第8話 早く館へ戻ろう

 森を抜け、デイククの町に出た二人は、灰色のフード付きローブで全身を包んでいた。これは、ブラッドの両親が食料を調達する際に利用していたものだ。


 ネクロマンサーという肩書を好ましく思っていなかったブラッドの両親は、他人に正体がバレるのを極端に嫌い、素顔を晒して歩くことは滅多になかった。


 人けのない森の館に住んでいるのもあり、尾行されて襲われるのも恐れていた。


 父親も母親もデスライズ家の末裔とはいえ術法はほとんど使えず、弱い盗賊団が相手でも追い払えずに負けていたはずだ。


 その点、ブラッドは書物に残っていた術法なら使える。しかしながら前準備として魔法陣を描かなければならず、発動に時間がかかる。


 前衛がいなければ宝の持ち腐れで終わり、やはり弱い盗賊団であったとしても、狙われればなすすべなく身ぐるみを剥がされるだろう。


 二人揃ってフードをかぶって歩くのは怪しさ満点だが、町には色々な人間がいる。さらにいえば魔術師というのは、意外と顔を見られたくないという繊細な者も多い。


 そうした連中の一人だと思われているらしく、好奇な視線を一瞬向けられるだけで、住民は危険人物発見と衛兵に通報したりはしなかった。


「ほんの少しの間、離れてただけなのにずいぶんと懐かしい。不思議ね」


 シャリアがぽつりと言ったのを合図にして、ブラッドは町並みを見渡す。


 町の出入口には衛兵が二人立っていたが、持ち物チェックをされることはなかった。


 誰でも簡単に入れるというのはリスクも伴うが、人同士の交流は発展する。


 石とレンガで造られたデイククの町は伝統と格式が守られており、古き良き時代をそのまま表現しているかのようだった。


 大通りに面した家は色とりどりの石やレンガで彩っているが、路地の方に目を向ければ、木材で簡単に建てられた家が散見できる。


 ブラッドがそちらを見ているのに気づき、シャリアは悲しげにする。


「デイククの町は貧富の差が激しいの。商売とかで儲けられる人はいいけど、それ以外の人は安く使われたりで、その日暮らしもやっとというのが多いわ」


「ふうん。シャリアの家はお店屋さんなんだよね。お金持ちでよかったね」


 ブラッドの本心だったが、シャリアは喜ばずに悲しみの色を濃くした。


「私個人で言えばそうかもしれない。だけど他人が苦しむのを見るのは辛いわ。ブラッド君だってそういう気持ちがあったからこそ、私を助けてくれたんでしょう?」


「うーん……僕の場合はパッと見た印象というか雰囲気が、母さんに似てると思ったから気になって連れ帰っただけなんだ。期待してた答えじゃなくてごめんね」


「謝らなくていいわ。正直に言ってくれて嬉しい。でもブラッド君は不思議ね。会話してるとすべてを知ってるような面を見せたり、何も知らない純粋さみたいなのを見せたり。色々な顔があるのね」


