第21話 見捨ててたまるもんか……!

 ブラッドの号令を受けて、まずはマリーニーがフレイムランスを放つ。


 炎の槍がアリヴェルの心臓に突き刺さったのを見て、クレスが全力で魔剣を振り下ろす。


 身動きできない女魔族の肩を斬り裂くも、一気に叩き切るまではいかない。


「ガラハド……貴方の思い、決して無駄にはしないわ。もし死後の世界とかで会えたなら、その時はまた一緒に食事をしよう。ブラッドがいるから、食事だけだけどね」


 台詞の最後で悲しげに微笑み、シャリアは矢を射った。一本また一本と敵の肉体に突き刺さる。


 肉体のダメージは魂にも影響を及ぼし、白目を剥いたアリヴェルの悲鳴が強まる。


 頭を抱えたと思ったら、次は胸を掻き毟るように手を動かす。ボンテージから豊満な乳房がこぼれそうになるも、さすがのブラッドも注視している余裕はなかった。


 ほんの少しだけ視線を移動させたのを見破られ、シャリアにジト目で睨まれたが。


 そのブラッドも新たな禁魔法の準備に入る。詠唱と魔力だけで使用可能なマリーニーの黒魔法と違い、魔法陣と触媒を用いなければならない。


 その分だけ従来の魔法にはない威力と効果を得られるが、発動までに時間がかかるのが難点であり、その部分を解消するために、あらかじめ地下室に多くの魔法陣を描いていた。


 実験後に放置していたのもあるが、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。


「うがあァァァ!」


 マリーニーの魔法とクレスの剣で着実にダメージを与えていく中、まるで断末魔のような悲鳴を女魔族が上げた。


 チャンスと判断したのか、ケールヒが右手に持っていたレイピアを構え直した。


「領民の仇は領主である私が取る。覚悟しろ女魔族よ。でえぇぇい!」


「領主様、駄目です! 敵はまだ! ああ、もう!」


 魔法の詠唱を中断して、マリーニーが駆け寄ろうとするが遅かった。目に力を戻したアリヴェルは、怒りのままに向かってきたケールヒの腹に爪を突き刺した。


 装飾が施された立派な鎧をあっさり貫き、クレスの魔剣よりも高い強度の爪が内臓を掻き回す。


 信じられないものを見たと目を開いたケールヒが、次の瞬間には力なく首を折り曲げる。即死に近い有様だった。


 爪を抜いたアリヴェルが、忌々しげにケールヒを蹴る。もはや指一本動かせなくなった遺体が、ブラッドの足元へ転がってきた。


「領主様! 性格に難がある私でも、そのままでいいと受け入れ、要職に就かせてくれた恩人をよくも!」


「よくもはこっちの台詞だァァァ!」


 少なくない傷を負っているアリヴェルに、少し前までの余裕はもうなかった。手負いの獣のごとく、理性をかなぐり捨てて本能と衝動のままに攻撃を行う。


 伸びた爪を回避しきれず、マリーニーのローブが引き裂かれる。魔法で防御力を高められていたが、魔族のアリヴェルにとってはただの布きれ同然だった。


 マリーニーの肌に爪による切り傷が発生し、真っ赤な鮮血が噴き上がる。致命傷にはなっていないが、すぐに手当てをしないとマズい。


 だが、彼女に近寄るのを、全身から血を垂れ流すアリヴェルが邪魔をする。


「この私をここまでズタボロにしてくれるなんてねぇ……貴様だけは絶対に許さんぞ! ブチ殺してやるぅあァァァ!」


 赤黒く輝いた瞳が、ブラッドを捉える。おぞましさと恐怖で寒気が発生し、全身が震える。吐き気まで催す中、クレスとシャリアが盾になろうとするかのように前に立つ。


「ブラッドには手を出させん。面識はほとんどなかったが、それでもガラハドと領主の仇は討たせてもらう」


「やれるもんならやってみなァ!」


 魔法による灼熱の大波がクレスを襲う。瞬間的にシャリアはブラッドを抱え、横に飛び退く。


 クレスもなんとか回避したが、その間に敵の接近を許す。天井まで蹴り上げられ、落ちて来たところを爪でめった刺しにされる。


 悲鳴を上げる暇もなく、至近距離から炎の魔法を連発で食らう。いかに不死に近いとはいえ、あれだけの猛攻ではブラッドの魔力が施す自然回復もそのうちに追いつかなくなる。


 理性を失ったアリヴェルの怒りは凄まじく、強固な石鎧もあっさり剥がされ、クレスは柔肌を執拗なまでに引き裂かれている。彼女の肉体に血が流れていれば、残さずぶちまけられそうな勢いだった。


 このままでは全滅は必至。シャリアが泣きそうな顔で弓を絞るも、矢を放てないでいる。


 クレスを助けようとした結果、アリヴェルが標的を移せばブラッドが犠牲になる可能性も出てくる。ブラッドが死ねば、彼の魔力で仮初の生を与えられているシャリアもクレスも再びの死に見舞われる。


 だがシャリアの心の中にあるのは、死への恐怖ではなかった。恐れているのはブラッドを失うこと。


 両親にも重いと思われていた愛情を、すべて自分に注げと言ってくれた男の死。彼の言葉を一字一句思い出すだけで、動かなくなったはずの心臓がドクンと跳ねるような気がした。


