第10話 もっと情報を集めないと駄目だね

 夜になってブラッドが目覚めると、屋敷の中が変わっていた。


 床は埃が溜まりすぎて、白い絨毯が敷かれていると錯覚するレベルだったのに、いつの間にやら綺麗になっている。


 自然現象のはずがなく、誰が掃除したのかは深く考えるまでもなかった。


 寝覚めはいいブラッドはすぐに覚醒し、部屋を出た。シンとしている一階とは対照的に、二階からドスンバタンと実にベタな音が聞こえる。


 どうやらシャリアはまだ掃除をしてくれているようだ。


 そう判断したブラッドが二階へ移動すると、大量の本を両手に持って廊下を走り回る彼女の姿を見つけた。


「掃除してくれたんだ。ありがとう」


「あっ! おはよう、ブラッド。勝手に片づけちゃった。フフ。頭を使わないで体を動かしてたから、なんだか楽しかったわ」


「それはよかったよ」


「ちょっと待って。すぐに朝――じゃないわね、晩御飯の準備をするから」


 掃除を中断すると、ブラッドの体に触れないよう気をつけつつ、シャリアは食堂へ押すようなポーズをとった。それに従い、ブラッドが先に立って上ってきたばかりの階段を下りる。


 目的地は食堂。内部は扉でキッチンと繋がっており、シャリアはそちらへ移動する。


 座って待つこと数分。テーブルの上に野菜サラダとベーコンエッグ。バターを塗った焼いたトーストに牛乳が運ばれてきた。日中に町で食材を購入した際に、ブラッドはシャリアに聞かれて好き嫌いはないと答えていた。


「空腹を感じないというのは便利な反面、少し寂しいね」


「食べても問題はないよ。ただ空腹感がないから、美味しいと感じるかどうかわからないけど」


 今のシャリアは極端な話、呼吸をしなくとも勝手に生命が維持される。やはりそうした点はアンデッドに似ているが、彼女の場合は飲食も可能だし、必要になれば排泄衝動も発生する。その点はすでに説明済みだった。


「シャリアも食べなよ。僕一人だと寂しいし」


「ブラッドは寂しがり屋で、孤独が好きというわけじゃないんだね」


「うん。母さんが死んで全部どうでもよくなってたけど、シャリアと会えたしね。君にとっては命を失う不運だったけど」


「でもブラッドに会えて、復活させてもらえたのは幸運よ。世界の誰も経験してないことを、今まさに体験しているんだもの」


 にっこり笑って、シャリアは自分の分の料理をキッチンから持ってくる。


 ブラッドの正面に腰を下ろし、軽くお祈りをして食べる。


「今夜は私を殺した女魔族を探しにいくのよね?」


「放置してたら、また領主様が来るしね。でも、領地外に逃げられたらアウトだよね。手がかりも、シャリアから聞いた情報だけだし」


 ある程度の食事を終えたブラッドは、グラスに注がれた牛乳を飲みながらうーんと唸った。


「その女魔族は野望を叶えるために血が必要と言ったんだったね。とすると、何らかの儀式でも行おうとしてるのかな」


 シャリアの話では、女魔族は殺害対象は誰でも構わないと言っていた。


 色々な角度から思考してみるが、やはり情報が足りない。闇雲に探しても、見つかるとは思えなかった。


「もっと情報を集めないと駄目だね。デイククの町より北に足を伸ばしてみよう」


「ここはドーナツの真ん中あたりで国境にわりと近いし、ワイズリーの方へ行ってなければいいけど」


「ドーナツ? もしかしてここ、エンゲージ大陸のことを最近ではそう呼んでるの?」


 シャリアの肯定を受けて、ブラッドはなるほどなと納得する。


 エンゲージ大陸は円形の孤島とも呼ぶべき大陸である。丁度中央に同じく円形の湖があり、上空から見ると穴が空いているようにも見える。


 さらにティアー湖と呼ばれる中央の湖には、愛する男を失った時の女王の涙により誕生したという伝承が残っている。


 天上で一緒になろうと約束した二人の永遠の証として、大陸をエンゲージリングに見立てた。名称はそこからきているらしい。実際に当人へ確認した者などいるはずもなく、いわゆる御伽噺的な物語として昔から伝わっていた。


 信憑性も不明だが、ロマンチックだと若いカップルには人気があるらしい。外の大陸から、わざわざ結婚式を挙げに来る者もいるそうだ。


 ブラッドが書物から得ていた知識を披露すると、大体そのとおりだとシャリアも頷いた。かすかに頬を朱に染めているので、年頃の女性らしく結婚に対しての憧れもあったりするのだろう。


