第24話 だったら、いいんだ
「初代の日記には興味深いことが書かれていたよ。最後のページにね。私はこのあとすぐに殺されるだろう。だが種は残すつもりだ。いつの日か仇を取ってほしい。それが内容だよ」
「事実だとするのなら、殺したのはデスライズの一族をまとめて敷地内の館に押し込め、デスライズ家とした人物……つまりは当時のガーシュイン男爵じゃないのかな」
「ほう。意外と鋭いな。その通りだ。奴は俺が殺した。不死を得る段取りがついたのでな。連中を野放しにしておいて、余計な力をつけられたらマズい。そう考えて全滅させるつもりだったが、奴にはしてやられたわ」
殺されるのを理解していたデスライズ家の初代当主は、ガーシュインと対峙した際に自らの一族の血へ呪いをかけた。
「奴は言った。血の呪いを受けた者は魔力が消えると。一族の血に植えた因子に吸われるせいだと。そして種は多くの魔力を餌として最後に花開く。膨大な魔力を時の因子の所有者に与えるためにな」
「死ぬ間際の世迷言と思ったが、奴の殺害後間もなく魔力が消えたと騒ぎだす者がデスライズ家の中に現れた。初代当主の発言は真実であったのだ。まったく面白くもない」
「因子を持つ一族すべてを殺せば、呪いの因子はどこへともなく飛んでいくらしい。他の国の民へ渡る可能性もある。始末できなければ管理するしかない。従って初代当主が死亡後も、デスライズ家へ支援を続けるように命を残して俺は姿を消したのだ。エターナルチルドレンとなるためにな」
一族が根絶やしにされるのを、呪いという実にネクロマンサーらしい方法でデスライズ家の初代当主は阻止したのである。
事前に準備していたのだろうが、誰にも話していなかったに違いない。そうした情報は館の書斎のどこにもなかった。
「アリヴェルにこき使われながらも、俺はデスライズ家の監視を続けた。時には使用人になってみたりな。だが誰一人として呪いの因子が花開くどころか、死者蘇生の術すら編みだせなかった」
「恐れる必要もないと判断し、ここしばらくは放置していたのさ。そのうちにデスライズ家は滅亡の危機に瀕していた。血の繋がりを大事にしてきた一族だからな。いずれそうなるのは明らかだった」
「これで俺の心配の種がひとつ消える。そう思っていたら、まさか最後になるだろう当主で花開くとはな。貴様の総魔力は、そこの女天使どころかアリヴェルをも超えている。人間に限定すれば、並ぶ者などいやしないほど強大だ」
「なるほどね。道理で他の誰もできなかった魔法陣を発動させられたりできたわけだよ。魔力の多さだけで強引に成功させていたんだね。考えてみればシャリアやクレスみたいな不死人を作るのにも、かなりの魔力を要する。一般の人にはきっと不可能なんだろうね」
「その通りだ。だからこそ俺はネクロマンサーの情報を秘密裏に流した。長年の研究が成功したらしいとな。大抵の人間なら気にも留めねえが、そこの女天使は違った。普段は滅多に館を出ねえくせに、強引にデスライズ家へ赴いた。噂を流した翌日にな!」
「それでピンときたぜ。この女は天使だってな。俺が飲み込んでいた因子に反応しなかったのは、人間として生きていたからだと思ったんだが……どうやら因子自体が多少は違うみたいだな。取り込んだ今ならよくわかるぜ」
ガーシュインが口角を歪める。もはや少年の愛らしさなど、どこにもいない。凶悪で残虐な生物がいるだけだった。
「……十数年ほど前です。天界が少し騒ぎになりました。天使の因子が消えていると。当時魔族に目立った動きはなかったため、表立っての対策はとられませんでしたが、因子が消えたと思われ、さらに新たな因子持ちし者を誕生させた周辺地域――ここロッケルベル領に私が遣わされました」
「私が何者かに捕らわれた場合を想定し、誰が因子を持っているかなどの情報はありませんでした。日々気になった点をチェックし、夜に天界へ報告する。その繰り返しでした。そんな時にブラッド、貴方の情報を得たのです」
デスライズ家に出向いたリリアルライトは目を疑った。常人では考えられない魔力の流れを見に宿した女性――つまりはシャリアの存在に。
天界へ報告した際、実害あるまで監視を続行せよと告げられた。そのため兄のケールヒから話を聞く程度にとどめていたのだが、状況が一変した。
女魔族のアリヴェルが本格的に動き出したと、私室にいたリリアルライトに連絡があった。天使の力を解放し、アリヴェルを退治せよとも。その時ついでに、シャリアが天使の因子を持つとも教えられた。
「純粋な人間でなくなっているのもあり、場合によってはシャリアさんを天界へ上げろという指示も受けていました。館へ到着後、戦いの音が聞こえたので失礼ながら勝手に結界の張られた建物内へお邪魔させていただきました。天使の力で一部とはいえ結界を無効化できましたので」
「地下ではアリヴェルが倒されたところでした。私は悩みましたが、シャリアさんの魂を現世から解き放つのを決めました。やはり死した人間が存在するのは不自然なのです。けれど、その後のブラッドさんの生きる希望を失ったかのような目を見て、自身の決断が正しかったのか迷ったのです」
「注意が疎かになったところを、エターナルチルドレンに狙われました。迂闊でしたが、不幸中の幸いで因子はひとつ残っています。アリヴェル以上の災厄となる可能性があるガーシュイン。貴方はここで、私が神の名のもとに滅します」
「お前にやれるのかよ! ククク。残っているもうひとつの因子も奪わせてもらうぞ。血の魔法陣で因子の力を本格的に取り込めるようになったんだ。もっと強くなって、すべてを手に入れてやる!」
高々と掲げたガーシュインの右手に漆黒の闇が生まれる。闇は二メートルを超える大剣となり、手に収まる。
本来なら振るのさえ困難な巨大な剣を、ガーシュインはまるで手慣れた武器のように軽々と扱う。
「天使の因子と魔族の因子。両方手に入れた俺は、さしずめ天魔皇帝とでもいうところか。フハハ! とてもじゃねえが、ちっぽけな領地の領主で終わる器じゃねえよなァ!」
宙を薙ぎ払っただけで、すべてを飲み込むような闇の波動が生じ、ブラッドたちを襲った。
アリヴェルとの戦闘で鎧を破壊されたクレスが盾となるが、生前と変わらない強度の肉体はあっさりと斬り裂かれた。
「聖なる光よ。我が身を守る盾となりなさい。ライトシールド」
リリアルライトが手をかざし、出現させた光で自身とブラッドの前に盾を作る。粉々にはされたが、おかげで闇の真空破は防げた。
「天使なんだ。神聖魔法を使えるのは当然か。だが二つある因子の一つを俺に奪われ、力は半減しているはず。勝ち目なんてねえんだよ!」
笑うガーシュインの全身から闇のオーラが立ち上る。上方の暗がりを飲み込み、大きな円形へと変化する。
「魔族の力と天使の力が合わさった俺は無敵。それを教えてやる」
今度は白い光が天井から降り注ぐようにして、パーティー用の大皿並みの大きさはあろうかというボールみたいな闇の光に合流する。
黒と白が半分ずつ交じり合ったエネルギーの塊ともいえるものに、雷を思わせるエフェクトがまとわりつく。それらにもやはり白と黒が存在した。
ガーシュインの魔法が発動するまでの間に、体を真っ二つにされたクレスが回復する。
「……させるかっ!」
ほぼ裸であっても、恥ずかしがっている余裕はない。クレスは全力で走り、ガーシュインに迫ると跳躍する。
獣の咆哮を連想させる叫びを放ち、両手に持った魔剣を振り下ろす。
剣先がエネルギーの塊に触れた瞬間、クレスの耳をつんざくような悲鳴が地下室に木霊した。
白と黒の雷光がクレスを襲い、一瞬で白目を剥かせるほどの衝撃とダメージを与えた。
全身が焼き焦げたみたいにただれたクレスは、手から離れた剣とともに床へ落ちた。
「クレス!」
「近づいてはいけません! 何という魔力。一体どれだけのホーリーチルドレンを犠牲にすれば、あそこまで……」
リリアルライトがギリッと音がなるほど上下の奥歯をぶつける。彼女が初めて見せる、敵意に満ちた表情だった。
「今度は光の盾でも防ぎきれるか……」
「……こんな時だけど、ひとつだけ聞いていいかな?」
ブラッドの態度に真剣さが漂う。
「何でしょう?」
「シャリアは……彼女の存在は消滅したんじゃないよね?」
「はい」リリアルライドは軽く微笑む。「彼女の魂は今も天界にあります。天使として」
「そうか……だったら、いいんだ。シャリアが心安らぐあの笑顔を浮かべていてくれるなら、場所はどこでもいい。僕の隣じゃなくてもね」
「ブラッドさん……」
「エンジェルちゃん……ってのもあれだよね。リリアルライトだと長いし、今後はリリーでいいかな? とりあえず今はアイツを倒す仲間なわけだし」
リリアルライトが構いませんと頷いたのを見て、改めてブラッドは彼女に声をかける。
「それじゃ、リリー。何かゴムのような素材を持っているかな」
「ええ、ありますが……」
リリアルライトが取り出したのは、ドレス内にしまっていたゴム手袋だった。何かの際、手を汚さないように所持していたものだ。
受け取ったブラッドはそれを地面に置いて、大急ぎでマントの硬度を上げ、床を削り取るような形で魔法陣を描き始める。
「少しの時間でも稼げるように、リリーはさっきの魔法をお願い」
「わかりました。神よ、従順な下僕たる私に偉大なお力の欠片をお貸しください。ホーリースペルアップ」
祈りの力で自身の白魔法の威力を向上させたのち、リリアルライトは再度ライトシールドを出現させる。ホーリースペルアップとライトシールドは両方とも、人間が分類するランク三の白魔法だった。
天使の力を扱える彼女だからこその使用であり、教会関係者の神官であれば、リリアルライトが唱えた魔法の劣化版となる、ランク一の魔法強化と防御魔法を主に駆使する。
とはいえ、ランク二を使えれば大神官と讃えられるくらいなので、ランク三は雲の上の魔法となり、どのような種類があるのかさえ知らない者が多かった。
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