「ブラッド……私とクレスがやられてる間に逃げて。私たちなら大丈夫だから」


「そんなはずない! 奴の力は並外れてる。このままじゃ僕の魔力で不死に近いとはいえ、無事でいられる保証はないんだよ!」


「わかってるわ。でもね、ブラッド。私は貴方が生きていてくれればいい。それだけで……私は笑って逝ける。さようなら、ブラッド。愛しているわ」


 愛の言葉を残し、シャリアはブラッドに背中を向ける。クレスを救うため、そして最愛の男性が逃げる時間を得るために、その身で敵の攻撃を受け止めようとする。


 体当たりで存在に気づかせ、至近距離で弓を放つ。わずかなダメージは与えられるが、当然とどめにはならない。逆に相手の怒りを買う。しかし、それこそがシャリアの狙いだった。


「どいつもこいつもぶっ殺してやる!」


 革鎧ごと体が引き裂かれる。床にまき散らかされる肉片が、超回復によって自然に戻る。けれど次の瞬間にはまたバラにされる。それでもシャリアは踏ん張る。


 悲鳴を上げればブラッドが心配するとわかっているので、奥歯を噛み締めて女魔族の爪や牙を受け入れる。


 先ほどまで蹂躙されていたクレスもボロボロだ。石鎧は粉々も同然で、スケスケだったネグリジェは見る影もなく、かろうじて今にも切れそうな布きれが、大切なところを覆っている。


 すぐにシャリアも同様の状態まで甚振られるだろう。後悔はない。自ら望んで、ブラッドの盾となりにきたのだから。


 しかし、逃げろと言われたブラッドは、そう簡単に割り切れてはいなかった。


 幼い頃に母親からたった一度だけ貰った言葉。それが欲しくて禁魔法の習得に励んだようなものだった。その母親からは二度と貰えなかったが、代わりに与えてくれる女性が現れた。


 もう死にたくないといった理由ではなく、純粋に愛してくれた。何より渇望していた愛をブラッドに与えてくれた。


 愛させてほしいと願う彼女は、運命の女性に思えた。数多くの女性に愛されたいと本気で願っているが、その中央にはシャリアにいてほしい。ブラッドがそう思っているのも事実だった。


「あれだけ生命力が強いと、せっかく作った魔法陣も使えない。どうすれば……。逃げるしかないのか? でも、シャリアとクレスを置いてはいけない。僕は誰も見捨てない。見捨ててたまるもんか……!」


 血が出そうなほど唇を噛んで決意する。打開策はないが、精神力だけはある。そんなブラッドの耳元で、何者かがよく言ったぞと叫んだような気がした。


 ガラハドではない。彼の魂はアリヴェルとの生存競争に敗北し、彼女の中でどうなったのかもわからない。ブラッドの持つ知識で考えれば、恐らく消滅させられたのだろう。


 では何者か。単なる空耳なのか。前方でひたすら嬲り者にされるシャリアと目が合う。彼女の瞳には怒りの炎が宿っていた。どうして早く逃げないのかと、ブラッドを責めていた。


「逃げられるわけがないよ……どうせ死ぬなら、僕も一緒がいい。置いていかれるのは……もうたくさんだ……」


「ならば守り通せ! 自分の愛する女だけでなく、私が愛した領民もな!」


 今度はしっかりと聞こえた。誰の声かも理解できた。


「ど、どうして、まだ魂を繋げていないのに声が聞こえるの? まさかここ最近で何度も魂との会話を繰り返してきた影響で、魔法を使わなくても繋がりやすくなってる? いや、そんなはずはない」


 悩んでいる間にケールヒの声は聞こえなくなる。地下室での惨劇はいまだ継続中。理由について、あれこれと考えていられる状況ではなかった。


 早く行動しなければ、ブラッドを愛してくれる二人の女性は消滅させられてしまう。他の死体に魂を移し替えるのは可能かもしれないが、魂がストレスを感じて何らかの障害を起こさないとも限らない。


 やはり慣れ親しんだ自分の肉体が一番だ。ガラハドが女魔族の肉体を乗っ取れなかったのも、ある意味で当たり前だった。


 心苦しさは除けないが、圧倒的強者を相手に、ブラッドが頼るべき策はそれしかない。地下室に描かれている魔法陣の上に、ケールヒの遺体を運ぶ。


「僕の声が聞こえているかい?」


「無論だ」


 すぐに言葉が返ってきた。問題なくケールヒの魂と繋がった。


「……私は……いや、我がロッケルベル家は近年、凋落の一途を辿っていた。貴族社会である王国において、両親は肩身の狭い思いをしていた。だからこそ私は家名を上げたかった。徹底して出費を抑え、権力者への賄賂ともした。愛する妹でさえも、いずれは政略結婚の道具としたかもしれん」


「だが、死んでみて思う。そのような権力欲に一体何の意味があったのかと。死してのちに見栄を張る意味はなくなり、権力など無用の長物となる。金も持ってはいけない。ならばもっと自分らしく生き、周囲の人間を大切にすべきだった」


「フフ。家名だ何だと言っても、結局は私が誰かの上に立ちたかっただけ。愚かでくだらぬ願望よ。お前にも迷惑をかけたな、デスライズ家の当主よ。願いを聞き入れてくれるのであれば、リリアルライトを頼む。あれは少し世間を知らぬのでな。そして、私にも女魔族の退治を手伝わせてくれ!」


 はっきりと言葉にはされていないが、強い口調が雄弁に語っていた。自分を蘇らせる必要はないと。


「領主として、最後の大仕事だ! 張り切らせてもらうぞ!」


 魔法陣はすでに完成している。触媒となる新たな魂も用意できた。


「僕は死をもてあそぶネクロマンサー。恐れ、罵られ、蔑まれても構わない。大切な人を守れるなら。覚悟はいいね、領主様。インタラプション・オブ・ソウル!」

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