第20話 むっつりスケベなネクラマンサー

 乱暴な口調を隠そうともしなくなったアリヴェルが、まずは身近にいたクレスに襲い掛かり、爪による攻撃で石の全身鎧を欠けさせていく。


「ずいぶんと強度を高めているみたいだが、私の爪は防げないよ。そら、今度こそ確実に死んじまいな!」


 ついに女魔族の爪が石の鎧を貫通した。確実に心臓へ命中しているが、血が爪に滴ったりはしない。


 それどころか、クレスは意に介さず体当たりを食らわせた。深くまで突き刺さった爪が、吹き飛ぶアリヴェルに合わせて強制的に引き抜かれる。


 生前ならかなりのダメージが生じていただろうが、不死人となった今のクレスには問題ない。常に供給されている魔力のおかげで、破損した肉体はすぐに再構成される。


 ついでに肉体感覚も従来より鈍くなっているおかげで、軽く眉をしかめる程度の痛みしか覚えていなかった。


「バカな! 間違いなく心臓を貫いたはずだ。あの村でも――まさか! おい、壺男! お前、死者を蘇らせたのか!」


「……僕はネクロマンサー。禁じられた魔法を研究し、扱う一族の末裔さ。恐れ入ってくれたかい?」


「ああ、恐れ入ったよ。道理で変な魔力の流れになっているわけだ。それにこの感じ……お前の蘇生は、どうやら私たち魔族が人間と交わす契約に似ているね」


「ますます興味が沸いてきたよ。私の物にならないかい? 全身全霊で愛してあげる」


「え? 愛してくれるの?」


 ブラッドは真剣に考える。アリヴェルは女魔族。生身の人間ではないので、反射的に苦手意識を持ったりはしない。さらに体温が低いわけでもなく、肉体も基本的に人間と似ている。


 愛と悦楽を求めるのなら、応じても構わない提案だ。しかし――。


「やっぱり断るよ。君の愛に温かさはなさそうだし、それに僕にはもう、愛してくれる女性が二人もいる」


「ブラッド……」


「まだ全然足りないけど」


 言った直後に壺が揺れた。感激して瞳に涙を滲ませていたシャリアが、怒りに任せて蹴ったせいだった。


「それなら全員を始末後に同じ質問をするとしよう。蘇生させたといっても元は人間。純然たる魔族の私には敵わない。それを見せてあげるよ。どうせアンデッド同様に、その身を焼き尽くしてやれば消滅するだろうしね」


 ニヤリと笑ったアリヴェルが、狙いをクレスとシャリアに定める。魔力の流れとやらで、二人だけが不死人だと見抜いたのだろう。普通の人間であるマリーニーとケールヒは、眼中にも入っていない。


「そうか……やはり研究は完成していたか」


「やはりって、領主様は気づいていらっしゃったのですか?」


 マリーニーが横目で問いかけると、ケールヒは重々しく頷いた。


「確証はなかったが、薄々な。大量出血したはずの女が、平然とデスライズ家で使用人をしている時点で怪しさ大爆発だろう。事実かどうか確かめるためにも、デスライズ家の当主に動いてもらったわけだ。本当に女魔族が釣れるとは思っていなかったがな」


 領主たる顔になったケールヒが、レイピアをアリヴェルへ向ける。


「答えよ、女魔族。何ゆえに我が領地で狼藉を働いた!」


「ふうん。そこの女魔術師が言っていたとおり、ポンコツなんだね。この地の領主は。ついさっき、私の野望のためだと説明したじゃないか」


「力を手に入れて魔界で王となり、その後は人間世界も征服する。最後は天界だ! 偉そうに空の上でふんぞり返ってる奴らを、私らの住む地の底まで引きずり降ろしてやるのさ!」


 真紅の瞳に狂気を宿らせたアリヴェルが、羽を広げてクレスに突進する。


 先ほどのお返しだと言いたげな体当たりはクレスのよりも速く、回避できずに吹き飛ばされる。石の鎧を身に着けていなければ、致命傷間違いなしの一撃だった。


「クレス! このっ!」


 シャリアが弓を放つも、アリヴェルは煩わしげに矢を掴んだ。真っ二つに折られた矢が、力なく床に落ちる。


「ええい、マリーニー! デスライズ家の当主を問いただすのは後だ。今はとにかく協力して女魔族を倒すぞ。これ以上、私の領地を荒らされるのを看過はできぬ」


 了解の意を示したマリーニーが、ランク一ではあるが上級の氷属性の魔法詠唱に入る。強力な女魔族に致命傷を与えられるはずもないが、少しでもダメージを蓄積させられれば儲けものだ。


