第23話 私は夢でも見ているのか

 リリアルライト自身の意思でないのは、腕の周囲から漏れ出る血を見ればわかる。彼女は何者かに腹部を貫かれていた。


 手が抜かれると、リリアルライトはその場に倒れた。隠れ場所が消えた形になり、新たな人物が登場する。誰よりも驚いたのはクレスだった。


「シュガー!? どうしてお前が……」


 背後からリリアルライトをひと突きした人物は、クレスの血の繋がらない弟のシュガーだった。


「やあ、クレスお姉ちゃん。久しぶり……でもないかな。このゴミを片付けるまで、ちょっと待ってね」


 無邪気な笑顔でリリアルライトの後頭部を足蹴にし、両手で羽をむしり取ろうとする。そこに一切の躊躇や情けはなかった。


 残虐極まりない笑みを浮かべるシュガーの右手には、光る玉のようなものが握られている。もしかしたらリリアルライトの魂、もしくはエネルギーの塊みたいなものなのだろうか。


「やめるんだ、シュガー!」


「どうして止めるの? この天使はお姉ちゃんの友達を殺したんでしょ? 次はお姉ちゃんの命も奪われちゃうよ。だったらその前に殺さなきゃ。僕、おかしいことを言ってるかなぁ」


「お、お前……本当にどうしたんだ」


「……なるほど。貴方はエターナルチルドレンでしたか」


 倒れていたリリアルライトの全身を発光が包む。


 踏みつけていたシュガーが「おっと」と飛び退いた。


「天使の因子は奪ったはずなのに、まだ動けるんだ。驚きだね。お姉ちゃんもそう思うでしょ?」


 クレスが何か言うより先に、立ち上がったリリアルライトがシュガーを睨みつけた。


「演技はおやめなさい! この周辺でホーリーチルドレンの因子を奪っていたのは貴方ですね」


「ではお望み通り、演技はやめてやろう。そうだ。俺が奪って、手に入れてたのさ。天使の力の源、因子をな。あの女魔族が動いてくれたおかげで、俺へのチェックが甘くて助かったぜ」


 声はそれまでと一緒でも、喋り方や纏う雰囲気は一変した。とても村で出会った家族思いの少年とは思えなかった。


「そんなに固まるなよ。俺はお前の味方だぜ、デスライズ家の末裔。そもそもお前らは、俺がこの地に呼び寄せたんだ」


「僕たちの一族を呼び寄せた?」


「そうさ。改めて自己紹介をしてやるよ。俺の名前はガーシュイン・ロッケルベル。昔は知り合いにガーシュなんて呼ばれたりしたっけな。まあ、好きに呼んでくれ。なんなら、シュガーのままでもいいぞ」


 その台詞で我に返ったクレスが、先ほどより厳しい口調でどういうことか改めて質問をした。


「簡単な話さ。死の病に瀕した際、俺は不老不死を求めてデスライズ家を呼んだ。だが連中は俺の生きている間に不死の方法を発見できそうもなかった。だから俺は秘密裏に儀式を行い、悪魔を召還した」


「それがアリヴェルですね」


 リリアルライトの視線の力が増す。天使の力なのか、溢れ出た血はそのままだが、腹部に開けられた穴はもうだいぶ塞がっていた。だがその回復力は、ブラッドが蘇生させたクレスに劣る。


「ククク。回復力が落ちてるぜ。やはり因子を奪われた影響は大きいみたいだな」


「御心配には及びません。ホーリーチルドレンと違い、純粋な天使は因子を二つ持っておりますので」


「そういうことか、謎がひとつ解けたぜ。教えてもらった礼に話を続けてやるよ。アリヴェルを召還した俺は奴に忠誠を誓い、この体になった。さっきからそこの天使が言っているエターナルチルドレンってやつだ。魔族と契約して不老不死になると、ガキの姿にされる。周囲に油断してもらうためだって話だ」


「誰が始めたのか知らねえが、今では魔族どもの間で暗黙の了解みてえになってるらしい。天使どもにもバレちまってんだから、今さら意味なんてねえような気もするがな。まあ、そんなわけで俺は念願の死なない肉体を手に入れたってわけだ」


 あまりにも突拍子もない話で、クレスはついてこられずにいるが、ブラッドは大体を理解できていた。


「もう一つ疑問があります。貴方の契約者がアリヴェルだと言うのなら、彼女が死んだ際に契約は破棄されるはずです。なのにどうして、いまだに存在していられるのでしょう?」


