第3話 寂しかったんだ
大体の状況を把握したあとで、今度はブラッドが自分の目で見た話をする。
「僕が異変を察して森へ行ったら、君が胸に穴を開けて死んでいた。他には誰もいなかったよ。だからその二人のことは知らない」
「そうなんだ……ガラハド、無事に逃げられてるといいけど」
「……ガラハドというのは男性の名前だよね? 君の恋人だったの?」
何気ない問いかけに、声ですべての感情がわかるほどシャリアは狼狽した。
ここまで表情を変えずに淡々と話しているブラッドにとっては、ある意味で新鮮な反応だった。
「ち、違うわよ! そりゃ、君が好きだとも言われたけど、私は返事をしてないもの」
「どうして?」
「……なんか、さらっと聞くわね。でも、いいか。もしかしたら、貴方が私の最後の会話相手になるかもしれないしね」
言葉を一度区切り、シャリアがコホンと小さな咳払いをする。
「彼には言ってないけど、私みたいな人間が幸せになっていいのかなって。そう思ったら返事ができなかったんだ。愛とか好きとかいうのもよくわからないし。だけどね、想いを伝えられた時は嬉しかった……って、ちょっと!?」
台詞の最後でシャリアの声がひっくり返った。質問されたから答えているのに、どうして聞いていないのかという不満も見え隠れする。
実際にブラッドは途中で聞くのが面倒になり、床の魔法陣に新しい紋様を白いチョークで書き加えたりしていた。
「……何?」
「何、じゃなくて。途中で放置されると恥ずかしいんだけど」
「ふうん」
「ふうんって……私もよく言われるけど、貴方って結構な変わり者なのね」
「そうなの? 僕は両親以外の人間と、ほとんど会ったことがないからわからないんだ」
ブラッドにすれば、驚きようもない事実だった。
だからこそ、どうして魂だけの精神体となった彼女が申し訳なさそうに謝罪の言葉を発したのかがわからなかった。
「別に謝る必要はないよ。それより、さっきの質問の答えを貰えるかな。君は蘇り――とは少し違うかな。実際に生き返るわけじゃないし。うーん。何て言ったらいいんだろう。やっぱりアンデッドが近いのかな」
「アンデッド……なかなか頷くのに勇気がいるわよね、それって」
「じゃあ、そのまま死んでる? 僕は別に構わないけど」
肩を竦めるブラッドに、シャリアが制止の言葉をかける。
「その前に貴方のことを教えて。私は自己紹介したじゃない」
「僕? 僕はブラッド・デスライズ。十七歳で男だよ。代々ネクロマンサーをしているデスライズ家の最後の生き残りさ。だからこの家には僕以外には誰もいない。少し前までは母さんがいたけど、ね」
悲しげに俯くブラッドに、魂だけのシャリアがさらに問いかける。死者を生き返らせられる方法があるのなら、どうして自分の母親にしなかったのかと。
「実行したよ。当たり前じゃないか。でも、母さんに断られたんだ。このまま死んでいたいって。だから僕は……一人ぼっちだ」
「そっか」
短い言葉だったが、そこには何かを理解した響きが含まれていた。それから少しだけ考える間があり、ブラッドに新しいシャリアの声が届く。
「私を生き返らせて。アンデッドでも、外見は人間の頃と同じなのよね?」
「そうだよ」
「でも、結構な傷を負ってるように見えるけど」
魔法陣の上に転がっているシャリアの遺体は、乱雑な扱いもされたせいで、ところどころ痛んでいた。ついでにいうと、引きずられた影響で服の一部も破け、スカートがめくれて太腿が露わになっている。
魂だけになっているシャリアは、いわば空気と同化したような存在。他者の目から見えずとも周囲を移動して、ある程度は自由な視点で物事を見られた。
その彼女がある一点で止まるなり、急に大きな声を上げた。
魂の一部を繋げて、声を聞こえるようにしているブラッドの頭全体に大声が響く。
ブラッドはたまらず目を閉じ、両手で頭部を押さえた。
「少し……静かに言葉を発してくれないかな。君の声が直接僕の頭に届けられるから、凄く響くんだ」
「それどころじゃないわよ。あっ! こっちに来たら駄目! 目線を下げても怒るからね!」
「だから騒がないでよ。一体どうしたって言うんだい?」
「私のその……ショーツがスカートの中でずり下がってるのよ。何でこんな有様に……って、貴方が私の体を引きずったせいじゃない!」
付け加えるなら、その時点でブラッドが一度でも後ろを振り返れば、シャリアの薄いピンクのショーツが丸見えになっていた。
「ショーツというのはパンツだよね。それがずり下が……っ!」
衝撃的な事実に直面し、ブラッドは頭を抱えていた両手を即座に鼻へ動かした。軽く想像しただけで顔全体が真っ赤に染まり、溢れそうな何かが鼻孔へ迫りつつあった。
ネクロマンサーの末裔とはいえ、健全な男子には違いない。当たり前のように覗きたい衝動に駆られるも、理性の力で必死に堪える。
「早く私を体に戻してっ! 変なことをされる前に!」
「し、しないよ、そんな真似は。ちょっと、その、興味はあるけど……」
