第12話 君の声を聞かせてくれるかい

 中年女性がシャリアに気づいた。見慣れない顔に警戒心を露わにする。


「何だい、アンタは!」


「わ、私はその、さっきの女魔族を探していて……」


 正直に目的を話してしまったがゆえに、続々と外に出て来ていた村人たちから、シャリアは一斉に強い非難を含んだ視線を向けられる。


「連中が来たのはアンタのせいなのかい! すぐに出てっておくれ! この疫病神が!」


「ち、違います。あ、そ、その前に、皆さんは避難をしてください。あのゴブリンたちは明日の夜にも来ると言ってました」


「何だって!?」


 絶句した中年女性は感謝するのではなく、睨み殺さんばかりにシャリアを見た。


「わかったよ。アンタとさっきの連中は仲間だね。一緒になってこの村の作物を奪うつもりかい! そうはさせないよ。昔もいたんだ、アンタらみたいなのが」


「行き倒れた村人を親切に助けてやったら、そいつらは盗賊だったのさ。その時、多くの者は殺され、あらゆるものが奪われた。わずかに生き残った者は誓ったのさ。二度とよそ者を信じない。それがこの村の掟だ。私がばっさまから何度も教えられた掟なんだよ!」


 あまりの剣幕に、それ以上はシャリアも何も言えなくなる。


 無言で頭を下げ、すごすごとブラッドのいるところまで戻ってくるのがやっとだった。


「隠れて、もう少し様子を見ていこう」


 村人から見えない位置に立っていたブラッドの言葉に、シャリアは素直に従う意思を見せた。


 こっそり移動して近くの太い木々に身を隠し、村の様子を覗く。


 やはり亡くなった女剣士への感謝の気持ちは微塵もない。それどころか、悲しんでいるのは子供たちだけという有様だった。


 罵詈雑言を浴びせ、共同墓地ではなく村の外へ運び出し、いつ獣に食われても構わないとばかりに適当に放り投げる。


 よほど慕っているのか、一人の少女は最後まで離れたがらなかったが、最後は大人たちに村の中へ連れて行かれた。


「どうして……」


 泣きそうな声で呟くシャリアの肩に手を置く。冷たさが伝わってくるのはわかっていたが、どうしてもそうしてあげたかった。


「これがこの村の生き方なんだろう。よそ者の僕たちが口を挟むべきではないよ。ただ、黙って見捨てもできないけどね」


 シャリアから手を離したブラッドは、もう誰も見向きもしなくなった憐れな遺体に向けて歩を進める。


 慌てて追いかけてきたシャリアと一緒に、ブラッドは無念の表情を浮かべて力尽きた女剣士を見下ろす。


 村人は全員が家の中で眠りについたようで、近くには誰もいない。女剣士は戦っている最中も今も一人ぼっちだった。


「……君の声を聞かせてくれるかい。僕に意思を教えてほしいんだ」


 ブラッドは木の棒を拾い、土に館の地下にあったのと同じ魔法陣を描いていく。

 完成するとその上に遺体を置き、禁魔法を発動するために手を伸ばす。


 手のひらが青白い輝きを放ち、肉体を離れたばかりの魂の声がブラッドの頭の中に響く。


「貴方は……? 私の声が聞こえるのか……?」


 シャリアの時と似た反応が返ってきた。


 そのシャリアはといえば、何故か驚いた顔をしている。


「そ、その人の声が、私にも聞こえたんだけど……どうして?」


