第5話 さよならと告げて消えちゃった

「へえ。便利な世の中になってるんだね」


 魔法製品の話を聞いたブラッドはそう言いつつも、たいして興味がなさそうだった。


「シャリアの家には、魔法製品がたくさんあるの?」


「多くはないけどあるわよ。私の家は個人ながらもお店をやっているの。おかげである程度高価な商品も購入できているわ。自動的に火がつくコンロとか、冷めた料理を温める魔法レンジなんてのもあるわ。最初は戸惑ったけど、慣れると凄く便利よ」


「そうなんだ。じゃあ僕と違って、シャリアは家事もたくさんするんだね」


「皆、喜んでくれるもの。私はそれが嬉しいの」


 勝手知らない他人の台所なのに、シャリアはあっという間に調理器具の場所などを把握していく。


 三十分もする頃には、昔からこの家に住んでいるような動きを見せ始めた。


 火打石を使ってかまどに火をつけ、その上で鉄製のフライパンを温める。残っていた缶詰を混ぜ合わせ、適当な一品を短い時間で作る。


「食材が残っていればもっときちんとしたのを作れるんだけど、今はこれが精いっぱいね。さあ、食べて。その間に私はキッチンの掃除をしておくわ」


 ブラッドの返答も待たずに、食堂へ戻ってきたばかりのシャリアがまたキッチンへ移動した。


 注意する必要もないので、とりあえずブラッドは座っている食卓に出された料理を、スプーンを使って食べる。


 鶏肉と小さく刻まれたニンジンとグリーンピースを混ぜ合わせた、言葉通りの間に合わせ料理だ。


 グルメな人間なら激怒するかもしれないが、食にさほど興味がなく、母親の死後は保存食ばかりで飢えをしのいできたブラッドには、久しぶりに食べる手料理かつご馳走だった。


 食べ終える頃には、キッチンの片づけを終えたらしいシャリアが、コップに水を注いで持ってきてくれた。


「魔法製品はないのに、水道は整備されているのね」


「裏庭の井戸と繋げてるんだ。シャワーもトイレもだね。魔法の心得があった人も過去にはいて、そういう人たちが独自に作り上げたみたい。だからシャリアが知ってるのと、同じ仕組みではないかもしれないね」


「そっか。そういえばネクロマンサーの家系とか言ってたものね。で、ネクロマンサーって何?」


「死者を蘇らせたり、禁魔法という禁じられた魔法を使う術者のことを言うみたいだね。館にある書物で知っただけだから、絶対にそうだとは言い切れないけど」


 ブラッドの食器をキッチンへ運び、固形石鹸で洗う。自分の分の水は用意しない。


 当たり前のように、シャリアはブラッドの世話をする。彼女の仕草や行動のひとつひとつが、亡くなった母親の記憶を呼び起こす。


「子供の頃は……よくこうして母さんが世話をしてくれた」


 戻ってきたシャリアが、ブラッドの正面の椅子を引いて腰を下ろす。


 食堂の中央には、長方形のテーブルが部屋に対してひとつだけ横向きに置かれていた。上には蝋燭がひとつあり、ほんのりと室内を照らしている。


「お母さんが好きだったのね」


「大好きだったよ。とにかく優しくてね。でも、いつだったか僕が力を見せると笑顔を曇らせるようになったんだ」


「力って、ネクロマンサーの? でも、家系ならご両親も同じだったんじゃないの」


「肩書的にはね。でも僕の両親にはほとんど力がなかった。昔はそうじゃなかったみたいだけど、時が流れるに連れてデスライズ家の力は失われていったみたいだね」


「デスライズ家って、ずいぶんと昔からあるのね」


 シャリアの言葉にブラッドは頷く。


「残されている書物によると、何百年と続いてるらしいよ。代々死者を蘇生させる術法を探していて、禁忌とされる呪法を使うので、周りには忌み嫌われいたと残ってる。で、そんなデスライズ家に目をつけたのが、この地の時の領主ガーシュイン男爵なんだって」


「この地っていうと、ロッケルベル領の昔の領主様ってこと?」


「そうだよ。そのガーシュイン男爵が病気になった際、永遠を欲したんだって。不死の術法を研究させるためにデスライズ家を支援し、当時最先端の技術でこの洋館も建ててくれたらしいよ」


 自慢げでもなく、ブラッドは淡々と言葉を続ける。


「それ以来、ロッケルベル領はデスライズ家に金銭的な支援も継続しているんだ。結果を出していないから、年々額は減らされてるけどね。僕が子供の頃、母さんが言ってたよ。研究どころか、日々を暮らしてくのがやっとだってね」


