その光は貴方の存在が消滅するまで消えません。さあ、とどめです」
能力は互角でも、冷静さで上回ったシャリアルライトが勝利を手にする。場にいる誰もがそう思った瞬間だった。
後々を考えて合体を一時的にしておいたのが仇になり、シャリアルライトは再びシャリアとリリアルライトの二人に別れてしまった。
同時にガーシュインを捕らえていた光の柱も消える。存在を消滅させるには至らず、憤怒に支配された魔物が獲物へ噛みつかんばかりに一歩を踏み出す。
合体の解けたシャリアとリリアルライトは、焦りを隠せていない。シャリアルライトでなくなったのであれば、互角以上に戦うのは不可能だった。
「ど、どうしよう!」
「戦うより他はありません。敵も弱っています、覚悟を決めてください」
「お二人とも、身を低くなさってください。体力が低下している今ならば、私の魔法も通用するはずですわ。残っているすべての魔力を注ぎ込んで放つランク四の黒魔法。せいぜい堪能なさってくださいな。バーストフレア!」
マリーニーの両手から放たれた白い炎が、蛇のように絡み合いながらガーシュインへまとわりつき、足元から顔付近まで上昇して爆発した。
生じた爆風を、咄嗟にリリアルライトがライトシールドを張って防ぐ。
「はあ……はっ、はうっ、ごほっ! しょ、少々……無理をしましたが、弱った肉体に今の一撃はさすがに堪え――てはいるみたいですが……想像以上の化物ですわね」
魔力を空っぽにした黒魔法でも、ガーシュインを倒せなかった。
シャリアルライト時に結構な魔力を使っていた二人も、残りは心許ない。
だが、敵はまだ二本の足で立っている。
「邪魔を……するなあぁぁぁ! 俺がすべてを、手に入れるのおォォォ!」
「く……ここまでなの……?」
「いや、よくやってくれたよ。後は僕に任せて」
「ブラッド!?」
「シャリア、戻ってきてくれたありがとう。だから今度は僕が戻ってくる番だ。信じて待っていてほしい。君がいる場所へ帰ってこられるように」
「え? 何を……」
「さあ、旅立ちだ。君の見送りはいないみたいだけど出発するよ。魂の世界へね。ゲート・オブ・ソウル!」
魔法陣から生み出された光が、ブラッドとガーシュインを包む。
「触媒は僕だ。ネクロマンサーの力を持つ僕が、案内役を務めてあげるよ」
その言葉を残し、ブラッドとガーシュインは忽然と姿を消した。
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