第6話 この館に来るのは一人だけだよ

 これで救えると喜んだのも束の間、ブラッドは母親にこのまま死なせてほしいと拒否された。


「母さんが消えたあと、僕は遺影を抱いてずっと泣いていた。疲れたら眠って、夜になれば起きて泣く。恐らくだけど、町で噂になっていたすすり泣きは僕のだと思う。シャリアが殺された原因は僕……ということになるね」


 怒鳴られるのも覚悟したブラッドに向けられたのは、とても穏やかな微笑みだった。


「ブラッド君のせいじゃないわ。仮にそうだとしても、私がまだ生きて――と表現していいものかはわからないけど、今みたいにしていられるのはブラッド君のおかげよ。感謝こそすれ、恨んだりはしないわ」


「シャリアは優しいね。ふわりと包んでくれるように温かくて……小さい頃、僕をいつも抱き締めてくれていた母さんみたいだ」


 母親に似ていると言われてもドン引きしたりせず、シャリアは嬉しいと返す。どのような理由であっても、誰かに頼られるのは彼女にとって幸せだった。


 それから少しの間、二人でとりとめのない話をした。


 館の中しか知らないブラッドには、町の情報はとても珍しかった。


 母親を失ったショックで引きこもりになってはいたが、元々ブラッドは好奇心旺盛なタイプだ。


 シャリアという女性との出会いをきっかけに、本来の性格も徐々に顔を見せ始めるようになっていた。


 そんな時に、シャリアは声のトーンを落とし、真剣な顔つきになった。緊張感が周囲に漂い、雑談する雰囲気が四散する。


「教えて、ブラッド君。私はどうなったの? 純粋な人間でないのは理解している。ゾンビとかと同じ存在なの?」


 館へ戻る前に、教えると約束していたので、ブラッドは知る限りの情報をシャリアに提供する。


「ゾンビとは違うよ。さっきも説明したけど、君の肉体には本来の魂がそのまま戻っている。その点ではシャリアという存在に違いないんだ。人間と異なるのは心臓が動いてなく、血も流れてないところ。じゃあどうして君が動けているかというと、僕の魔力がエネルギー源になっているからなんだ」


 シャリアが僅かに顔をしかめる。いまいち内容を理解できていないみたいだが、シャリアは町で育った一般の女性。説明をしたからといって、すぐに理解できないのは当然だった。


「僕の魂の一部と君の魂はいまだ繋がっていて、今も僕のマナはシャリアの中に注ぎ込まれている。魂の鼓動に合わせてエネルギーは循環され、臓器を動かす力を与える。極端に言ってしまえば、僕の存在そのものが君の心臓になったようなものさ」


「ブラッド君が私の心臓!?」


「そうだよ。だから僕が死ねば魔力の供給は失われ、シャリアは肉体を保てなくなって二度目の死を迎える。魂は肉体の中に留まっていられなくなり、通常の死後と同様に七日間の時を経て安息の地へ向かうのだろうね」


「それってつまり、ブラッド君が私に命を分け与えてるみたいなこと? そんな真似をして寿命とかは大丈夫なの!?」


 席上で忙しなく両手を動かし、慌てるシャリアが妙に面白くて、無意識にブラッドは笑ってしまう。


 そんなブラッドに彼女は「本気で心配してるのに」と唇を軽く尖らせた。それでも次の瞬間には人懐っこい笑顔に戻り、改めて大丈夫なのかと尋ねる。


「魔力は命そのものというわけではないからね。寿命に影響を与えたりはしないよ。二、三人くらいなら同時に蘇らせても大丈夫じゃないかな」


 ブラッドは斜め上に視線を向け、頭の中での計算を終えると、再びシャリアへ視線をっ戻した。


「ただ、この方法だと復活には必ず僕の魔力が必要になる。それでは完全な蘇生とは言えないから、ロッケルベルの領主様にも報告しないのさ。それに教えたとして、喜んでもらえるとは限らないしね」


「どういうこと?」


 首を傾けて、シャリアは不思議そうにする。


「死者を蘇生させようとするネクロマンサーは人々に忌み嫌われていた。隠れ住むように暮らしていたけど、見つかったりすれば一族もろとも火あぶりにされたりするのも珍しくなかったそうだよ」


 その場面を想像でもしたのか、シャリアが露骨に怯えた。


 だが、ブラッドは何でもないことのように表情を変えない。


「今ではネクロマンサーの一族なんて、デスライズ家を除いてないんじゃないかな。僕の祖先が生き残れたのだって、自らの野望のために利用しようとしたガーシュイン男爵が保護と支援をしたからだって書物にあったしね」


「そういう意味では運が良かったんだよ。でも、ガーシュイン男爵が亡くなって年月が経過していくと、徐々にロッケルベル家に疎まれだしたんだ」


 シャリアは何も言わない。黙ってブラッドの話を聞いている。


「ネクロマンサーの一族を支援して、死者を蘇らせる実験をしてたなんて知られたら大問題だ。だからといって直接的に口を封じようとしたら逆襲される恐れもある。失敗すれば当然、デスライズ家は事実を公表するだろうしね。現在のロッケルベル家にとって、僕たちの存在は頭痛の種でしかないんだよ」


