真夜中の音の正体は

呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助)

2024年8月8日 23時50分

 これは、2024年8月8日から9日にかけて起った出来事。


「『怖そうで怖くない少し怖い』体験談……」

 カクヨムでコンテストを発見した私は、なかなか難しいなと思いつつ、何を書くかと考えた。


 幼いころから色んな怖い体験をしてきた。けれど、お題に当てはまる話がパッと浮かばない。

「まぁ、頭の片隅に置いておけば、いつか『これだ』って当てはまる話があるかもしれない」

 なんて、そのときの私は気楽だった。


 まさか、その夜中に……お題にピッタリな体験をしてしまうなんて。




 私は既婚者だが、ワケあって今はひとり暮らしをしている。入居して約四ヶ月。初めてワンルームでのひとり暮らし。

 職場へは程よい距離で、部屋の狭さは慣れれば苦がなくなってきた。


 ひとりは限りなく自由だ。何時に寝ようが、起きようが、何時に食べようが食べなかろうが、すべてが自由!

 そんなこんなで、日をまたいでも起きているのが常となっていた私。壁一枚隔てただけの隣人の生活は、何となく把握できるようになっていた。


 右となりの隣人は高齢で、愛想の良いちょっとかわいらしさのある方。いつもニコニコしているから、私には癒やし。

 恐らく22時には就寝している。だから私は、遅くまで起きていて申し訳ないなぁと多少音に気遣って夜中を過ごすようにしている。


 左となりの隣人には会ったことがない。ただ、朝7時半くらいには家を出て行って、21時くらいに帰宅している様子。恐らくサラリーマンだ。勝手にビシッとしたスーツで、まじめなお堅い人を想像している。

 帰宅後は洗濯をしているであろう音がして、日が変わる前には就寝している様子。……実に真面目だ。次の日仕事でも2時3時まで起きている私とはずい分違う。


 さて、こんな感じでなんとなく『隣に人がいる』と安心感を得ながら生活している私だが、2024年8月8日の夜に異変が起きた。


 左となりの部屋から、何やら音がする。

 珍しいなぁ、そろそろ日付変わるのに……なんて、思っていた。

 けれど、傍から見たら不規則極まりない生活をしているであろう私が、人のことを何だかんだ言えたものではない。だから、お隣さんにも何かしら事情があるんだろうと特に気にしなかった。


 それから日が変わり、一時間ほどして。


 何やら、音がした。


 そういえば、今日は左の隣人さんが遅くまで何かしていたっけ? なぁんて思っていたら、ベランダからコンコンと音がした。


 ドキリ

 え、深夜1時過ぎていますけど?


 隣人からの音ではない。私の真後ろ、ベランダから音が繰り返し鳴っている。


 え? 鍵……は閉まっているはず。でも、確認するにはカーテンを少しでも開けないといけないわけで。でも、それって『起きてますよ~』って教えるだけじゃないか?


 じんわりと、嫌な汗をかいた。


 もし、このままガラスが割られるなり、鍵を開けられるなりして侵入されたら……そうだ。殺虫剤がある。人に向けて噴射してはいけないものだけど、緊急事態なら正当防衛だよな?


 更に私はキッチンへと視線を動かす。


 水筒に熱湯を入れてある。……うん。万が一があっても殺虫剤と熱湯で戦って逃げられるぞ。


 物騒なことを淡々と考えながら、私は音を無視することを決めた。アクションを起こしてもプラスに作用しないと判断したためだ。


 すると、少し音に変化があった。ガラスにゴンゴンぶつかる音に混ざり聞こえたのは……羽のバサバサというような音?


 季節は夏。

 そうだ! と、私は仮説を立てた。


『もしかして、蝉か!』

 そう、夏に外でよくみかけるアレ……セミファイナルが浮かんだ。


 セミファイナルとは……命つきそうなセミが最後に暴れるアレである。誰が名付けたのかは知らないが、とてもマッチするいいネーミング。


 閃いている最中でも、ベランダからはゴンゴンぶつかる音と、何やらバサバサという音が混ざって聞こえている。


 うん。これは……セミファイナルに違いない!


 聞けば聞くほど、セミファイナルの音にしか聞こえなくなってきた。正体がわかれば、まったく怖くはない。単に夏の風物詩のひとつだ。

 夜中に私の部屋だけ明かりがもれていたのだろう。カーテンをしっかり閉めているつもりでも、古いアパート。カーテンレールが多少曲がっている。だから、仕方ないのだ。


 こんな夜中まで起きている私が悪い。


 あはは~と苦笑いしながら、私はまたパソコンと向き合う。でもまったく鳴かないなぁ? メスなの? と思いながら、日が出てきたら確認だけするかなぁと考える。

 開けた瞬間入って来られたら、それはそれで迷惑だけど……。


 音は20分後くらいには消え、すっかり静かになった。


 そして、2時過ぎ。

 ガラスにゴンゴンぶつかる音が再び聞こえた。


 けれど、もう正体はわかっている。今回は羽の音も先ほどより聞こえる。まさしく、セミファイナルで間違いない!

