三章 海底撈月
第14話 夏休み
『ノートがあってビックリしたけど……忘れてっちゃったのかな? しょうがない乗っ取ってしまうか。今からコイツは私の落書き帳だ! はっはっは、夏休み明けに驚く君の顔が目に浮かぶぜ(スリッパに手足が生えたようなペンギン? が踊っている)』
「いや来てるよ。三年で卒業したい場合は夏の集中講座で単位を取る必要があって。——そっちはなんで?」
『わ、お返事あるじゃん。やほ~。この学校の定時制ってそんな昭和な事やってるの? 通信授業とかじゃないんだ。——こっちは夏期講座ってやつでね、まあなんだろう、受験に向けた勉強会みたいなものかな。君は三年で卒業したいんだ?』
「通信のもあるんだよな~。俺の仕事が夜はずっと暇ってことになっててさ。だからまあ、三年コースだろうが四年コースだろうが年ごとかかるお金が変わらない以上、高卒を資格と捉えたとき、三年コースの方がお得かな」
『そういうことだったんだ! えー嬉しい、一緒に卒業できるね!』
——嬉しい……そうだな確かに、嬉しいかも。
時計が二十時を叩いたころに授業は終わった。
——受験に向けた勉強会、か。
なるほど、進学校なら99%の生徒が大学に進むだろう。
「受験なあ……」
ノートを閉じるのと同時に呟けば——。
「おだちゃん受験するの!? やちと同じ大学行く!?」
「……!!」
——なんだこいつら。
夏の集中講座のお供、小泉八千恵と水壺颯兎が集まってきた。普段捨てている単位が多い分を取り返している小泉はともかく、水壺はそこそこ真面目に学業に取り組んでいるタイプだ。
「それだけ勉強をする時間があればいいかもな」
「いいの!? やちと同じ大学に行くのが!?」
「いいや? なんでそんなにテンション高いんだよ」
水壺が嬉々として回していた録音アプリを取り上げて、ファイルを上からざっと十個くらい消しておいた。携帯をポイと返せば親が死んだみたいに慟哭している。
「うわああああああああ!!!」
「わー、かにちゃんってそんなにおーきな声が出せたんだ」
「無断の録音って普通に犯罪だろ。悲しんでる暇があったら出頭しろよ」
——あ。「録音」って口にしてしまった。
俺と水壺は同時にお互いの目を見た。そのまま一緒に向こうにいる園田と乃木を確認する。幸いにも今の俺のセリフは聞こえていなかったようだ。水壺の魂の咆哮すらもあまり気に留めず二人で集中して話し合っている。
——危なかった。高濱を辞めさせたのが水壺だと乃木に感付かれるような発言は避けないと。
乃木には本気で水壺にケジメを付けさせてもおかしくないオーラがある。伝え方は考える必要があるだろう。
「ぼ、僕を売ったら分かってるよね、望月。バックアップだってある……!」
「一応ビビってるんだなお前……」
「んーなになに? 二人だけにしか分からない話はやめてよー」
「分かってるだろお前は。確信犯だったろさっきの『やちと同じ大学に行くのが!?』ってやつ、端から録らせるつもりだったじゃねえか。相変わらず仲良しだなお前ら、息ピッタリだ」
「やちがこんな根暗のオタクと仲良しだって? ありえないな~」
「心外だ望月。こんな能無しの虫と僕を同類扱いとか」
二人はお互いのことを話しているのだが、それぞれに一片の視線すらやっていない。
——相容れないんだな……。
水壺が俺と小泉のツーショットを持っていたのは、推理するまでもなく小泉が内通した結果である。だからこの二人が一枚岩だと推測するのは自然なのだが……観察していてもあまりそうは見えない。写真の件について尋ねれば二人とも箝口するのでいまいちそこの詳細は分からないのだが、ともかく基本的には犬猿の仲に見える。
「まあ俺からしたらお前ら二人とも年下だからな。どんぐりの背比べなのは事実だよ」
「おっと? おだちゃんったら今さら年上ぶるつもり? えーそれってー、どうかなー?」
「望月、僕たちは同じ学年なんだ。上も下も無い、この暗黙の了解は悪いものじゃない」
——自然と息が合うときもあるんだよな……厄介だ……。
「やっほーうい」
今の声は目の前の最悪な人間二人ではない。我らがクラスのムードメーカー、園田ダイヤである。
茶髪のパーマに始まり、派手な柄のアロハシャツと短パン、毛の一本も剃り残していない足と来て、最近になるとチャイニーズマフィアみたいなサングラスまでかけ始めた。見た目だけだったら油取り紙より軽いチャラ男だ(一応言っておくと、夜間定時制に来ている時点であんまりチャラい人間ではないので、あくまで雰囲気の話である。チャラいのはもっと早い時間の定時制に行く)。