 ブラッドが軽く笑うのは、他人事みたいにしか思っていないからだった。


 母親のいない世界に魅力を感じず、飢えて死ぬのならそれでもいいと考えている影響もあるかもしれない。


 ブラッドにとっては当たり前の思考でも、他者には違う。楽観的にしか見えない姿に、シャリアは驚きとも呆れともとれる声を上げた。


「そんなことじゃ、これから先――」


 そこまで言ったところで、シャリアは気づく。死んだはずの自分がどうして、現実の世界でブラッドと会話できるようになったのかを。


「ちょっと待ってよ。結果は出てるじゃない。実際に私はブラッド君の力で復活できたわけだし。報告すれば支援の額も戻るわよ」


 ブラッドは首を小さく左右に振った。感情的に乏しく、母親大好きっ子ではあるが、決して頭が悪いわけではない。どうして報告をするつもりがないのかを、きちんとシャリアに説明する。


「不死を求められてたのはガーシュイン男爵の時代だよ。なのに、ロッケルベル家の人間が、どうしてデスライズ家への支援を続けてるかわかるかい?」


 単純に考えれば今の領主も結果を求めるからになるのだが、そうであれば減額はしない。むしろ増額してでも、デスライズ家の活動を支援する。そうしないのは、一家を邪魔に思っているからだった。


「考えてもみなよ。忌み嫌われてる一族を、不死になりたいがゆえに支援したなんて知られたら、ロッケルベル家は周囲にどんな目で見られると思う?」


「所属する聖レイスリー王国の王様の耳に入ったりしたら、領地が没収されちゃうかも」


 シャリアの返答に、ブラッドは小さく頷く。


「領民の批判や王国による処分を避けるため、秘密裏に生活費を捻出してるんだよ。最低限の面倒は見てやるから、外で余計な発言をするなってことだね」


 なんて言えばいいかわからないといった顔をするシャリアに、ブラッドは朗らかな笑みを見せる。


「シャリアがそんな顔をする必要はないよ。僕の両親もそのおかげで生を全うできたんだ。力をほぼ失ったデスライズ家は、減額をされても文句を言えないし、おまけに生き残りは僕ひとりだ」


「ブラッド君だけって本当なの? 親戚とかはいないの?」


「いないね。呪術で必要とする魔力の濃度を高めるために、デスライズ家は一族の者同士で婚姻関係を結んでいたんだ。結果、子供ができにくくなった。まあ、これも運命ってやつだね」


「なんか、軽いんだね」


「まあね。僕にとって大事なのは母さんだけだ。書物にあった実現不可能だという実験を次々と成功させたのも、母さんに喜んでほしかっただけなんだ。なのに、母さんは僕を見捨てた。復活するのを拒否した」


 寂しげに呟くブラッドに、慰めの言葉をかけようにも、シャリアは見つけられずに口をもごつかせる。二人の間になんとなく気まずい沈黙が生まれる。


 先に静寂を打ち破るべく、口を開いたのはブラッドだった。


「そういえば、シャリアはどうして森にいたの? 音もほとんどしなくて不気味だから、沈黙の森と呼ばれて町の人に気味悪がられてるんだよね? だからこそ時のガーシュイン男爵は、森の中に洋館を建ててデスライズ家を住まわせたと書物にはあったよ。その際に一族をひとまとめにしたともね」


「森の名称までは知らなかったわ。私があそこにいたのは、ひと言で説明すると肝試しのためよ」


 馴染みのない単語だったので、ブラッドは「肝試し?」と質問を続けた。


「そうよ。いつ頃からか、夜な夜な森に男性のすすり泣きが木霊するようになったらしいの。あくまで町の噂だったんだけど、それを聞いたガラハド――私と一緒にいたはずの男の人が真相を確かめてみようと言い出したの。実際にすすり泣きは聞こえたんだけど、途中でガラハドとはぐれてしまったのよ。必死で探したんだけど、見つける前に魔族と名乗る女性に遭遇して、それで――」


「――殺された、と」


 語尾で唇を震えさせて、口をつぐんだシャリアの代わりに、ブラッドが続きを引き取った。


 シャリアはコクンと頷いて瞳に涙を浮かべたが、失った命を惜しむでもなく同行していたガラハドの安否を案じる。


「あの女魔族から逃げられたかな。ガラハドってば格好つけたがりのくせに、どこか抜けてるところがあるの。逃走ルートを間違えたりとか、途中で転んだりしてなければいいけど」


 あえなく殺され、魂となったシャリアはしばらくその場を動けず、ガラハドの様子を身に行けなかった。


「魂になったなら自由に動けそうなのに、どうして遺体の側から移動できなかったんだろう」


 彼女が何気なく漏らした質問に、生き返らせたブラッドが答える。


「人間は死ぬと肉体と魂が分離するけど、しばらくの間は拘束でもされているみたいに側を離れられないらしい。そのまま最後には消えるんだ。母さんがそうだった。七日目の夜、説得を繰り返す僕に、さよならと告げて消えちゃった」


 デスライズ家を復興させれば母親も喜んでくれる。


 ブラッドはそう信じて、館中の書物を読み漁り、森にいた動物を使って実験を行った。


 成功を重ね、結果を出していくたびに母親の表情は曇っていったが、それはまだ成果が足りないせいだと思っていた。


 そのうちに、母親は父親を失った時と同じ流行り病に倒れた。


 最愛の母親を失いたくない一心で、ブラッドは魂を本来の肉体に戻して繋ぎとめる術法を開発した。

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