2-11 魔法のレンズ

 寝たくないと言う割には、今にも寝落ちしそうなイリアは、


「──しっているだろ。わたしの魔法はな、使い勝手がわるい」


 眠そうに、まぶたを半分ほど瞳に重ねたまま、机にうつ伏せてつぶやいた。


 タケシは、ソファに腰をおろした。


「知ってるさ。重力呪グラッボは、触れた所なら物体の重さを十倍にする。だけど離れれば離れるほど威力が落ちる。そして、最大重力呪グラビトンは、照準が五リーグ(五〇〇〇m)に固定されているんだよな?」


 イリアがうなずくように目を閉じる様子を見た。


「そう。五リーグ。今回も問題はそこなんだ……」


 そい言いながら彼女は、むずかる子供のように机の上抱くバッグに顔を埋めた。







 タケシは、ソファに仰向けになった。


 陽光を受けた漆喰の天井が、雪面のように光っている。


「イリア。寝たくないなら、聞いてもいいか」


「──うん。いいぞ」


「よかった。──グラビトンって、あの最初に会った山道で、五リーグはなれた山の頂上を爆発させたやつだよな」



 あれは凄かった。素直に驚いたとタケシは目を緩め、天井のきらめきに思い出すようにつぶやき、


「でも、もしさ。あのグラビトンを、その五リーグの距離が合ってないまま撃ったとしたら、目標はどうなるんだろうって思ってさ」


 

 するとイリアはむくりと身を起こした机上から、虫眼鏡ルーペとメモを一枚拝借して、出窓にさしている陽光へとかざして見せた。


「わたしの魔法はな、これと同じ。重力のレンズなんだ」


 虫眼鏡が集めた日光で、メモ用紙の一点が中央で強烈に照らされ、その焦点部分が煙を上げはじめた。


「──タケシ、ちょっと来い。手を貸せ」


 イリアは彼を出窓の前に立たせ、その手のひらに、大きく虫眼鏡の日光を集めた。




「だがこれだと……、どうだ?」


 タケシは目を閉じ、「どうって…… イヤな予感しかしないんだけど……!」手を取らせたまま顔をそむけている。


 イリアは噴きだした。


「ばかだなユーは、焼いたら臭いだろ。わたしは今、ユーの手が熱いかどうかを聞いているんだ」


 タケシはおそるおそる目をひらいた。手には、二センチ大の光輪が落ちており、そこは他と比べて確かに温かいだけで、


「──熱くは…… ないか。焦点がずれているってコト、だよな」


 彼は、その光の円を大きく小さく上下、あるいは左右させて、


「あったかいけど、熱くない。ええと、ってことは、これが重力魔法なら……」少し考えて、


「──重力レンズの場合でも、ターゲットからぴたりと五リーグ先の位置にキミ自身がいなければ、あの山を噴き飛ばしたような威力は出ないのか!」


 納得したタケシに、イリアは虫眼鏡を戻し、


「そう。焦点が合っていないグラビトンは、ただの重力呪グラッボになっちゃうんだぞ」


 と、また机のうえに上半身をもたせかけて腕を延べ、


「あるいは面魔法とか、範囲魔法といってな……」猫のようなをした。







 タケシは、大男のボヤンスキーの肩に担がれて、彼方の山を指差したこの少女が爆発させた山を思い浮かべ、見晴らしの塔をながめた。



「ふふ。あれもちょうど、あの塔までくらいの距離だったよな……」


 そう傍のイリアを見ると、寝息をたてている。


 だが、目を細めて微笑みながらイリアに毛布をかけ、ソファに戻ろうとしたタケシの顔へと、一瞬、影が落ちた。


 そして彼の視線は再び塔へと向けられ、その表情は次第に真顔へと変わっていった。



 もしかして、イリアは──。


 タケシは、塔を見つめた。


 最大重力呪グラビトンを、あの見晴らしの塔に、ぶつけようと言うのか。



 タケシは、イリアを見た。


 丸めたブランケットを抱いて机に横たえているその顔は、疲れているようで、頬はかさつき、白んでいるように見えた。

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