「一限トリオにちょっと相談があんだけどさ」
「「「一限トリオ……?」」」
「え、あ、え? そういう集まりじゃないのん……?」
「コイツらと纏められるのはかなり不服で遺憾だけど、園田に免じて飲み込むよ」
「そんなに嫌だった!?」
「で?」
「ああえっと。——お盆休み、泊りで出かけたりしねえ?」
熱帯低気圧により雨粒が借金の取り立てかというくらい激しく音を立てている中で、俺たちはしかし予約した宿に予定通り着いてしまった。夜行バスから下ろされた軒の下から、やけくそみたいに降りしきる豪雨を眺める。今いるのが滝の裏だと言われても信じたかもしれない。春夏李も呆然としている。
「嘘だろこれ」
「やばいね。雨粒痛いくらいだよ」
次に降りてくるのが園田と乃木。
「うわあああっ! 夢のビーチがっ……水泡に帰したあっ……!」
「テメェちょっとは下心隠せよ……」
「だって! 普段海に行くことなんてないからよおっ!」
続けて瀬戸見美咲と小泉。両者の手には古い携帯ゲーム機がある。
「はいおつかれ。一晩かけて一勝たりとも取れなかったね。ザコが」
「くっ……そぉ……!」
小泉が言い返せていないところは初めて見た。相当やられたらしい。まあ小泉は美咲にも美鈴にもまだ謝っていないと思われるので多少コテンパンにされるくらいは妥当である。
「まあこれもこれで思い出というやつですよ。ね、水壺さん」
「……(咥えたバナナを横に振る)」
「え? それは万能の言い訳じゃないって? たはー! 無理ありましたか!」
最後に水壺と共に降りてきたのが國分依舞(こくぶいぶ)だ。
韓国アイドル風のマッシュに透け感のグレーアッシュ。べっ甲ボタンのお洒落なシャツにスキニーパンツ。シルエットが細く顔も小さい。オーラの段階からイケメンなので多分骨格はウェーブだし肌もブルべとかいうやつのはずだ。園田が平成のチャラ男なら、國分は令和のチャラ男といった趣。
「とはいえ理央さん、雨天用の行程も用意してきてますよね?」
「そうだ。金かけて来たんだからどんな天気だろうが遊んでやるぞ。まずは風呂を浴びて、十時には集合だ!」
ガラガラと扉を引いて宿に入れば下駄箱と板間。脇のカゴにバドミントンラケットが何本か刺さっている。子連れか合宿に来た学生などに向けて置いてあるようだ。この時間から部屋に入れるという話だったので案内されれば、机に座布団と茶菓子、窓辺には謎スペースと和室テンプレートである。六人部屋に四人ずつ配される形。それぞれ荷物を壁際に置く。
園田が座敷にべろりんと転がった。
「あー疲れたわバス。横になれる喜びをひしひしと感じるー……」
「気持ちは分かるけど、くつろぐのは浴場に行ってからの方がいいぞ」
水壺に左手を出せば俺謹製の行程表が手渡された。絵を描けますキャラのせいで発生した給料の発生しない仕事だ(楽しんで作ったが)。内容を改めれば、それほど余裕をもってくつろげる時間はない。
「もうちょっとだけ~」
「遅れたら理央さんに怒られますよ? ほら起きて起きて!」
國分は園田をげしげしと蹴って園田の荷物の傍に転がしていく。
「依舞ちゃんやめてくれ~」
「ああ、それは駄目だ國分。腰を蹴ると見えるところでアザになる。もうちょっと背中側の方がいい」
「望月さんはわたしのことをDV夫だとでも思ってます!?」
「倫斗っちい〜お助けえ〜」
「ほらほら、気になるならあっち向いてますから、サッサとお風呂に行く準備しましょ」
タオルなど用意をして、國分の見送りを受けた。國分はニコニコして手を振っている。
「極力早めに上がるようにしますので、ごあんしんくださーい」
廊下に出て戸を閉めてから、俺たちは三人同時にため息をついた。
「気を遣わなくていい、とは言われてるが……」
「……」
「遣っちゃうよなあ」
「園田もか?」
「え? そりゃ、まあ。なんなら高校に上がってから泊りで遊ぶなんて初めてだもんよ」
「そうか。普段学校で一緒だからなんとなく慣れてるものかと」
「オレも手探りだよー」
國分依舞。
『恋愛対象が女性って公言してる人間と同部屋だと不安だろうと思うんです。だからワタシはそちらにおじゃまさせてもらおうかなーと!』
身体は女性だが自認は男性の、トランスジェンダーである。
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