第17話 今まで、ありがとう

「……あの女性か」


 ケールヒは知らないみたいだが、今回も女魔族の犯行だとするなら犠牲者は三人目になる。一人目はシャリア。二人目はクレス。どちらも女性だった。


 今回もだろうとブラッドは思っていたが、ケールヒは何を言ってるんだと顔をしかめた。


「犠牲者は男だ。身元は判明している。名前はガラハドだ。心当たりあるだろう」


 飲み物を用意しようと、部屋を出かけていたシャリアが膝から崩れ落ちる。


「大丈夫か。やはり知り合いだったみたいだな。一体何が起きている」


「……遺体はどんな感じでした? まさか心臓付近に四つの小さな穴がありましたか?」


「その通りだが、どうして――もしや、それが女魔族とやらの殺し方の特徴だというのか。……本当にお前が犯人ではないのか?」


 確認を含んだ改めての問いかけを、ブラッドは否定する。


「僕らの動向を探っていたのなら、無実なのは明らかになってるはずです」


「残念ながら監視できたのは昨日だけだ。一昨日はリリアルライトが手料理を作ってくれたのでな。私兵にも振舞ってやったのだ」


「うふふ。監視対象に兵を張りつかせるより、妹の手料理を優先するなんて、領主にあるまじきポンコツぶり。ブラッド様には多少劣りますが、やはり領主様もなかなかの逸材でございますわ。ああ、私はもう、もう……!」