「恐らくだけど、一部ではあっても僕とシャリアの魂が繋がってるからだろうね。僕を中継地点にして、声が届けられたんだと思うよ」


 納得したのはシャリアだけで、女剣士の魂はますます意味がわからないとばかりに戸惑っている。


 この状況で相手に何か言えと求めるのは酷だ。警戒させないように穏やかな声で、ブラッドは女剣士の魂に話しかける。


「まずは自己紹介をさせてもらうね。僕はブラッド・デスライズ。ネクロマンサーの一族の末裔だよ」


「私はシャリア・イィルウです。彼に、ブラッドに復活させてもらった元人間です」


 引き続いてのシャリアの自己紹介で、女剣士の混乱ぶりは極限に到達したみたいだった。


「ネクロマンサー? 復活? 貴方たちは何を言ってるんだ」


「そのままの意味だよ。ネクロマンサーは代々、死者に関する研究を続けていた。そして僕の代になって復活の呪法を手に入れた。もちろん禁魔法だから、公にするわけにもいかなけどね。ともかく、僕なら君の魂を肉体に戻せる。今のうちならという条件付きだけどね」


 魂になったからといって、急に生命に関する知識が増えたりはしない。思考の基本は生前の常識に左右される。


「まさか、私を蘇らせると言ってるのか? そんなの、ありえない!」


「ありえなくはないわ。だって私が証拠だもの。貴女と同じで、あの女魔族に殺されたの。野望のために死んでと言われて」


「あの女に!?」


 悩むようにやや黙ったあと、女剣士の魂は本当に蘇られるのかと尋ねた。


 それに対してブラッドは、シャリアの時と同じ説明をする。血ではなく魔力が肉体を動かすエネルギーとなり、ブラッドが彼女の心臓も同然になる。


「いまだに信じられない気持ちは残っているが、理解は大体できた。しかし、どうして貴方は私を生き返らせようとするんだ?」


「女魔族を追うのに協力してほしいのがひとつ。もうひとつはあの村を――君に懐いていた子供たちを放ってはおけないからだよ」


「シャリアが君と女魔族の会話を聞いていてね。明日の夜にまた狙われるのも知っているんだ。ただ村人の調子からすると、よそ者の護衛を受け入れるのは難しそうだよね」


 ブラッドがケールヒに村の状況を伝えても、信じてもらえない可能性が高い。


 明日の夜に女魔族も姿を現すのであれば話は別だが、村を襲うのはゴブリンだけだと言っていた。


「村を守りたいかい? それなら君に選択肢はないはずだ」


 ブラッドの言葉を受けて、諦めたように女剣士の魂は大きなため息をついた。


「その通りだな。遠縁とはいえ、捨てられた私を養女として迎え入れ、育ててくれた義両親。血が繋がっていないのに懐いてくれた弟に妹。村がこのような状況だからこそ、家族を守れるように私は独学で剣の腕を鍛えた」


「だが……結果はあの有様だ。魔族を信用した私が愚かだった。しかし、貴方がもう一度機会をくれるというのなら何でもしよう」


 何でもすると言われ、ブラッドは唾を飲み込む。生身の女性が苦手でも、年頃の男性。異性への興味はある。何せ館に残されていた書物の中には、いかがわしい本も紛れ込んでいたのだ。


 あれこれと想像しかけたところで、気持ちを萎えさせる。復活させた女性には怯えなくとも済むが、代わりに長時間触っていられないほど冷たいのだ。イチャイチャするのは不可能に近い。


