第28話 駄目元で試してみる?

「シャリアは何を?」


 疑問に答えたのは、シャリアの頼みを聞いて、ブラッドへ歩み寄ってきたリリアルライトだった。


「マリーニーさんとクレスさんの回復に向かったのでしょう。私の力は神に与えられしもの。不死人と魔族の血を得た彼女たちに使えば、逆にダメージを与えてしまいます」


「そうなんだ。天界に上がって、シャリアも色々な知識を得てきたみたいだね」


「正確には天使となったからでしょうね。流れ込むように能力の使い方を含めた様々な知識を獲得できますから」


「そっか。で、敵さんはどうして黙って見てるんだろうね」


「余裕というか油断でしょう。シャリアさんを含め、回復した私たちを甚振って遊ぶつもりなのです」


 ガーシュインを睨みつけたリリアルライトは、悔しさを隠そうともしない。


「我が身に二つの因子が残っていても勝てるかどうか……いえ、その前に私が因子を奪われていなければ、あそこまでの凶悪な存在にはなりえませんでした。それどころか、肉体を崩壊させて自滅していたでしょう。すべては私の責任です。償えるのなら、何でもするのですが……」


「それなら駄目元で試してみる? 向こうと同じパワーアップを」


 倒れている時に姿が見えなかったクレスが、離れた場所にいただけだとわかり安堵しつつも、ブラッドはそう提案していた。


「何か……考えがあるのですか?」


「うん。シャリアとリリーを同化させるんだ」


「……え?」


「堕天使ということは、存在は魔族に近くなったということだよね? その因子を持ったシャリアとリリーの肉体を合体させれば、特殊な変化を起こすんじゃないかな?」


「……悪魔合体ですか。知識としては、行える者がいるのも知っています。まさか、ブラッドさんが可能だとは夢にも思っていませんでしたが」


「その人と同じやり方かどうかは知らないけどね。人間だと無理なんだ。肉体が耐えきれずに崩壊を起こすからね。でも堕天使と天使なら耐えられるはずだよ。僕の魔力で一時的な同化に留めておけば……まあ、絶対に安全とは言えないし、元に戻れる保証もないんだけど……」


「私はやるわ」


 いつの間にか戻ってきたシャリアが、ブラッドの隣に並んだ。側には回復したクレスとマリーニーもいる。


「すべての責任は私にあります。シャリアさんが了承してくださるのなら、その案に乗りましょう。フフ。貴方方を見ているうちに感化されたのでしょうか。勝手な真似をして、天界から追放される危険性もあるというのに」


「リリー」


「そんな顔をしないでください、ブラッドさん。碌な説明もせずに、シャリアさんを天界へ上げた罪滅ぼしではありませんが、私も覚悟を決めました」


「わかった。じゃあ、すまないけどクレスとマリーニーは時間を稼いでくれるかい? 僕らで遊びたがってるガーシュインが邪魔をするとは思えないけど、考えを変えられたら大問題だ」


 承知したとクレスが魔剣を構え、マリーニーは詠唱を開始する。


「いきますわよ、クレスさん。ここで見せ場を作っておかないと、後々にブラッド様の隣に立てなくなりますわ」


「それはいかん。シャリア以上に必要とされるには、ここで役立っておかないとな」

 冗談っぽく笑い、二人の女性が走り出す。それを見たガーシュインが組んでいた両手を離して身構える。


「最後の抵抗をしてみせろ。絶対王者たるこの天魔皇帝ガーシュインが相手をしてやる。全滅させてから、残ったアリヴェルの力、天使の因子、そして堕天使となった女の因子を手に入れさせてもらう。感謝するぞ、俺の強さの餌になってくれるんだからなァ!」


「ウフフ。貴方も意外とポンコツですわね。殺されるのを感謝するだなんて!」


 放たれるヘルフレイムウェーブ。最初から致命傷を与えられるとは考えておらず、マリーニーの狙いは突撃するクレスを隠すことにあった。


 深海生物のごとく炎の大波へ潜むようにして、水平に剣を構えたクレスが視界にガーシュインを捉える。


「この程度で俺をどうにかできると思っているのか!」


 口から吐き出されるブレス。ランク四の魔法に相当する威力だけに、マリーニーがアリヴェルの血を取り込んで、使えるようになったヘルフレイムウェーブも容易く跳ね返される。