 もう、ホラーではなくなっている。


「これは……カクヨムで書こうとしていたネタにでもするか……」

 何とも旬だと思いつつ、こんなこともあるのかとすごい偶然だとも思う。

 何書こう? と思っていたから、ネタ提供ですか? って、ちょっともうネタにする前提になってきた。


 ただ、ふとこんなことも思った。


 でもコレ……。

『セミはいなかった』

 と後日なったら、普通に怖い話でしょう……。


 まぁ、セミファイナルで間違いないだろうけどね! なぁんて思いながら、ちょっといい気はしないもので。何て言っても、蝉さんが天に召されるっていう前触れだからね……。


 私は引っ越し経験も多い。けれど、ベランダに侵入されてセミファイナルされるのは初めてだった。

 だから、日が昇ってから、天に召された蝉さん本体をどう処理するかを考える。


 数週間前、私は部屋に虫が侵入したときに、苦手なモノだったら何かで挟んでポイできるようにゴミばさみを買うか考えていた。

 100円均一で手に取り、

「これを……どこに置く?」

 と自問自答し、

「最悪、割り箸でいいか……」

 と買うのを止めていた。


 想像してみた。

 ベランダの天に召された蝉さん本体を、割り箸で挟むのを。


 私は後悔した。

 挟むモノが大きい。

 いや、蝉さん自体、苦手な生き物ではないけれど……好きという生き物でもない。

 だから、割り箸くらいの短距離は無理! となった。


 さて、処理せずに放置した場合のことを考えてみた。


 腐乱する。

 虫が湧く……だろう。異臭もするかもしれない。ベランダを特に開けるわけではないけれど、いい気がまったくしない。これはこれで恐怖だ。


 これは、処理する一択!


 そもそも、どうしてベランダにセミファイナルされたか、だ。調べてみたら、やはり明かり……全振りで私が悪い。

 では、せめて何か防げはしないのか! 夏はまだ長いぞ! と調べたら……木酢液を薄めてベランダに撒くといいらしい。なるほど。木酢液ならコバエと戦ったときにあるぜ!


 なぁんて考えながら、蝉さん本体はちょっと固めの紙をちりとりみたいにして、すくってポイしようと結論付けた。


 そうこうしているうちに、セミファイナルは終盤を迎えた様子で、やはり20分くらいしてから聞こえなくなった。


 3時を回り、私はようやく布団に入る。

 4時までスマホで漫画を読み、

「やばい。日が昇る」

 と慌てて眠った。




 9日の昼過ぎ、ほどほどに私の心にゆとりができたので、まずは鍵がきちんと閉まっているかを確認。


 大丈夫。きちんと閉まっていた。

 少し安心して、いよいよ夜中の音の正体を確認しておくか……と網戸のある方を確認。右側に網戸があったので、ソロリソロリと窓を開けてみる。


 ベランダからモワッとした夏の空気が室内に入り込んでくる。……うん、今日も一日暑い。


 チラリと見ても、蝉さん本体がない。

「ん?」

 徐々に開けた窓は全開になっていた。


「ない……」

 見当たらない。

 そうなれば、網戸もソロリソロリと開く。


 ない。

 いない。


「え?」

 私はベランダを見る。


 このアパートは単身限定。それ故か、ベランダの目隠しが他の物件よりも高い気がする。

 陰干しするのも、余裕なほど……。


 確かに、真夜中にセミファイナルだと思ったとき、違和感があったのだ。

『あれ、ここ確かベランダの目隠しが高いはずだけど……』

 地べたに多い気がするセミファイナル。すぐに木があるわけでもない。


 ……もしかして、お隣がセミファイナルされていた?


 そう考えてみても、音の方向は、真後ろから聞こえていた。何度も、何度も。


 何とも、薄気味悪い。

 セミファイナルするような蝉さんが、朝になって自力で飛んでいくだろうか?


「あの音は……何だったんだろう……」


 結論は出ない。

 だから、私はできる限りのことをすることにした。


 空のペットボトルに水を入れ、木酢液を多少注ぐ。

 よく振り、混ぜて、ベランダへ。


 これで、奇妙な体験ともオサラバできることを願う。

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