 リリアルライトの質問に、ガーシュインがクックと笑う。


「お前だって予想がついてんだろ。天使の力を取り込んだからさ。こうやってな!」


 リリアルライトから奪った光の玉――力の源となる因子を、ガーシュインが飲み込んだ。


「ついでに言うと、アリヴェルを唆して発動させた魔法陣は、体内にある因子を俺と同化させるためのものだ。要するに力を得るのは俺だったわけさ。おかげで気分爽快だぜ」


「なるほど。魔族の力ではなく、天使の因子で肉体を構築させているわけですか。不愉快極まりないですね」


「そう言うなよ。俺は同胞みたいなもんじゃねえか。あ、そうそう。こいつからも力を回収しておかねえとな」


 まるでスキップするように、ガーシュインは倒れているアリヴェルの遺体へ近寄った。


 何をする気なのかとブラッドたちが見つめる中、ガーシュインは彼女の肉体に手を突っ込んで漆黒の玉を取り出した。


「まさか……!」


「魔族はこうやって力を増やしていくのさ。もっとも力を奪うのは相手が死んだあとだ。不意をついてやったりしたら、魔界中のお尋ね者になる」


「だからこそ天使の因子を奪って力を蓄えてたんだが、俺が手を下す前にくたばってくれるとはな。こき使ってくれた礼をできなかったのは残念だが、貴様らにはとりあえず感謝しておいてやるぜ」


 相手の意図に気づいたリリアルライトが制止のために動き出すも、ひと足先にガーシュインは手にしたばかりの漆黒の玉を口内へ放り込んだ。


「シュガーは一体、何をしているんだ。私は夢でも見ているのか」


 クレスの声はかすれている。現実を信じきれていないのは、ブラッドも同じだった。


「恐らくはあの漆黒の玉は魔族の因子だろうね。シュガーいや、ガーシュインはアリヴェルの力も取り込んだんだ」


 ブラッドの声が聞こえていたらしいガーシュインは、両手を大きく広げて得意気に頷いた。


「そうだとも! ネクロマンサーの力に頼らなくても、俺はこうして力も不老不死も手に入れた。だが寛大な俺はお前に生き残る道を用意してやる。配下となって働け。お前はそこの天使に恨みがあるはずだ。女の仇をとって殺すでもいいし、なんなら力を奪って鎖に繋ぎ、奴隷にしてもいいぞ。ハーッハッハ!」


 ブラッドの視線が動いたのを察知し、リリアルライトは表情を曇らせる。


「確かに私はシャリアさんの魂を天へ送りました。ですがそれには理由があります。彼女はホーリーチルドレンだったのです」


「……その単語はさっきも出てきたね。魔族のエターナルチルドレンと何か関係があるの?」


「はい。いかに天界が人間界に干渉しないとはいえ、魔族が表立って活動すれば対処をします。そのため魔族は全面的に争おうとせず、代理者を立てて人間世界で暗躍するようになりました」


「それがエターナルチルドレン?」


「そうです。対抗するために天界も人間に天使の因子を与えました。新たに産まれる子供へ無作為に付与されます。ですがあくまで人間としての生を終わらせるのが第一。因子はあっても開花しなければ他の人間と変わりません」


「それでも因子を与えられし者は天使に近い存在となります。そうした人間たちを、天界ではホーリーチルドレンと呼んでいるのです」


 リリアルライトの話を整理するなら、シャリアはそのホーリーチルドレンだった。


 確かに、とにかく人を愛したがり、尽くすのを好むような性格は天使のようでもあった。


 しかし、そうなると腑に落ちない点が出てくる。遠慮しても意味がないので、ブラッドはストレートに質問する。


 どうして天使の因子を持つシャリアが、あっさり殺されてしまったのかと。


 そんな力が眠っていたのなら、互角とはいかないまでも、アリヴェルと戦えたはずだ。上手く対応していれば、命が助かっていた可能性もある。


 他ならぬリリアルライトも似たような考えを持っていたのだろう。酷く申し訳なさそうに顔を俯かせる。とても好んでシャリアを消滅させたようには見えなかった。


「……通常は自身の生命が窮地に陥ると因子が芽を出し、天使として目覚めるのですが、シャリアの場合はそうなりませんでした。恐らく死の間際、自分の命以上に心配していたものがあったのでしょう。そちらに意識が集中し、生への執着が強くなかったせいで、因子が窮地と判断しなかった可能性があります」


「そして、私たちのような天界から遣わされている純粋な天使は、人間の誰が因子を持っているかは知りません。尚且つ私たちが直接力を誇示して動けるのは、魔族の動きが明らかになった時だけなのです」


「そういうことだ。おまけに天界は天使どもに情報を教えない。だからそこの女は、人間に化けて血の魔法陣を完成させたアリヴェルの動きを完全に把握できていなかったのさ。ようやく気付いたのは、この館でアリヴェルが本格的に戦闘してからだろ」


 口を挟んだガーシュインに、リリアルライトは嫌悪の感情を剥き出しにする。体内にあった因子のひとつを奪われたのだから当然だ。


「わかったか、デスライズ家の現当主ブラッド。天界はお前ら人間を助けない。だが俺は違う。服従するなら守ってやってもいいぜ。それにシャリアとかいう女の仇を俺が討ってやってもいい」


 リリアルライトへの恨みは確かにある。だがブラッドは、ガーシュインの求めに応じる気にはなれなかった。

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