第19話 私はポンコツではない!

「さすがは女魔族ですわね。ですが、私もまだ本気ではありません。ランク二の魔法ですらも扱える私の力、とくと見せてあげますわ!」


 自慢も含まれていたのか、マリーニーは戦闘中にもかかわらず、ドヤ顔でブラッドが入っている壺を確認する。


 守るように前に立っているシャリアが、小声で「それって凄いの?」とブラッドに聞く。


「凄いよ。すべての魔法にはランクが決められていて、それぞれ一から五まであるんだ。ランク一は基本級、ランク二で大魔術師級だったかな」


 ブラッドの説明を、話したくて仕方がない感じのマリーニーが引き継ぐ。


「その通りですわ。ランク二の魔法をひとつでも使えれば、とても優秀な魔術師だと周囲から一目置かれます」


「何故なら基本のランク一の中だけでも上下が存在し、例えば先ほどのファイアーボールはランク一の下級黒魔法ですが、火と風を組み合わせ、雷を発生させて放つサンダーブレードはランク一でも上級魔法となります」


「ですが、私はその上。ファイアーボールよりさらに上の炎の黒魔法が使えるのです! いきますわよ!」


 新たにマリーニーの詠唱が開始されると、ブラッドは壺の中でちまちまと動き出す。これ以上、館を破壊されないように。


「我が力宿りし数多の魔法陣よ。我が求めに応じ、すべてを閉じ込める檻となれ」


 ブラッド以外は突然響いた声に驚愕する。数秒も経過しないうちに薄い光が膜を作るように館全体を覆った。


 外部と内部にそれぞれ光が出現したため、壊滅的に洞察力が鈍くなければ異変に気付く。もちろん場にいる全員も察知していた。


「万が一のために地下や二階の書斎に魔法陣を作っておいてよかったよ。これでアリヴェルは逃げられない。もっとも、僕たちも脱出できないけどね」


 誰かに質問される前に、ブラッドは発動させた禁魔法の正体を告げた。


 魔法陣の上には触媒として、家の素材の石を置いていた。しかもブラッドの魔力を込めた特別製だった。


 石と同化していた己の魔力を案内役として、近くにあった同じ素材――つまりは家全体にブラッドの魔力を走らせて防御壁とした。


 これは敵に攻められた場合、逃走すると同時に、追いかけられないよう家の中に閉じ込める狙いもあった。今回は想定していた目的とは違う使い方になったが。


 忌々しげなどにはせず、小ばかにするような目でアリヴェルはブラッド――というよりかは彼の入っている壺を見た。


「私を閉じ込めた? 何の冗談かしら。術者のお前を殺せば結界は解除される。無意味に等しいわ。逆に自分たちの逃走経路を塞いだだけじゃない。この場合はお礼を言うべきかしら」


「そこがブラッド様の素敵なところなのです。効果的な一手を打ったつもりが、相手に嘲笑われる。なんて愛らしいポンコツぶりなのでしょう」


「……人間にもだいぶ変なのがいるみたいね」


「その点については同意するよ」


「そんな! 酷いですわ、ブラッド様」


 アリヴェルどころかブラッドにも変人扱いされ、マリーニーが唇を尖らせる。


 しかし、そうしたやりとりをしている間にも、マリーニーのランク二の黒魔法は完成していた。


「ブラッド様を泣かせるのは後回しです。まずはそちらを消滅させます。一撃で決められなければ、何度も食らわせて差し上げます」


 マリーニーが燃えているのかと錯覚するほどの豪炎が、彼女の肉体をオーラのように包む。


 垂直に右手を上げると炎はひとまとめとなって移動し、空中で巨大な塊を作る。それらは次第に大きな槍を象り、矛先を女魔族へと向けた。


「炎の槍よ、私の前に立ち塞がる敵を貫きなさい。フレイムランス!」


 上げていた腕が振り下ろされる。引き金を引かれたように、炎と魔力で完成した槍が、アリヴェル目掛けて走る。


「ウフフ、この程度で私を殺す? 人間の冗談もなかなかセンスがあるわ。面白くて泣いてしまいそうよ。ヘルフレイムウェーブ」


 極限まで真紅に染まった炎が、波のようにアリヴェルの背後から押し寄せる。


 強大な炎の荒波はあっさりとマリーニーのフレイムランスを飲み込み、そのままの勢いで彼女を襲う。


「うわわっ!?」


 マリーニーが飛び退け、かろうじて骨まで溶かそうとする獄炎を回避する。その威力は、ブラッドの作った結界さえ破壊しかねないほどだった。


 マリーニーが驚愕の声を。一方でアリヴェルは賞賛の声を上げた。


「そんな! 今のはランク三の黒魔法!? 英雄級と呼ばれるランクの黒魔法をどうして魔族が使えるの!?」


「あらあら。甘ったるい感じの丁寧な口調はどうしたの? もうそんな余裕もなくなってしまったのかしら」


「質問に答えなさい!」


 いつになく感情的にマリーニーは叫んだ。


「ウフフ。簡単な答えよ。人間の使う黒魔法とやらは、魔族の使う能力と同一なの。貴女たちが魔法の始祖と呼んでいる男は、召還した魔族と取引をして力を得たのでしょうね。人間にも魔力はあるから、それを使えば何とかなるわ。それが黒魔法の正体」