 悲壮感はどこにもない。狭い世界で育ってきたせいか、ブラッドは客観的に物事を考えるようになっていた。


 まるで物語でも語るように、どこまでも他人事みたいにブラッドは話す。


 自暴自棄などではなく、単純に人生に価値を見い出せていない。そんな雰囲気がブラッドにはあった。


「僕の両親が小さい頃には、暗殺者を送り込まれたりもしたらしいよ。こちらの数が少なくなって、滅ぼすなら今だと思ったのかもしれないね」


「そんな……」


「大丈夫だよ。現在の領主様は先代と違って命を奪うつもりはないみたい。もっとも、支援額を減らして出て行かせようとはしてるね。僕はあまり食に執着がないし、倉庫には貯金も隠してあるから問題にもなってないけど」


「そうなんだ……でも、ブラッド君が私を蘇らせてくれたのは事実よ。ゾンビみたいな外見でもないし、感謝してるわ」


「うん。ただ、家族と暮らすのは諦めた方がいいかもしれないね」


 ブラッドの発言は想定外だったのか、シャリアが飛び起きるように上半身を伸ばして目をしばたかせる。


「復活はしていても、シャリアは普通の人間じゃない。一緒に生活していくうちに事実を知られれば、最悪、攫われて解剖実験をされるかもしれない。昔は不死を求めて、デスライズ家と接触をとりたがる人間が多かったらしいしね。そうした人たちにとって、君の肉体は宝の山となりえるんだよ」


「ひッ……」


「あくまでも僕の個人的な見解で、絶対とは言えない。でも、可能性は高いと思うよ。そうなったら悲惨だね。僕と繋がってる限り、多少の傷はすぐ治る。その点も面白がられるかもしれないね」


「お、脅かさないでよ。だけど、まるっきり冗談というわけでもないのよね。確かに私は一度死んだ身なんだし……」


 泣きそうなシャリアの姿に、ブラッドは胸が締めつけられるような痛みを覚える。家族以外に興味を持ち、話すのは初めてだったので情が沸いたのかもしれない。そうでなくとも、彼女とは魂の一部を繋げてあるのだ。


「我儘を言っちゃいけないよね。私はブラッド君のおかげで、まだこうして存在していられるんだもん。家族と会うなというなら言う通りにする」


 浮かない表情で、シャリアは「だけど……」と続ける。


「ガラハドの安否だけは知りたいの。彼を探すのを協力してほしい。話しかけたりはしないから」


 必死で頼み込まれれば、ブラッドも嫌とは言えない。顔を隠すのを条件に承諾する。


「じゃあ、明日の夜になったら出発をしよう」


「どうして夜なの? もう朝になってるけど」


 朝日が幾つもの光の筋となって、少し前までは蝋燭の明かりしかなかった室内に眩しさと清々しさを与え始める。


 にもかかわらず、ブラッドは顔をしかめた。朝日というより、光を見たくないとばかりに目を背ける。


 とにかく外へ出るのは明日の夜。ブラッドがそう言おうとした矢先、ドンドンとやや乱暴にドアが叩かれた。


「誰か来たみたいよ」


「この館に来るのは一人だけだよ。きっと領主様だ」


 ブラッドが立ち上がると、少し間をおいてシャリアも席を立った。隠れるよりも、こっそり様子を窺おうと決めたらしい。


 見られたところで問題はないので、ブラッドはシャリアを放置して玄関へ向かう。


「開いてますよー」


 面倒なので、そもそもドアに鍵をかけていなかった。


「ほう。今日はいるのか。いつも不在にしているから、出て行ったと思っていたぞ」


 ドアを開けて玄関ホールへ入ってきたのは、金髪をオールバックにまとめた長身の男性だった。


 キリッとした顔のあちこちに年齢を感じさせるしわが目立ち始めている。外見で推測するなら四十代半ば程度だろうか。着用している衣服の立派さで、それなりの身分だと理解できる。


 予想通りの人物の登場に、ブラッドは玄関へ近づかないようにしながら応接室へどうぞと告げる。


 案内するまでもなく、相手は一階奥の応接室の場所を知っている。いつもブラッドが寝ている時に視察へ訪れ、支援金を減額するという書置きを残していくので確かである。


 先に応接室へ移動し、掃除していないせいで埃まみれのソファに座る。革製のソファは当時の最高級品で、いかにデスライズ家がロッケルベル家から手厚い支援を受けていたのかがわかる。


「客人を玄関に置き去りとはな。やはりデスライズ家の人間は礼儀がなっていないようだ」


 嫌味を言われても気にしない。というよりも、実際に礼儀というものを知らないので、事実だと納得してブラッドは言い返さないのである。


「まあ、いい。それよりも、結果はまったく出ていないみたいだな。先祖代々支援を受けておいて、何の成果も上げられぬとは嘆かわしい。これではいかに私といえど、さらなる支援の減額を決断せねばならない。反論はなかろうな」


「別に構いませんよ」


「殊勝な心がけだな」


 まともに話をするつもりはないのだろう。前髪で目を隠しているブラッドに注意もせず、言いたいことが終わると、座りもしなかったソファの側を立ち去ろうとする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る