 何よりクレスの体勢を立て直す時間が稼げる。ケールヒの私兵があっさりと一掃された現状、彼女だけが前衛でアリヴェルとやり合える存在なのである。


「アイシクルクラッシュ!」


「素直にアドバイスに従ったのは評価してあげるけど、まさか本気で通用するとは思ってないよねぇ?」


 アリヴェルがニタリと音が聞こえそうな笑みを浮かべ、羽をはためかせて飛んできた氷を迎撃する。その程度で防がれるほど、彼女とマリーニーの間には魔力差があった。


「思ってないので、きちんと二の手を用意してありますわ。サンダーブレード!」


 ほとばしる雷が宙で眩い剣となり、縦に敵を一閃する。


「人間にしてはなかなかやるけど、私は魔族。その程度が直撃したところで、軽い痛みと痺れを感じるだけよ」


 アリヴェルは身じろぎもせず、マリーニーをひと睨みする。


「一体どうすれば……ブラッド?」


「え? あ、ああ……うん」


「どうしたの? さっきからずっと壺の中でブツブツ言ってたような気もしたけど……エッチなこと?」


「シャリアは僕を何だと思ってるんだよ」


「むっつりスケベなネクラマンサー」


「……とりあえずツッコミは入れないでおくよ。それより地下へ移動するよ。あまり好ましい手法ではないんだけど、協力者を得られた」


 不思議そうにするシャリアに説明は後と告げ、ブラッドはあえてアリヴェルにも聞こえるように地下へ移動すると大声で告げた。


「へえ、地下に何かあるのかい?」


「うん。僕の使う禁魔法の秘密がね」


「なるほど。死者蘇生といい、単なるポンコツではないね。私の興味を惹いて、移動を容認させるんだからさ。いいよ。乗ってあげようじゃないか」


 壺から出るためにも、ブラッドはシャリアにケールヒやマリーニーを先に案内してほしいとお願いする。残ったクレスは壺の前に立って、ブラッドの身を守る。


「そんなに警戒しなくても手は出さないさ。今はまだ、ね」


 頃合いを見計らい、壺を出たブラッドが先に動き、すぐ後ろにクレスが続く。アリヴェルは悠然と二人の背中を追いかける。


 現在はシャリアの部屋となった床の入口から地下へ入る。先行していたマリーニーが魔法の明かりを灯してくれたので全体的に明るい。光度がやや抑えめなのは、シャリアがブラッドは光が苦手だと教えたからだろう。


 ブラッドが苦手とするマリーニーは、自身の欲望を抑えて入口と離れた地点に立ってくれていた。


 これだけの距離があれば大丈夫そうだと、地下に降り立ったばかりのブラッドは安堵する。


「ここがお前の秘密の地下室かい? なるほど。ずいぶんとたくさんの魔法陣があるもんだね。私をここへ連れ込んだのは、禁魔法とやらで勝負するため。わかってはいたけれど、ゾクゾクしてくるね」


「だろうね。君が魔族である以上、こちらの意図を理解しても面白がると思っていたよ。人間をバカにするのが趣味みたいなものだと、デスライズ家の初代当主の日記に書かれていたからね」


「勝算はあるのだろうな!」


 マリーニーと一緒に地下室へ来たケールヒが、怒鳴るように聞いた。


 館に張った結界のせいでアリヴェルの逃走は防げるが、代わりに彼らも脱出できなくなった。それならばと、ブラッドは同席を求めた。


「上で戦ってるよりはね。さて、すまない。君の力を借りるよ、ガラハド!」


 腕を伸ばし、魔力を集中させる。必要な魔法陣はすでに描かれている。触媒とする魂も、贖罪をしたがった女性についてこの場へやってきている。


「ガラハド? ブラッド! 一体何を……」


「シャリア。俺は君に借りを返す。ありがとう、ブラッドさん。俺に贖罪の機会をくれて。それに、自分自身の仇を討てるかもしれないんだ。後悔はない!」


 シャリアの頭に響いたのは、聞き慣れたガラハドの声だった。彼女が新しい言葉を紡ぐより先に、ブラッドの魔法が完成する。


「禁魔法の中でも、恐らく禁忌となる術法だ。人間相手に試すつもりはないけれど、君は魔族だ。遠慮なくやらせてもらう。いくよ! インタラプション・オブ・ソウル!」


 ブラッドが禁魔法を発動させる。地下室の天井から五つの光が降り注ぎ、柱となって星のような形を描く。


 中央には対象者となるアリヴェル。困惑する女魔族の顔が驚愕と苦痛に歪んだのは次の瞬間だった。


「ぐ、あ、あああ……! な、何だ! 何かが私の中に……き、貴様ァ! 入ってくるなァ!」


 叫び、もがき、白目を剥く。アリヴェルの急激な変化に、見ているシャリアやクレスは驚くというより恐怖を覚える。


「何が起きているの!?」


「落ち着いてシャリア。よほど心配だったのと、一度魂を繋げて死を認識させた影響だろうね。肉体を失ったガラハドの魂は、埋葬された遺体の側を離れて君についてきてたんだ。初めてのケースだから、さすがに驚いたけどね」


「それはともかくとして、僕は彼の魂を強引にアリヴェルの中に割り込ませた。相手の魂が存在しているのに、そこに新たな魂がやってきて、共存させられる器がなければ、当然のように生存競争が起こる」


「敗北した魂は消滅する可能性もあると説明しても、彼の意思は変わらなかった。戦いに集中していたシャリアやクレスには聞こえていなかったみたいだけどね」


「そんな……ガラハド……」


「悲しむのは後だ。ガラハドの魂が作り出してくれたこの好機、活かさなければ彼に失礼だよ。アリヴェルの動きが止まった今こそ、全員の攻撃を集中させるんだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る