「となると、やっぱり僕にはエンジェルちゃんしかいないな」


 小さな声での呟きを、すぐ近くにいるシャリアは聞き逃さなかった。それでなくとも聴覚の能力が向上しているのだ。


 二人の間に特別な関係はないのだが、何故かシャリアは唇を尖らせた。


 わけがわからないのは女剣士だ。どうして会話が途中で止まったのか疑問に思い、ブラッドにどうかしたのかと問いかける。


「い、いや、何でもないよ。それより君の覚悟は伝わった。これから復活の儀式を行うよ」


「承知した。現世に戻れるのであれば、アンデッドになろうとも構わない。せめてあの子たちを守らせてほしい」


 ブラッドは女剣士と魂の一部を繋げたまま、復活の魔法を発動する。


 魔力を供給する経路を作り、最初に魂を引き戻すために膨大な魔力を注ぎ込む。高まりに合わせて魔法陣の輝きが変わり、宙へコピーされるように同じ魔法陣が三つ作られる。


 シャリアの時同様に三つの魔法陣が重なった直後、女剣士の魂は本来の肉体へ戻っていた。


 倒れていた肉体の右人差し指がピクンと動き、それからゆっくりと瞼が開かれる。


「視点の位置が変わっている。そうか……私は本当に……」


 上半身を起こした女剣士は、己の肉体との再会を喜ぶように自分自身をそっと抱いた。


「感謝する。貴方のおかげで、私はまた村を守る力を得られた」


 女剣士は地面にお尻をつけたまま、ブラッドを見上げるような格好で、改めてお礼を言った。


「気にしなくていいよ。それと僕のことはブラッドでいい。魂の一部が繋がった以上、正確には他人でもないしね」


「承知した、ブラッド。私はクレス・エルデルシアだ。本来はこの村の人間ではない。捨てられたのを拾ってもらったのだ。義母が遠縁だったおかげでな」


 シャリアとも挨拶を交わし、クレスは立ち上がった。


 独学とはいえ肉体を鍛えていたのもあり、太腿はパンと張っている。腹筋もきっちりあるが、全身筋肉というわけでないのは、布生地越しに盛り上がっている魅力的なふくらみを見れば明らかだった。


「どこを見てるの? 本当はエッチな人だったのね。それともネクロマンサーって皆そうなのかしら」


 ジト目のシャリアに責めるように指摘され、ブラッドは慌ててクレスの上半身から視線を逸らした。


「仕方ないだろ。女性が苦手で、興味はあっても駄目だろうと諦めてたんだ。それが復活の力を得て、会話も間近で見るのも平気になったんだ」


 怒られるかと思ったが、シャリアが新たに向けたのは同情が多く含まれた視線だった。体温が極端に低い肉体になっていなければ、抱き締めていたのではないかと思えるほど慈愛に満ちた顔もしている。


 二人が軽く見つめ合う中、当たり前に疑問を抱いたのはクレスだ。


「ブラッドは女性が苦手なのか?」


「生身の人間の女性に限定されるけどね。一度死んだりしていると平気みたいだ。どんな仕組みなのかはわからない。生まれた時からこうだったみたいだしね。母親が平気だったのは幸いだったけど」


「そうか。私を新たに拾ってくれた人だ。ブラッドのことをもっと教えてくれないか?」


「そう言われても……困ったな」


 どうしようかとシャリアを見ると、彼女は任せてとばかりにクレスの前へ進み出た。


「付き合いは全然短いけど、なんとなくわかりつつあるから私が教えるわ。マザコンの寂しがり屋で、苦手なのに女の子が大好きかつエッチなネクロマンサーよ」


 否定できない面もあるが、さすがにあんまりではないか。ブラッドは反論を試みようとしたが、その前にクレスになるほどと納得されてしまった。


「村を守るのはもちろんだが、一度殺された私が再び住民となるのは不可能だろう。同じ道を歩ませてもらうためにも、ブラッドの方針には従う。わ、私ので構わなければ、すぐにでも服を脱ぐが? 覚悟はできている。だが、できれば、その……屋根のある場所なら嬉しい。他人に見られると……恥ずかしいのでな」


 頭の中にどのような回路を埋め込んだら、そのような展開になるのか。


 ブラッドには皆目見当もつかないが、とりあえず女体の神秘を調べさせてもらえるらしい。


 好色な男性なら一も二もなく飛びつくのだろうが、生憎とブラッドは欲望に忠実になれるタイプではなかった。


 見てみたい願望はあるけど、困った。気がつけば赤面中のブラッドは、一人でもじもじしていた。


 クレスとブラッドのやりとりを一部始終見ていたシャリアが、またしてもため息をついた。


「こういうのって、むっつりスケベって言うんだよね。そういえばガラハドも似たような感じだったな。ブラッドほどじゃなかったけど」


「放っておいてよ。それより館へ戻ろう。立ち話をしていて、それこそ村の住民にクレスを見られたら大変だからね」

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