 エンゲージ大陸の中には二つの国家が存在する。元は一つの国家でレイスリー王国といったが、過去に双子の王子の誕生をきっかけに分裂した。


 双子は忌み嫌われ、生まれた際には弟を湖に流す決まりになっていた。しかし代々王家に仕えてきた乳母が、殺すはずだった弟をこっそり逃がしてしまった。


 極秘裏に育てられた弟が大きくなった際に問題が勃発。現体制を気に入らない勢力が弟こそ正統後継者だとし、大陸を真っ二つに分けての争いに発展した。


 以来、エンゲージ大陸の左側半分を正レイスリー王国。右側半分を純ワイズリー帝国とするようになった。


 レイスリーは国を興した騎士の名称。ワイズリーは伝説級と呼ばれるランク四の魔法でさえ使いこなしたと言われ、騎士の共をした魔術師の名前。


 両国はしばらく険悪に睨み合っていたが、長い年月が経つにつれて薄れつつあった。現在では多少のいざこざを起こしつつも、比較的仲良くやっている方である。


「レイスリーは歴史と格式を大切にして、ワイズリーは新しい技術の開発に力を入れてるんだっけ?」


 書物の知識と、実際に町で暮らすシャリアの感想が一致しない場合もある。異なる点がないか確かめる意味も含めて、ブラッドは尋ねた。


「詳しくは私も知らないんだ。両親の話だと、レイスリーでは剣が、ワイズリーでは魔法の技術が発達しているみたい」


 ケールヒの秘書だというマリーニーも出身はどちらの国かは知らないが、ワイズリーの魔術学院を卒業したといっていた。


 ひと昔前では考えられなかったことだが、最近ではレイスリーの士官学校を出たものがワイズリー帝国に仕えたりするのも珍しい事態ではなくなっている。


 レイスリーの国を治めているのは第二十七代レイスリー国王。王位と同時に名前も受け継ぐため、この名を他者が勝手につけることは許されず、破った場合には反逆罪として処罰されるほどの大罪となる。


 各地をケールヒのような領主が治め、王都とその周囲を国が直轄領として管理している。昔からの貴族社会で階級は上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵となり、爵位が上になるほど、周囲から尊敬と賞賛を集められる。


 だからこそ貴族は少しでも上を目指して派閥争いをする。家柄が平民であっても、上級騎士にさえなれれば下級貴族扱いとなる。


 そのため出世を望む者はまず騎士になるのを目的とし、そこから爵位を得ようとするのが基本だった。現在の貴族の中でも、そうしてのしあがってきた者はそれなりにいる。


 一方で純ワイズリー帝国は初代国王となったレイスリーではなく、彼に付き従った伝説級の魔術師ワイズリーこそが国の純たる統治者であると定めた。


 王国ではなく帝国としたのも、すべてはレイスリーに対抗するためである。これはエンゲージ大陸に住む者なら、誰でも知っている常識みたいなものだった。


 ワイズリーも貴族社会ではあるが、剣よりも魔法を是とする。そうしたのもレイスリーへの抵抗心からで、現国王はジュワイル・ドルク・ワイズリー魔導王。王となった者はワイズリーの名を引き継ぐ。


 元は同じ国家から分裂したのもあり、上層部の仕組みは良く似ていた。だからこそ利を欲して、両国は争うばかりではなくなってきたのである。


「まあ、僕らが心配するのはレイスリーとワイズリーの対立ではなく、女魔族の動向だからね。真犯人として見つけないと、僕らを罪人にするって言ってたし」


「でも、簡単には見つからないわよね。そうだ。教会に頼んでみたらどうかしら?」


 シャリアが教会といったのは、天界と天使を信仰するミューナイル教が運営する建造物のことである。そこでは一般市民への教義の布教はもちろん、天使像への礼拝も行っていた。


 ミューナイル教の発祥は外の大陸であり、エンゲージ大陸には入ってきた形となる。本国は聖国と呼ばれ、永遠の中立国を宣言している。


 そのため、揉め事が起きた際の各国の仲裁や、何事かを取り決める際の調印式には、ミューナイル教の幹部が進行役を務めるケースが多い。


 レイスリーとワイズリーの各地にも、許可を得た教会が数多く存在する。シャリアはそのうちのひとつで、デイククにある教会を頼ろうと言ったのである。


「あまり気が進まないかな。僕は教会を恐れるべき対象として育てられたネクロマンサーの末裔だからね。向こうもいい顔をしないと思うよ」


 天使を信仰してはいるが、その上には神がいると信じられている。そうした教義を持つ教会の関係者が、命をもてあそんでいるともとらえかねないネクロマンサーのブラッドと仲良くしてくれる可能性は低い。


 それどころか、ケールヒに罪人として裁かれる前に、天界に歯向かう大罪人として教会に所属する神官に退治されてもおかしくなかった。


「そっか。じゃあ地道に歩き回るしかないんだね。私は眠らなくても大丈夫だし、疲れない体になったみたいだけど、ブラッドは大丈夫?」


「別に家で寝ないといけない約束はしてないし、途中で野宿してもいいんじゃないかな。その場合は護衛も欲しいところだけど……」


 チラリとシャリアを見れば、もの凄い勢いで首を左右に振られる。剣は扱ったことがなく、魔法も使えないので不死の肉体を得たところで護衛にはなりえないとアピールしているのだ。


「僕は禁魔法しか使えないし、外を移動する時は気を付けないといけないね。もっとも、シャリアの視覚と聴覚は人間と比べものにならないくらい鋭敏になったみたいだから、盗賊とかに接近される前に逃げられそうだけどね」


「見張りなら任せて。でもブラッドは死者を蘇らせられるのに、盗賊とかには勝てないの?」


 もっともな質問である。死者の復活ができるのであれば、一発で敵を殲滅できる強大な魔法を使えると思われるのも当然だった。

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