「お前は少し黙っておれ」


 いつの間にやら復活していたマリーニーの頭部に、本日二発目のげんこつを叩き込み、再びケールヒは配下の女秘書を静かにさせた。


 殴られていないのに、ブラッドは頭痛を覚えた。ずっと監視をしてくれていれば、クレスを襲った女魔族の存在も認知できていたはずだ。


 とはいえ、その場合は蘇生の儀式も目撃されてしまう。面倒事がひとつ消える代わりに、新しくひとつ増えるので結局総数は変わらなかった。


 今問題にすべきは領主の暴挙でも、リリアルライトの手料理でもない。新しい犠牲者だ。


「ガラハド……!」


 知り合いの殺害報告にいてもたってもいられなくなったのか、シャリアが部屋を飛び出した。あとにフルストーンアーマー姿のクレスも続く。


 ブラッドが近くに居なければ不具合が発生するわけでもない。そう思ったが途中でハッとする。シャリアはフードなどで顔を隠していなかった。


「やれやれ。僕も後を追わないと」


 シャリアがデイククで顔につけていた布を片手に持ち、ブラッドも席を立つ。


「お前も行くのか。私は領主の館に戻る。次の殺害が起きる前に、その女魔族とやらを連れてこい」


 できるかはわからないが、とりあえず頷いておく。デスライズ家の情報を知っているケールヒに見られて困るものは少ない。


 ブラッドは彼を置いて食堂をあとにした。


     ※


 いまだ雨の降るデイククの町に、ブラッドが到着する。


 入口付近で、クレスに羽交い絞めにされているシャリアを発見した。どうやら町に入りたがっているのを、懸命に食い止めているようだ。


 恐らくはこのままだと正体がバレると説得しているのだろうが、抵抗者は聞く耳を持っていない。普段からはあまり考えられない取り乱しぶりだった。


 二人に近寄ると、ブラッドはシャリアの顔に布をかぶせた。


「ガラハドの様子を見るにしても、顔は隠さないと駄目だよ。死人が生き返ったなんて知られたら大騒ぎになって、それこそ何がどうなってるのか調べるどころじゃなくなるよ」


 手足をバタつかせていたシャリアが、ようやく少しおとなしくなった。


 やれやれと言いたげに、クレスがシャリアを自由にする。


「助かったぞ。後先考えずに突っ込もうとするので、どうすべきか対応に苦慮していた」


「あれでよかったと思うよ」


 クレスにお礼を言って、ブラッドは先頭に立つ。町中で殺されていたのなら、誰かに聞けばガラハドの情報が手に入るはずだ。


「墓地の方で人だかりがある」


 最初に発見したのはシャリアだった。彼女の発言に従って、三人で墓地へ移動する。


 行われていたのはガラハドの葬儀だった。両親と思われる人物が、墓の前で泣き崩れている。母親を失ったばかりの自分自身を見ているようで、ブラッドの胸が痛んだ。


 悲しい気持ちに囚われたのは、シャリアやクレスも同じだった。


「変だね。心臓はもう動いてないのに、胸が痛いの。どうしてだろう」


 共に食事をするなり、一度は近づこうと決めた男性。その死を目の当たりにして、シャリアは強いショックを受けていた。


 顔を隠したシャリアがガラハドの葬儀へ参加している間に、ブラッドは情報を集める。クレスにはシャリアについてもらった。


 得た情報は、ケールヒに教えられた内容と大差なかった。明け方も近くなった頃、散歩のために外へ出た住民が、血を流して倒れているガラハドを発見した。


 すぐに教会へ連絡し、白魔法の使える神官を呼んだが、ガラハドの死亡が確認されただけだったという。


 ここでもブラッドは妙だなと首を傾げる。昨夜、ガラハドを目撃した際に一緒にいた女性の情報がひとつも得られないのである。


 女性について聞いても、知らないと繰り返されるばかりだ。さらわれたのか、それとも……。


 決定的な情報が少なくて、ブラッドは判断を下せなかった。


 やがて墓の前で神官主導のお祈りが終わると、参列者たちはガラハドの家へと向かった。


 墓の前には顔を隠したシャリアだけがポツンと立つ。訝しげな視線を向ける者もいたが、故人の前で騒ぎてるような真似はしなかった。


 やがて周囲に誰も居なくなると、シャリアはか細い声を出した。


「ねえ、ブラッド。ガラハドも復活させられないのかな」


「どうだろう。二人を維持するだけでも、かなりの魔力を使っているからね。必要以上に数を増やすとシャリアやクレスにも影響が出るかもしれない」


 ブラッドからすれば、ガラハドを蘇らせるメリットをあまり感じない。それでもシャリアに懇願されれば、試してみようという結論になる。


「まずは彼の意思を確かめないとね。二人とも、僕の姿が隠れるように立ってくれるかな」


 棒は持ってきていないが、下は土。落ちていた石を拾って、ガラハドの墓を中心に魔法陣を描く。他の墓を巻き込まないよう小さめに描く必要があるため、かなりの注意力と慎重さを要した。


 なんとか魔法陣を完成させると、ブラッドはガラハドの魂に声をかける。返ってきた反応は、ブラッドと魂が繋がっているシャリアとクレスにも聞こえた。


「な……え……な……!?」


「僕はネクロマンサー。完全な人間としてではないけど、死者を蘇らせられるんだ」


 通常なら信じられないと返ってくるが、殺害されて魂になっているガラハドなら真実だと理解できる。現にブラッドは、誰にも届かなかった彼の声をきちんと聞いているのだ。


「ガラハド。ブラッドの言ってる事は本当よ。お願いして、一緒に私と彼のお手伝いをしよう。そうすれば、また……」


 声が聞こえるだけあって、シャリアの呼びかけは彼に届いた。


「シャリア……君は優しいな。でも、俺はその優しさに甘えるわけにはいかないんだ」


 懺悔するようなガラハドの声。隠してきた罪を、魂になった彼が告白する。


「昨夜、見ただろ。いつだったか彼女に俺は声をかけられた。自分の生涯では相手をしてもらえないくらいの美女との出会いに心が躍ったよ」


「シャリアを好きだと言っていた気持ちに嘘はない。だけど俺はその美女を選んだ。彼女に頼まれ、シャリアに嫌われるためにわざと森へ置き去りにした。でも、信じてくれ。僕に君を殺すつもりはなかったんだ……!」


「信じるわ」


 事もなげにシャリアが言った。上辺だけの言葉でないのは、澄んだ彼女の瞳を見ればわかる。逆にガラハドの方が信じられないとばかりに声を震わせた。


「どうして、君は……」


「だって、ガラハドはそんなことができる人ではないもの。それに私は騙されても、人を信じていたい。愛されるより、愛したい女だしね」


 ブラッドへ顔を向けてシャリアは笑った。否定的な感情は何もない。朗らかという表現がしっくりきた。


「シャリアは強いな。昨夜も言ったけど、彼女をお願いします。俺は手を離したから……そのせいで死んだんです。当然の報いですよ」


 そんなことはない。シャリアが口にしようとしている台詞を察したガラハドは、彼女に言葉を発するタイミングを与えずに懺悔と真実の台詞を並べていく。


「すべて俺が悪いんだ。だって、俺を殺したのは昨夜に一緒にいた彼女――アリヴェルだからね」


「彼女は人間じゃなかった。魔族だったんだよ。道理で簡単に魅了されるはずさ。笑えるだろ。俺は自分が殺された今でも、腹を抱えて笑いたいくらいさ。間抜けな自分自身にね。だから……俺は蘇らなくていい。自分の罪を償いたいんだ」


 姿を確認できない存在になっているはずのガラハドが、正面からシャリアを見たような気がした。


「シャリア、お別れだ。君は幸せに……いや、もう死んでるから、それも違うのかな。でも、その人――ブラッドさんと一緒に、少しでも穏やかで愛の溢れる生活を送ってほしい。それだけが俺の望みだ」


「ガラハド……。わかったわ、もう何も言わない。今まで、ありがとう」


 微笑むシャリアのお別れの言葉を合図に、ブラッドはガラハドとの繋がりを切った。


「犯人は女魔族。それもシャリアの件も裏で糸を引いていたとはね。誰でもいいと言っていたわりには、標的に定めていたっぽいけど」


「最初からシャリアを殺すつもりでガラハドに近づいた? 何のために?」


 クレスの質問の答えを、ブラッドは残念ながら持っていなかった。あくまで推測の域を出ないのである。


「シャリアも落ち着いたみたいだし、館に帰って考えよう。お日様は得意じゃない。頭がクラクラしてきたよ」


「ふむ。そうした話だけ聞いていると、ブラッドも闇の眷属みたいだな」


 本気ではなく冗談だ。クレスは意地の悪そうな笑みを浮かべている。


「前にシャリアにも吸血鬼じゃないかと疑われたよ。両親は人間だったけど祖先がどうか知らないから、断言はできないんだけどね」


「私は別に正体が吸血鬼でも構わないわよ。ブラッドはブラッドだもの。ガラハドにも言っちゃったし、どんな存在であっても最後まで愛してあげるわ。ついでに言うと、浮気に怒るのも愛情表現のひとつよ」


「それは勘弁してもらいたいね」


「まったくだ」


「どうしてクレスが同調するのよ!」


 共同墓地だというのに笑い声が響く。気のせいかもしれないが、ほんの少しだけ空気が軽くなったような気がした。

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