「でもね、私がさっき使ったのは魔族でなければ無理なの。人間が使うには、魔族から力を借りなければならない。取引なり、友好関係もしくは支配関係を築くなりしてね。貴女も私の力を借りれば、ランク三が使えるわよ。奴隷にでもなってくれるのなら考えてあげなくもないけど、どうする?」


「お断りします! フレイムランス!」


 アリヴェルの提案を拒絶し、マリーニーは二本目の炎の槍を完成させる。無駄だと知りつつも唱えたのは、それがマリーニーに使用可能な最高威力の黒魔法だからである。


「残念ね。私の属性は炎。貴女の得意とする黒魔法が水属性であれば、それなりにダメージを与えられたかもしれないのに」


 今度も炎の槍は、さらに大きな炎の波で押し返される。自身の使える強力な魔法を連発し、早くも肩で息をするマリーニーとは対照的に、アリヴェルはどこまでも余裕だった。


「魔法で駄目なら、物理攻撃を仕掛けるまでだ!」


「あら、もう復活したの。意外とタフね、貴女。あの寂れた村では、あっさり死んじゃったのに。それにその剣……まさかあの壺男が? だとしたら……ウフフ。とても面白いわ」


 繰り出されるクレスの剣戟を爪で受け、アリヴェルは舌なめずりをする。視線を向けている相手は対峙中の女剣士ではなく、いまだブラッドが滞在中の壺だった。


「くそっ! なんて硬い爪だ! おい! あとで裸でも何でも見せてやる! もっと切れ味を鋭くするんだ!」


 魔力によって付与された意思が、卑猥なご褒美を提示されてやる気を漲らせる。

 急激に攻撃力を上昇させた魔剣に、さしもの女魔族も戸惑いを見せる。


 そこへ隙ありとばかりに、シャリアが弓を放つ。


 アリヴェルには小雨が降っている程度の影響でしかないのだが、鬱陶しいことこの上ない。一番先に潰してやろうかと視線をシャリアに移動させた瞬間、待ってましたとばかりに左方から炎の槍が飛んできた。


「チィ! 上手くやったつもりかい? 人間風情が調子に乗るんじゃないよ!」


「おやおや。先ほどまでの大人ぶった口調はどうしました? もうそんな余裕もなくなってしまいましたか?」


「いい度胸だ。私をコケにした罪、その身で償いなァ!」


「――いや、その前に貴様が我が領民を殺した罪を償うのが先だ!」


「何っ!?」


 アリヴェルが振り向いた時には、いつの間にか応接室に乱入してきた兵士の一団が、持っている槍を一斉に突き出した。


 柔肌が引き裂かれ、アリヴェルは憎々しげに歪んだ瞳と同じ色の液体を噴き出させる。


「ナイスタイミングですわ、領主様。ポンコツぶりが見られないのは残念ですが、今回は素直に賞賛させていただきますわ!」


「私はポンコツではない! 今回も敵の襲撃を予測して、館内に私兵ともども身を潜ませていたのだ!」


「……やってくれるじゃないか、人間めっ!」


 憤るアリヴェルをひとまず置いておいて、ブラッドは壺の中からマリーニーに本当なのか尋ねる。結界を張った館の中にいる時点で潜んでいたのは確かなのだが、どうやって女魔族の襲撃を予測したのかが気になった。


 ブラッドの真剣な問いかけに対し、女魔術師は井戸端会議をする中年女性みたいに、右手を小さく上下に振ってケラケラ笑う。


「そんなはずありませんわ。お腹を下してトイレをお借りしている最中に、今回の事態に遭遇しただけですもの。ついでにいうと、館内を一人でうろつくのが怖くて、私以外の私兵をお供にしていたへっぽこなおまけ付きですわ」


「バラすんじゃない! 私の威厳が損なわれるだろうが!」


「それなら心配ご無用ですわ。そのような威厳など、最初からありませんので」


「そうだったな……って、ちょっと待て! 前々から思っていたが、お前は本当に領主たる私を尊敬しているのか!?」


「もちろんですわ。こんなに素敵でポンコツな領主様はそうそうおりませんもの」


「ぐぬぬ……」


「ぐぬぬじゃないよ、ふざけた人間どもめ!」


 ダメージを負っても、いまだ尽きない生命力を保持するアリヴェルが、激昂した全身に炎を纏わせ、自身の肉体に槍を突き立てていた兵士を武器ごと焼き尽くす。


 唯一無事だったのは、若干の距離を取っていた領主のケールヒである。


「な……!? あれだけの攻撃を受けて、まだ生きているのか!」


「魔族をアンタら人間と一緒にするんじゃないよ。フン。どうせなら人間の兵にも血を流させてやればよかったね。まあ、いいさ。どうせあとひとつで血の魔法陣は完成する」


「血の魔法陣?」


 疑問の声を出したのはブラッドだ。


「そうさ。それこそが私の野望であり目的。そうだ。お前も私に協力しろ。そうすれば命を助けてやるよ。お前が使っているのは魔法とは少し違う。興味があってね」


「お断りするよ。君は僕を心から愛してくれそうにないし」


「残念だね。それじゃ、他の連中ともども、この場で死んじまいなァ!」

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