「ちょっとどころじゃない気もするけど。とりあえず肉体の傷には目を瞑り……たくないなあ。痛そうだし……」
やはり不安げにするシャリアの声に、ブラッドは大丈夫だと告げる。
「君の魂が肉体に戻れば、傷は自然回復する。最初に言ったけど、外見は人間そのままでも中身はアンデッドに近くなる。もっともゾンビなんてものを本当に作った人間はいないから、解剖や実験で中身の比較をしたりはできないけどね」
「さらっと恐ろしいことも言われたような気がするわね。あれ? でもゾンビってたまにどこかで発生したって話を聞くけど……」
「僕は見たことがないけれど、この館にある書物によれば自然発生するらしいよ。一説には魔族の放つ瘴気に当てられて、死体がゾンビとして動き出すみたいだね。魂の入ってない器を勝手に動かしてるだけだから、生前の記憶も意思もない。まさしく操り人形だよね。死体だけに臭うだろうけど。ふふっ」
「ふふっ、て……まさかジョークのつもりだったの? ブラックすぎて私にはとても笑えないわ……」
確認すべき表情はないが、声で呆れているのがわかる。本当に大丈夫だろうかと思っているのも。
しかしながら、シャリアはこの世界においてすでに死人。ブラッドが力を貸さなければ、二度と自分の足で大地に立つのは叶わぬ身だった。
「怖いけど仕方ないわ。怪しい実験に私の体を使わせるわけにはいかないもの」
「なんか、僕って信用されてない? 怪しい実験とやらをするなら、君の声すら聞かずに実行してると思うんだけど」
言われてようやく、シャリアはそれもそうかと思い至った。そもそも力尽きた女体にいかがわしい行為をしたいのなら、蘇らせる必要がない。
ブラッドの言いたいことは理解したが、代わりに生じた疑問を口にする。
「それならどうして、私を生き返らせようと考えたの?」
当たり前の質問だった。ブラッドとシャリアは縁もゆかりもないまったくの他人であり、普通なら死体があると衛兵に連絡して終わりだ。実際に彼女が誰かの遺体に直面したのなら、そうしていただろう。だが彼はそうしなかった。
知らなくて当然なのだが、シャリアは思い違いをしていた。ブラッドは自身で口にしていたように、館から出た生活を送った経験は一度もない。そのため町の場所だけでなく、衛兵が滞在していることすらわからなかった。
加えて一般常識の代わりに、ネクロマンサーの知識を所持している。そんなブラッドは、母親に復活を拒否されたのもあって、寂しさが極限に達していた。
シャリアが森で殺害されていなければ、噂となったすすり泣きをひたすら夜毎に繰り返し、そう遠くない時期に力尽きていただろう。
「寂しかったんだ。単純に」
初対面――それも遺体しか見ていないシャリアの魂へ、素直に心情を告白したのも、蓄積された寂しさの影響だったのかもしれない。
ブラッドの本心を受け止めたシャリアは、ショーツどうこうの話で復活を求めた自分を恥じた。
得体の知れない人物ではあるが、純粋な悪人ではなさそうだった。生前、いきなり現れた女魔族に命を奪われたのもあって、他者に対して疑心暗鬼になりすぎていた。
「そうだよね。誰だって一人は寂しいよね。うん、わかった。私を復活させて。そうすれば少なくとも君は一人じゃなくなるもの」
何もない空間が揺らぎ、魂だけの存在であるはずのシャリアが微笑んだように見えた。顔を上げたブラッドはしばし言葉を失う。
顔立ちは全然違うのに、どことなく死んだ母親と似ていると改めて思った。
気がつけばブラッドも、ほんの少しだけだが口角を上げていた。
「それじゃあ、始めるよ。ザ・リターン・ソウル・オブ・マナ。それが今から行う儀式の名称だよ。僕が勝手につけたんだけどね」
ブラッドは昔話をするみたいに、言葉を続ける。
「デスライズ家はネクロマンサーの家系だけれど、何百年の歴史の中で誰一人、ゾンビすら生み出せていなかった。やがて誰も実験をしなくなったんだけど、小さい頃から本ばかり読んでいた僕が見つけた。死者の魂を命尽きた肉体へ戻し、繋とめておく術法をね」
乱れたスカートへ視線がいかないように注意しながら、ブラッドは魔法陣の上のシャリアの遺体を見下ろす。肩幅まで広げた両手を顔の高さまで上げ、音ひとつしない地下室に呪言を並べていく。
閉じた瞼に光を感じる。青さを伴った輝きがブラッドの手の間に発生し、やがて全身を包む。
その後すぐに光は足元から床へ伝達されていく。青白さを伴った光が舞い上がり、空中のブラッドの腹部辺りに、床のとまったく同じ魔法陣が形成される。
「な、何……? 何が起こってるの?」
慌てた声を出すシャリアに、ブラッドは肉体の近くから動かないように指示をする。されるがままになるしかない彼女は、素直に肯定の返事をした。
中央に浮かび上がった魔法陣はさらに輝きを増し、今度はブラッドの頭のすぐ上に三つ目を作る。上に向かうたび湖のような透き通った青色に金の紋様が混じり出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます