第14話 お前たちの好きな人間の女だぞ
夜になり、ブラッドたちはクレスの村をやや離れた場所から監視していた。あまりに近づけば村人に気づかれて追い払われるためだ。
子供たちを怖がらせたくないという、クレスの希望を受け入れて、ゴブリンの接近を確認するまではここで待機すると決まっていた。
「来なければいいのにね」
言ったのはシャリアだ。弓を背負い、有事の際には遠距離から彼女も参戦するつもりでいた。
弓はブラッドの就寝中に倉庫で見つけたものだ。地下室で練習もしたが、命中精度はさほど高くない。それでも敵の目を逸らすことができればと考えていた。
「私もそれを願うが、あの女魔族は性格が悪そうだったからな。まず間違いなくゴブリンに村人を虐殺させようとするだろう」
言葉を返したのは、全身をブラッドの作ったフルアーマーで覆ったクレスだ。
素材が石なのでストーンアーマーといったところだろうか。魔剣と同じで色は漆黒。艶もあって、一見しただけでは素材が石だと気付ける者は少ない。
従来の石よりも魔法の力で強化されており、防御力は高い。加えて見た目よりも軽く、動きを阻害されることはなかった。
フルストーンアーマーを着用したクレスが先陣を切ってゴブリンと戦い、ブラッドとシャリアが援護する。作戦は決まっており、あとは敵の出現に合わせて実行するだけだった。
深夜を過ぎて緊張感が高まる中、唐突に村から悲鳴が発生した。甲高い子供たちのものだ。
「一体どうしたというんだ!」
クレスが叫ぶ。
「失敗したね。考えてみれば、敵が昨日と同じ場所に出現するという保証はどこにもなかった。今夜は村の奥の方から来たんだよ」
ブラッドの指摘を受けて舌打ちをしたクレアは、剣を抜きながら走り出した。
シャリアも続く。弓を装備した彼女は、ブラッドを守れるようにやや前へ出る。
「危険だよ、シャリア。君の分の鎧は、作成が間に合わなかったんだ」
「でも、無防備なブラッドよりはマシだわ」
シャリアの装備は、生前にクレスが使っていた革鎧だ。殺される前に脱いでいたのもあって無事だった。遺体と一緒に村の外へ捨てられていたのを、剣と一緒に回収していた。
一方のブラッドは漆黒のマントを装備し、他はいつもと変わらない。シャリアが心配するのも当然なのだが、本人は至って余裕である。それもそのはず、彼が纏っているマントはデスライズ家に代々伝わる特別品だった。
普段はマントを折り返すようにして左肩で止め、ローブみたいに着用する。けれど戦闘が開始されれば従来のマントとして扱う。
断罪のマントと名付けられたそれは、所有者の意思に応じて硬度を自由に変えられ、時には盾、時には剣として活躍する。
「説明してなかったけど、結構な優れものなんだよ。装備が優秀だからといって、一人でゴブリンを倒せる自信はないし、クレスの援護に回るけどね」
装備品は強力でも、ブラッドは生身の人間。限りなく不死に近くなっているクレスやシャリアとは違う。
加えてブラッドが死ねば、二人の命も尽きる。調子に乗って前へ出るわけにはいかなかった。
昨夜のシャリアの警告を信じていた住民は誰もおらず、門番すら立てていなかった。そのせいで、あっさりとゴブリンの侵入を許した。
村の裏口に近かった家々が破壊され、中の住民が下卑た笑みを浮かべたゴブリンに蹂躙される。この世の地獄かと錯覚するほど酷い光景だった。
立ち向かえもせず逃げ惑う村人たちは、パニック状態で悲鳴を上げるばかり。農作業で屈強な肉体を得た男たちも、就寝中の襲撃を受けて武器代わりになるものすら掴めずに殺されていく。
人間の半分ほどの身長で、ずる賢さが特徴のゴブリンは真っ先に成人男性を狙った。抵抗できそうな者を全滅させれば、あとは好き勝手にできると判断したのだ。
きっちり対策を立てていればともかく、奇襲を受けた状態では棍棒やショートソードを振り回すゴブリンに村人が敵うはずもなかった。悲鳴がひとつ、またひとつと増えていく。
住民に追い払われないようにと危惧して、距離を置いて様子を見ていたのが仇になった。石鎧を纏ったクレスが音を立ててゴブリンどもと対峙する頃には、三分の一ほどの村人が犠牲になっていた。
怨恨の叫びを放てば、声でフルストーンアーマーを纏っているのがクレスだとバレてしまう。
人間にとって未知なるものは恐怖の対象でしかない。蘇ったと知られれば、ゴブリン以上に恐れられて、今より酷いパニックに陥る可能性もある。
血は繋がっていなくとも、兄弟だった子供たちの無事を確認したクレスは、集団で暴行を働くゴブリンたちに剣を突きつける。
こんな醜い奴らを斬りたくないと喚く声が頭の中でするが、逆に黙ってろと頭の中で言い返す。クレスの怒りはマグマのごとく煮え滾っていた。
絶対に許さないと意思を込めた魔剣が水平に放たれ、勢いを止めようとした棍棒とともにゴブリンの胴と足を二つに分ける。あまりの破壊力に、敵の目が変わる。
元来調子に乗りやすいゴブリンたちは、ここまで上手くいっていたのもあって油断していた。そこにクレスが現れたのだから、今度は逆に混乱を極める。
「援護するわ」
