第26話 令月祭
令月祭は二日間開催だ。
一日目は学校生徒だけで行われる。一般客を入れるのは二日目からだ。三十人以下×二クラス×四学年しか生徒数がいないのにそんなもん盛り上がるのかと思われるだろうが、これが存外盛り上がる。ルールに工夫は必要だ。つまり初日はタイムテーブルが組まれているのである。常に出し物サイドに対して客サイドが十分数になるように調整されている。学校側でクラス単位のシフトを組むわけだ。
対して学外の人間も入れる二日目はみな同時に出し物を展開する。模擬店なり展示なり、ワークショップなどのアクティビティ系なり。他にも演劇などと色々。当校ではどんな案でも割と通るようだ。メイド喫茶というきょうびコンプライアンスに引っかかって却下されそうな出し物ですら通った。みな部活の出し物もあるので、二日目はクラス側で生徒単位のシフトを組む必要がある。
ということでまずは一日目。
「きゃーっ!! 倫斗似合ってんねー!!」
今の「きゃー!」は可愛いものを見たときの嬌声ではなく、絶叫に近い方のものであることをお伝えしておこう。我らが「店長」、炉端春夏李は爆笑しながら自前の一眼レフを構え、軍人よろしく床に張り付きシャッターを切りまくっていた。
「シテ……コロシテ……」
対して俺は真っ赤な顔を両手で覆うことしかできなかった。
白いエプロンにフリルの付いた黒いドレス。安いものなので生地はペラくシワもつきやすいが、十分にメイドに見える。それはまあいいのだが、問題は男子も着用することを要求された点だ。
「ああっははははは! 倫斗ったらそれなりに男子体型だから余計滑稽だね! 足ムッキムキだし! ぶわっはっはっはっは——」
「俺はもう穴掘って埋まって死ぬから……」
「死ぬな倫斗っち!」と俺の肩を揺らした園田は鎖骨を晒すバニーガール。女性陣が買ってきたメイド服ラインナップに男子陣が恐々とする中、最も忌避されたコレを真っ先に手に取ったのが園田である。俺たちはもれなく園田に感謝と尊敬の念を抱いた。誰かが救世主と呼んだのをきっかけに、園田は男子全員の信仰を受ける現人神となられた。
改めて、俺たち一年一組のメイド喫茶は、それぞれの思惑、無言の配慮などの交錯を経て、結果的に総員メイドコスとなっていた。ジェンダーレスでインクルーシブな時代である。
ちなみに春夏李だけは店長だから(?)とか、マネージャーだから(?)とか、内勤だから(?)だとかの屁理屈を捏ねて制服を回避している。では地味な格好なのかというと逆で、誰よりも可愛くデザインのキマッた自前のメイド服で来ていた。レースのデザインは狂気の細かさだしフリルの折り込みも異次元。二万円以上するハイエンドだ。ズルい。それで躊躇なく床を這ってカメコ仕草をしているという事実にもかなりの恐怖を覚える。拘留から解放された直後は「金銭感覚直さなきゃな〜」とか言っていたはずなのだが。そこまでして俺の痴態を写真に残したいというのだろうか。そうなんだろうな……。
瀬戸見美鈴——クラシカルなロングスカートに猫耳カチューシャ——は不思議そうに春夏李を見下ろした。続けて俺に目を向ける。
「なんで? 可愛いよ、望月くん」
「あ……ありがとうよ……。美鈴も可愛いな、キュートだ」
「ありがとう。みさきちゃんには?」
「えっ私が何!?」
美鈴が振り返った先にいる美咲——車椅子の陰に隠れる形でずっと身体を縮めていた彼女——は、そもそもスカートが落ち着かないといった様子でずっと人目を避けていた。
おずおずと顔を出す。ただでさえジトッとした目を更に伏せている。
「わ、私なんかにこんな可愛いの似合わないよ……」
細かく編んだお洒落ツインテだ。白いデカリボンが長い黒髪に映えている。
「え? 美咲も可愛いじゃん。お世辞じゃなくて、一番似合ってる。このクラス一周回って黒髪珍しいからな。少女らしくていい感じだ」
「そ、そう!? はは、嬉しいな……」
照れ照れと指で毛先を弄る。美咲は「若い」に類ずる表現を使えば一瞬で有頂天になる。面白さすら感じるチョロさである。もちろん可愛いのは事実というか、このところめきめき可愛くなってきたと思う。絶賛成長中。
「おいそこ倫斗に色目使うなよ! 誰が顔面を作ってやったと思ってるんだ!!」
「あ……うん。そうだね、ありがとう炉端」
開店直前の教室はみなこのような雰囲気で、にわかに盛り上がっていた。チェキに手をかけた男子二人に春夏李がビシッと指を差す。
「こらそこ! フィルムを無駄遣いするんじゃあない! ボクの伝手があるから定価で十分数を手に入れられたけれど、本来は品薄で手に入りづらいものなんだ! 重々承知しておけ!!」
「はっ、はいマネージャー! すみません!」
