第13話 意外と気にしてたの?
館へ戻るなり、服を脱ごうとしたクレスをシャリアが制止し、ブラッドを残して自室へ連れて行った。
出て来た時にはブラッドの母親の残した服に着替えていた。
外を出歩く時はシャリアも着ている灰色のフード付きローブみたいなのが必要になるが、生憎と二着しか持っていない。
その点について考えはあったが、先にシャリアの手前の部屋をクレスに明け渡した。ブラッドは新たに、右側廊下の食堂の手前の空き部屋を使うことに決めた。
所持品はなかったので部屋の準備も最低限で済み、夜が明ける前に食堂へ集まった。場合によっては戻らないつもりで館を出発したのだが、ずいぶんと早く帰宅できた。
「夜には村を襲うゴブリンを退治しにいくけど、死んだクレスが当たり前のように姿を現すのは好ましくない。そこで身を隠す鎧を作ろうと思う」
「鎧?」
正面に座っている不思議そうなクレスを真っ直ぐに見て、ブラッドは頷いた。
「うん。禁魔法で作り出すんだ。冗談ではなく、石に意思を持たせるんだ。そうしてクレスの鎧にする。武器は持ってきたロングソードをベースにして作るよ」
石なら裏庭を含めて、森の中にごろごろ転がっている。ブラッドがロングソードを強化する間に、シャリアとクレスには石集めをお願いする。
「夜までに完成させる必要がある。急ごう」
シャリアとクレスは協力して、多くの石を地下室へ運び込む。十分な量を得られた頃には、ブラッドが魔法陣を使ったロングソードの強化を終えていた。
剣身が黒く染まり、禍々しいオーラを放っているようにも見える。わかりやすく例えると呪われた剣である。
大丈夫なのかと、変わり果てたロングソードを見たクレスがしり込みするのも当然だった。
「問題ないよ。仮に呪われたとしても、生命のないクレスには無意味だ。僕の魔力で仮初の意思を与えているだけだけど、その気になればもの凄い切れ味を発揮してくれるはずだよ。心の中で対話も可能だから、なんとか使いこなしてね」
「しょ、承知した。ブラッドを信じよう」
ロングソードを受け取った途端、クレスは流麗な眉を不快そうに折り曲げた。意思を持つ剣が脳に直接話しかけたのである。しかも下品な内容ばかりだった。
聞いていられなくなったクレスは、即座に剣を手離す。
声はすぐに止み、間違いなく剣からだったのが判明する。
「脱げだの揉ませろだの、不愉快な言動ばかりをされるのだが。この剣の能力を引き出すには従うしかないのか?」
「何、その変態魔剣。もしかしてブラッド……」
魔剣の意思は所有者に似るとでも思っているのか、シャリアまでもが冷めきった目をし始めた。
違うと否定しそうになってブラッドは考える。魔剣を作る際に注ぎ込んだのは自身の魔力である。必ずしも影響がないとは言い切れない。
「ち、違うよ、多分。そ、それより、クレスの装備を整えたら、ひと休みして疲れを取らないと。本番で動けなくなったら大変だからね」
「確かにそうだけど、話を誤魔化そうとしてない?」
「してないってば!」
シャリアの追求から逃れようと、ブラッドは再び剣を握ったクレスを見る。
「クレスは僕を信じてくれるよね」
「魔剣の要求が、ブラッドの願望だというのなら従おう。喜んでもらえるのなら、裸のひとつやふたつ……は、恥ずかしいが……」
またしてもいかがわしい発言をされているのか、頬を赤く染めたクレスがもじもじし始める。
暴走しかねないクレスを制止したのは、もちろんシャリアだった。
「私とクレスはあまり休む必要もなさそうだけど、ブラッドにはしっかり休んでもらわないとね。私たちの心臓なんだから」
クレスの村の一件や、武器防具の作成を終えて、今はだいぶ日が高くなりつつある。
地下室にこもっていて、太陽の光を見ずに済んだのはブラッドにとって幸いだった。眩しすぎて目がクラクラしてしまい、眠気と合わさって起きているのが困難になるせいだ。
「それじゃ、僕はこのまま地下室で休ませてもらうよ」
「駄目よ」
床に転がったブラッドを、笑顔のシャリアが見下ろす。
「えー……でも、部屋に戻るの面倒だし」