ゴブリンを狙った矢が飛ぶ。村人へ当たらないようにと狙っただけでも、近付けば斬られる竜巻のごときクレスと相まって、かなりの脅威となった。
奇襲を仕掛けたつもりが、逆に不意をつかれて反撃を受けた。数では勝るゴブリンたちは仲間が死ぬのを見ながら、懸命に頭を働かせる。
敵は何人だ。どこから狙っているんだ。目と耳と鼻で情報を察知する。
圧倒的に恐れるのは黒い鎧。残りは黒づくめの男と弓使いの女。合計三人。
単純に数で勝るのを知ったゴブリンに余裕が戻る。人間であれば撤退を選択するかもしれないが、ゴブリンに仲間意識など皆無だった。
ゴブリンが攻勢に出ようとしているのを見て、ブラッドはクレスに時間を稼ぐように告げ、シャリアには村人をこちらへ誘導してと指示を出す。
復活させてくれたからではないだろうが、二人とも素直に指示に従った。倒すよりも後ろへ行かせないようにクレスが動いてくれている間に、ブラッドは持ってきたひのきの棒で大地に魔法陣を描く。
腕力の劣るブラッドが武器を持って戦っても高が知れている。先祖代々のマントがなければ、十分に身を守るのも不可能だ。
持参した棒は攻撃用などではなく、あくまでも魔法陣を書くためのものだった。通常の棒の反対側が白くなっているのは、石床などにも文字を書くための細工である。
「魔法陣よ。我が求めに応じ、捧げし土を壁とせよ!」
手に集中させた魔力に反応した魔法陣が、ブラッドの力ある言葉を合図に大地を盛り上げ、一メートル以上はあろうかという壁に変わる。
いかに土とはいえ、厚くなったものであれば簡単に破壊はできない。身長が人間の子供程度しかないゴブリン相手には、十分すぎるほどの防壁となる。
突如現れた土の壁に困惑し、突撃するも跳ね返されるゴブリンを、構えた剣でクレスが突き刺す。
魔法での強化具合を、剣を振るうたびに実感できた。石の鎧の防御力も想像より凄く、まともに棍棒の一撃を食らったがビクともしなかった。
村の最も大きな通路は土の壁で素通りできなくなった。ブラッドが四方を土の壁で覆う間に、シャリアはゴブリンの声がする方を狙って山なりに矢を放つ。
後方を気にしなくてよくなれば、ゴブリンは装備の充実したクレスの敵ではなかった。
繰り出されるショートソードや棍棒をガントレットで受け止め、力任せに押し返す。
少しでもバランスを崩せば防御は疎かになる。そこを逃さずに命を奪う一撃を見舞う。フルストーンアーマーのおかげで致命傷はほぼ食らわない。クレスは囲まれても一体ずつを仕留め、ゴブリンの数を減らしていく。
やがてゴブリンが逃げようとするそぶりを見せると、クレスはおもむろに兜を脱いだ。自身の顔を晒し、挑発的に口角を吊り上げる。
「お前たちの好きな人間の女だぞ。私に勝って、好き放題したいと思わないのか?」
得体の知れない石鎧が、人間の女だった。しかもゴブリンたちが昨夜、甚振ってやりたくてもできなかった、女魔族に殺された女である。
挑発の効果も合わさって、逃げようとしていた足が止まる。舐めてくれたお礼に、ズタボロにしてやらなければ気が済まなかった。
敵の意識が再び自分に向かってくるのを察し、クレスはニヤリとして兜をかぶった。彼女もまた、ゴブリンどもをボロ雑巾にしてやりたくてたまらないのだ。
四方八方から飛びかかられても逃げず、石鎧の高い防御力に任せる。
全身に衝撃が走るものの、常にブラッドの魔力が供給されているおかげで、多少のダメージは即座に回復する。おまけに疲労も感じない。身体能力が劇的に向上しているわけではないが、これだけのメリットがあれば存分に戦えた。
「さっさと逃げて、あの女魔族を連れてこい! 嘘をつき、私の命を奪った報いを受けさせてやる!」
クレスが土の壁で囲まれた住民には聞こえない程度に吼え、群がるゴブリンを始末していく。
疲労というものが肉体に存在しないのであれば、懸命の波状攻撃も意味をなさない。ゴブリンたちが助かるには、背中を向けて一目散に逃げるより他はなく、戦闘の続行を選択した時点で全滅は必至だった。
三十分もしないうちに戦いは終了した。クレスの完全勝利だ。
報告を聞いたブラッドが土の壁を解除する。
歓声が起きてもおかしくないのだが、助けられた村人は不気味そうにブラッドたちを見たあと、すぐに目を逸らして立ち去る。お礼の言葉ひとつない。
そんな中、母親の制止を振り切って、少女が黒鎧姿のクレスに近づいた。
「あ、あの、クレスお姉ちゃんの仇を取ってくれてありがとうございました……! 大好きなお姉ちゃん、殺されて……私……」
ボロボロと涙をこぼす少女の頭を撫でようとして、クレスは途中で手の動きを止めた。体温のなさを気取られてはまずいと考えたのだろう。
一方でブラッドのもとには、クレスの家族だった少年がやってきた。
「兄ちゃん、凄いね。驚いたよ。俺はシュガーって言うんだ。よろしくな」
シュガーはそれだけ言うと、今にも怒鳴りかねない母親に手を振って、まだ鎧姿のクレスと話をしている妹を引きずるように、自宅へ戻った。
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