「フン! 壁に向かってあいこめゼリフを練習しとくんだなあ! 十回はやっとけ!」
店長仕草が様になっているしハラスメント仕草も板についている。店長なんてやったことがないはずなので、あれはおそらく自分がされたことをやり返しているのだろう……。
開店してからしばらく経って、外に出ていた國分と小泉が戻ってきた。前者は袴にエプロンで大正ロマン、後者も袖に抹茶色とえんじ色で、いずれも和風アレンジである。
「たはーっ! 盛況ですねー!」
「うわ大変そう、戻ってこなきゃよかった」
実際テーブルには人が溢れており、オペレーションはギリギリだった。ハートの注入を恥じらってなんていられないくらいの忙しさである。ホール、調理室、運搬、三部門における人間の分配が失敗している。マネージャーの不手際である。春夏李は人を雇うには向いていないらしい。
ホールの指揮を執っている乃木が二人に指示を出した——紅茶の乗ったトレイを両腕で器用に抱えながら。
「二人とも、帰ってきたとこばかりのところ悪いがさっそく入ってくれ」
「この看板は誰に渡そうかな……じゃあ望月さんで!」
せわしくテーブルの間を行き来していたところに、両手で抱えられるサイズの看板が手渡される。
「なんで? いやいいけど。立ってればいいんだろ?」
「ちゃんと声も出しなよーおだちゃん。やちもやったんだからさ」
「自分、ささやきより大きな声は出せなくって」
「箱入り娘!?」
「朝は段ボールを開く音で目が覚めます」
「箱入り娘だ!!」
大声は出せるだろと肘で突かれた。そういえば小泉には見せてしまっていた。
「しょうがない。じゃあ行くか、ほら水壺」
目の前を通り過ぎようとした水壺を呼び止める。メイド服はスカートが針金で膨らむもの。王道ルック。ウサ耳カチューシャは折れ耳。
「……?」
「自分は水壺なんて人間ではありませんよ、ですって」
「表情だけでものを伝えようとして國分にしか伝わらない人間は水壺の他にいないんだよ」
「……?」
「ニホンゴワカリマセン、ですって!」
「本当か!? 本当にそんな風に言ってるのか!?」
「(頷く)」
「分かってるじゃねえか!」
一見すると女子あるいは水壺はしぶしぶと俺に着いて教室を出てきた。元より髪が長いし手足も細いので男子で最も女装が似合っている。というかなんかやる気がある、支給されていないはずのストッキングを履いているくらいだ。
廊下を歩きながら、水壺は自身を指差してクエスチョンマークを飛ばした。
「いや別に。ちょうど目の前を通りかかったから声をかけただけだよ」
同タイミングで開場されている一年一組と一年二組は、いずれもそれぞれの教室に拠点を置く飲食店系の出し物である。だがこの二クラス間が結構遠い。具体的には一組が本校舎一階に、二組が別棟三階にある。階段を上がり渡り廊下を経由し更に階段を昇ったその先だ。
とりあえず目下、それぞれの客は離れた位置にいる。ゆえに客を誘導する人間が必要とされた。それがこの宣伝班である。
「嘘。望月が何の用もなく僕を呼ぶわけがない」
「そんなことないだろ。漫才にも呼んだし」
「あれは小泉の事情を真であると証明するためだった」
「俺はただ俺の友人に見てほしくて誘ったんだけどな」
「——!?」
前髪の向こうで水壺はきっと驚きに目を丸くしている。
「最初に『友人』って言ったのはお前だぞ?」
水壺は顔を伏せると早足で先に行った。照れているときのやつだ。コイツもチョロい。
二人、二組の近くの廊下までやってきた。現在観覧サイドの上級生たちがざわざわと行き来している。二組は和傘に縁台で茶屋モチーフらしく、おだんごや羊羹が出るようだった。
手書きの看板を揺らしつつ一組の方へ向かうよう誘導していった。水壺も頑張って声を出している。男性だと驚かれて写真を撮られたり。
「それにしても、こんなところで、こんな格好で?」
「これはこれで青春だろ」
「それも……そうかも」
「通るのか……お前の青春判定が分かんねえよ……」
「……!?」
「何のショックを受けてるんだよ……!」
ため息を一つ。
「じゃあ、決着を着けるとするか。準備は——いや——覚悟はできたか?」
水壺の雰囲気が変わった。立ち方から歩き方まで。呼吸のテンポから声の気配まで。身の振り方から指の先端まで。全てが芝居がかる。しかしそれは水壺が不真面目な姿勢であることを意味していない。むしろ逆である。本気だ。本気で真剣に自分の哲学を誇示して、固持して、返す刃で刈り殺さんとするときの——水壺の本性だった。
「では、お聞かせ願いましょうか」
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