 だがそれも織り込み済み。クレスはスライディングして敵の足元に入り込む。巨体となって、丁度真下が死角になっているのだ。


「その両足、貰うぞ」


 狙い通りに剣を振るうも、変貌したガーシュインの足はまるで鋼鉄の大木だった。魔力で切れ味を高めているのに、断ち切るどころか剣先すら入っていかない。


「その程度のなまくらで、この天魔皇帝をどうにかできると思っているのか。ウハーハッハ!」


「笑い方も含めて、どんどん悪趣味になっていきますわね。変貌した肉体に精神が引っ張られているのだとしたら、危険極まりないですわ」


 床を転がり、跳ね返されたヘルフレイムウェーブともども敵のブレスを回避したマリーニーは、片膝立ちで軽く舌打ちをする。


 勝つのは難しいというより無理に近い。けれど彼女の役割はあくまでも時間稼ぎ。強引に攻める必要はなかった。


「魔族の力を借りればランク三まではなんとかなりますわね。ここはひとつ、クレスさんに頑張っていただきましょう」


 マリーニーが次に唱えたのは、対象者の肉体を強化するランク三の魔法だった。リリアルライトが使っていたのとほぼ同じ効果の黒魔法バージョンである。


 攻撃力と防御力、さらには魔法防御まで強化されたクレスは、ヒットアンドアウェイ方式でガーシュインと相対する。執拗に同じ場所を狙い、少しずつでも着実にダメージを与えていく。


 鬱陶しく思ったガーシュインが、ギロリとクレスを睨んだ時点で作戦は成功だった。中距離から魔法を飛ばしつつ、マリーニーは敵の意識をさらにブラッドから引き離すように移動を開始する。


 マリーニーとクレスが奮戦している間中、ブラッドはこそこそと地下室を走り回っていた。マントを使って魔法陣を描いているのだ。


「これで大丈夫かな。魔法陣自体は間違いないと思うけど、初めて使う魔法だからね」


「でも、それが成功しないと、どの道殺されるわ。天界で見ていたけど、正攻法ではとても勝てそうにないもの」


 堕ちても能力は天使だった頃とさほど変わりない。天界の意向を無視して、力を扱えるようになったくらいだ。


 生まれた時からの天使ではなかったシャリアの持つ因子はひとつ。つまり実力自体は現在のリリアルライトと同レベルだった。


「そうですね。アリヴェルの血を取り込み、今の私に近いレベルまで到達したマリーニーさんでも相手になっていません。ちなみに天界の制止はありません。現状を注視しているのでしょう」


「それはありがたいね。じゃあ、禁魔法を発動するよ。理論自体は代々の人たちが完成させていたんで、僕の手柄でもないんだけど」


「ブラッドさんほどの総魔力がなければ実行は不可能だったのでしょう? ならブラッドさんの力は大きいです」


「正確には種を植えた初代当主のおかげになるのかな。もっとも呪いだったらしいから、そのおかげで僕は理由もなく女性が苦手なのかもしれないんだけどね」


「なら、私は感謝するわ。エッチなブラッドが女性を苦手でなかったら、世界は大混乱に陥っていたもの」


 顔は笑っているが、シャリアの目は真剣そのものだ。緊迫感がないと笑いつつも、実際にその通りかもしれないとブラッドは思った。


 できるならまた平和に笑って過ごしたい。そのためには、すべてを欲しているガーシュインをどうにかしなければならない。


「じゃあ、行くよ。ソウルユニゾン!」


 魔法陣が赤と紫の輝きを放ち、左右に立つシャリアとリリアルライトを薄い膜で包む。


 程なく二人の姿が掻き消え、魔法陣の中央に大小様々な光が降り注いだ。


 シンシンと降る雪みたいに一部分だけに積もり、雪像を作るがごとく積み上がっていく。


 ここでガーシュインがブラッドたちの異変に気付く。何をしていると叫び、血走った目を向ける。本能で危険を察知したのかもしれない。


「そう慌てにならないで、もう少し私たちと遊んでいかれてはいかがですか?」


「不本意だがサービスしてやるぞ」


 マリーニーとクレスの辛口に苛立ちを募らせ、ガーシュインは駄々っ子が暴れるように両腕を振るう。


 人間の子供ならたいした脅威にもならないが、ガーシュインは巨体の化物。尚且つ右手には闇から誕生させた大剣を所持している。


 振り回すたびに漆黒の衝撃波が発生し、地下室のあちこちを壊す。威力が強大すぎるあまり、ブラッドの張った結界が軋む。


 ひとしきり暴れたあと、ガーシュインはかすかに冷静さを取り戻したが、目は怒りと興奮で充血したままだった。


「こみ上げてくる。渇望が、怒りが、そして力が! 俺は最強の天魔皇帝だあァァァ!」


 語尾が裏返り、大きく開かれた口から涎が滴り落ちる。変貌して時間が経つごとに、人間らしさを失っているみたいだった。


 ブラッドの両目に、自然と憐れみが宿る。


「すべてを欲するがあまり、本当の自分を失うのか。今の彼は一体何者なんだろうね」


 ひとり言のつもりだったが、すぐ側から「化物です」という答えが返ってきた。


 光を失った魔法陣の上には、二人ではなく一人の女性がいた。


 形状が同じ翼にも関わらず、左右で色が違う。右が白、左が黒。さらには瞳の色も右が金色、左が黒色になっていた。


 髪の毛は輝く金色で毛先のみが黒い。肌の色は白で統一されており、顔立ちはリリアルライトとシャリア、どちらの面影も残していた。


 極上とついても違和感がない美人。それが禁魔法により一体化した女性に抱いた、ブラッドの第一印象だった。

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