「あら、そう。聞き分けのない子には、こうしてあげるわよ」
笑顔を崩さないシャリアが、やおらしゃがみ込んだと思ったら、両手を伸ばしてブラッドに抱きついた。
少し前に出会ったリリアルライトほどではないにしろ、シャリアもかなりの美少女。他の男性が見たら、涎を垂らして喜びそうな光景である。
しかしブラッドには違った。魂まで凍りつきそうな悲鳴を上げ、奥歯を鳴らしながらシャリアに離れてと哀願する。
「寒いっ、冷たいっ! ぼ、僕が悪かったよ! ちゃんと部屋で眠るから、許して!」
「最初からそう言えばいいのよ。ウフフ。この方法はなかなか使えるわね。クレスも困ったら試すといいわよ」
他のアンデッドはどうか不明だが、ブラッドの復活させた者は極端に体温が低くなる。種明かしをされたクレスは、なるほどと頷いた。
復活者に抱き締められるのは、生者にとって氷の抱擁をされるようなものだ。気恥ずかしさはあるが、かなりの攻撃手段にもなる。
シャリアに離れてもらい、ブラッドはカタカタ震えながら立ち上がる。
「勘弁してよ。苦手だったけど、興味もあった女性に抱きつかれるのは、嬉しい体験のはずなんだけどね」
ふうと軽いため息をひとつ。掻き毟るように髪の毛を撫で、ブラッドは何気なしに前髪を上げる。
直後に女性二人が硬直した。
秘密のベールに隠されているかのように、前髪で見えなかった素顔が晒されたせいだ。
特にシャリアが衝撃を受けている。
「何て……ベタな……」
まじまじと見られ、ブラッドは「ん?」と不思議そうにする。
「僕の顔に何かついてる?」
「何もついてないけど、髪を上げたら実は格好いいって、あまりにも物語じみた展開で……」
「そうなの?」
実はブラッドはイケメンだったのだが、比較対象がほとんどなかったので自分の顔どうこうを気にしたことがなかった。
髪も女性に騒がれるのを嫌ってなんていう理由はなく、単純に切るのが面倒で伸ばしっぱなしにしていただけだった。
髪を伸ばしている理由を聞いた二人の女性は、揃ってブラッドらしいと笑った。
「ふうん。まあ、いいや。それより部屋へ戻ろう。また抱きつかれたら嬉しい反面、寿命が縮まるからね」
「そうだな。お供しよう」
剣の形自体は変わっていないので、元の鞘にすっぽり収まる。それを腰から下げて、クレスはブラッドに歩み寄る。
何気なく見ていたブラッドの視線が、突如として一部分に吸い寄せられる。
リリアルライトやマリーニーほどではないにしろ、クレスのバストサイズもかなり大きい。失礼な話、シャリアとは比べものにならないほどだ。
そんなクレスに抱き締められたら。
ブラッドの頭の中で甘美な妄想が展開される。頬が緩み、鼻の下が伸びる。女性が苦手のネクロマンサーでも、基本は年頃の男性。異性には興味があるのだ。
「ど、どうした。そんなに凝視……な、何? 私の体が悪いのか? 償うためには脱がなければならないだと。本当か、それは」
腰に携えた魔剣によからぬアドバイスをされているのだろう。憤ったり、恥ずかしがったりで、クレスの表情が目まぐるしく変わる。
「本当にブラッドは困ったちゃんね。女性が苦手だと言ってるくせに、エッチなんだから。ウフフ」
「ちょっと待って。どうしてシャリアは笑顔で僕に近づいてくるんだよ。それに僕は女性が苦手なんじゃなくて、生身の人間の女性が怖いだけなんだ。影響がなければ、その、僕も普通の男なんだよ」
「影響がないというと、領主様の妹のような方ね。でれでれしてたものね。私と初めて会った時は淡々としていたのに」
「あ、あれは母さんを失ったショックが大きくて……って、だからどうしてシャリアは怒ってるんだよ!」
「私にもわからないけど、凄く胸がモヤモヤするの。抱きついても気にしてもらえなかったほど、胸が小さかったせいかしら」
「あ、あれ? 意外と気にしてたの? 胸がないこと」
「はっきり言わないでよぉぉぉ!」
基本的に優しく、穏やかで他者を思いやる心を持つシャリアが、復活後、初めて上げた絶叫だった。
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