 今度のシャリアの言葉にも、ブラッドはうーんと唸った。家族以外と接した機会がなかったので、自分がどのような印象を持たれるか気にしたことがなかった。


「多分だけど、それは知識が偏ってるせいじゃないかな。僕の頭の中にある情報は、すべてといっていいくらい館の書物で得たものだし」


 この話題を一区切りさせて、ブラッドは「それより……」と続ける。


「ブラッド君というのはくすぐったいな。呼び捨てで構わないよ。僕もシャリアって呼んじゃってるし」


 ここでシャリアはようやく笑顔になり、わかったと頷いた。


 シャリアの案内で町の中心部へ移動する。


 貧しい者など、この町にはいないと言いたげな大きな店が多数並んでいた。


 シャリアがガラハド食事をしたレストランだけでなく、三階建ての宿屋や武器防具の店、さらには洋服店なども多い。


 ここへ来るまでは二階建ても珍しいくらいだったので、周囲からのプレッシャーというか圧迫感が一気に増した。


 石も立派なのを使っている。それでいて周囲には鮮やかな緑の葉を揺らす木々も多く植えられているので、武骨な雰囲気はない。


 ブラッドが読んだ書物には王都の絵が描かれたページもあったが、劣らない光景がここには広がっていた。人通りも多く、そこかしこで話し声や笑い声が聞こえる。


「凄いね……」


 苦手な日の光もあって、フードを深くかぶっていても頭がクラクラしてくる。


 大勢の人が波のように迫り、ブラッドは流されるようにして別の場所へ強制的に移動させられる。


「ブラッド!」


 伸ばしてくれたシャリアの手に捕まるも、ブラッドは強く眉を歪める。


 それでも手を離さずにいたが、人けの少ない場所へ移動すると離すようにお願いした。


「あ、ごめんね。私と手を繋いでるのを誰かに見られたら恥ずかしいよね」


「どうして? そんなことはないよ、嬉しかったし。でも、あのまま握られてると辛かったんだ。シャリアの手は極端に冷たいからね」


 顔にハテナマークを浮かべるシャリアを伴って、少し休める場所へ移動する。もちろん彼女の案内だ。


 中心地から南へ少し行ったところに小さな公園があった。人も少なく、座って休めるベンチや水を飲める場所もある。


 複数あるベンチのひとつに並んで腰を下ろすと、ブラッドは先ほどの発言についての説明を行う。


「血の通ってないシャリアの肉体には、体温が存在しないんだ。逆に腐敗を防ぐため、僕の魔力が冷やしてもいると思う。一分も手を繋いでないのに、凍傷が起き始めた」


 ブラッドの白い手が、痛々しく真っ赤に染まっていた。


「シャリアは僕の手を握って、熱いと感じなかった?」


「特には。普通に他の人と手を握ってる感覚だったわ。だから私……あの、ごめんなさい」


 申し訳なさそうなシャリアの肩を軽く叩き、安心させるようにブラッドが笑う。今のやり取りだけでも、衣服越しに彼女の体温の冷たさが伝わってきた。


「わかってれば問題はないよ。抱き締めてもらえないのは大問題だけどね」


「もう……ブラッドってば……」


 かすかに頬を赤らめたシャリアを見つめて、ブラッドは考える。


「シャリアが体温のある人間を触っても熱いと感じなかったのは不思議だね。そういえば館でも、普通に白湯を用意してたっけ。もしかしたら復活した影響で感覚が鈍ってるのかもしれないね。魔力が調整してるのだとしたら、僕が触った時にも冷たいと感じなくなるはずだし」


「そうなのかな。でも、人の話し声とかはよく聞こえるわ。少しうるさいくらい」


「僕にはほとんど聞こえないね。夜目もきいてたし、そうした感覚は魔力で補正されてるのかもしれない。理論上ではわからなかった影響が、実体に出てるみたいだね。なんか、ごめんね。普通の肉体とは違う不便さまで押しつけちゃって」


「全然、大丈夫。一度殺された私が、こうして生まれ故郷を歩けるだけでも満足。あとはガラハドの無事がわかればいいかな。やっぱりお父さんやお母さんとは、もう一緒に暮らせないだろうしね」


 ブラッドに不安を抱かせないようにと、笑っているのが理解できた。それは亡くなった母親がよく見せていた微笑みと一緒だった。


「そう、だね。じゃあ、ガラハドを――ん?」


 公園の隅で中年から老年に差し掛かっている女性が何人か集まって、何事かを話していた。素顔を隠しているブラッドたちの話をしているのかとも思ったが、どうやら違う。


「何を話してるんだろうね」


 何気なく言ったのをお願いと捉えたのか、シャリアは鋭敏になった聴覚を活用して盗み聞きをする。同時にどんどん彼女の様子が暗くなる。


「どうしたの?」


「……あの人たちが話してるのは私のこと。昨夜に森で人が死んでると通報を受けて衛兵がその場所へ行ったけど、発見できたのは大量の血痕だけで死体が消えていた。噂で伝わってきたその話を皆でしてるみたい」


「衛兵は領主様に報告し、人手を増やして捜索に当たってるそうよ。どこの誰が死んだというのもわかってるみたい。私の名前が何度も出てる」


 自分が死んだのを理解していても、慣れ親しんだ町であれこれ話されるのはやはりショックなのだろう。みるみるうちにシャリアから普段の元気が消えていく。


「ガラハドを探すよりも、早く館へ戻ろう。見つかったら、大変な事態になりそうだ」


 残っていた血痕がシャリアのものだと判明しているのなら、顔を見られれば当然衛兵なりに事情を聞かれる。


 診療所での検査も行われれば、異常が明らかになる。


 ネクロマンサーのブラッドはなんとも思わないが、一般人には死者復活というインパクトは強すぎる。


 瞬く間に今以上の噂となり、本人のみならず家族までもが色眼鏡で見られるはめになる。


 シャリアも理解しているからこそ、ブラッドの提案を素直に承諾した。


 それでもせっかく町へ来たのだから、ある程度の食材を購入していこうという話にはなった。


 ベンチを立ち上がり、出店で野菜や果物などを購入して町を出る。


 館へ戻るまでの間、シャリアはずっと俯いていた。

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