バルディアの魔動機兵

バルディアの魔動機兵① 漆黒の巨人機

1-1

　春の国の御前試合のルールは、しごくシンプルなものである。

　身を清めた対戦者は、北門と南門にわかれて、一リーグ（※一〇〇〇m）四方の闘技へ入堂する。

　この際、持ちこむ武具には、一切の制限がない。

　それゆえ昨今は、戦場の花形である使役魔獣を連（つ）れ物（もの）にする騎士が多い。

　だが過去には杖ひとつで勝ちあがった老魔道士もおり、やはりここには、上にも下にも制限がない。

　しかし、今大会の初日。

　第一試合に入堂した若き女魔道士の連れ物は、異様な風体から、とびぬけて観客の関心を集めた。

　それはまさに、漆黒の巨大甲冑であった。

　体高は、一〇シャク(※三m）強。中央バルディアの戦象より頭ひとつ低い。

　その無骨な外見に似合わず、漆黒の甲冑は、少女と同じリズムで脚を進め、動きも、まるで自らの意志を持つ生物のように滑らかだった。

　対照的に少女は小柄で、赤みがかった金髪を束ね、軽量な革製ヘルメットを抱えている。

　魔道士と見える彼女は、傍の巨人を、心底から信じているように、その黒い頭部に光る双眼を見上げ、微笑み、山行きのようなブーツを履いて闘技場の砂を大股で進んでいく。

　長大な両手剣を、盛り上がった両肩の上に巨人は背負い、左の前腕部に、鋼板をちぎって着けたような分厚い角盾を付けている。

　武器の類を身につけていない少女の革鎧とは、またそれも対照的だった。

　可憐な少女と漆黒の巨人甲冑。その取り合わせに、闘技場の外縁部を埋め尽くした観客は顔を見合わせ、あの巨大な甲冑のなかに彼女は一体どんな魔物を詰め込んだのかと、どよめいている。

　半リーグ（※五〇〇m）離れたここ観客席から見ても、巨人の手脚は太く、胸も胴も肩も、首まわりも、何処も、分厚い造りをしている。

　そのシルエットは立ちあがった岩のように重たく、お世辞にも俊敏そうと見えないが、老いた熊のような、あるいは北方のドワーフ戦士が重鋼甲冑（ヘビーアーマー）の内に詰め込んだ骨の密度のような、頑強さがある。

　そして、全身を覆う装甲のなかに二つだけ薄青く光って見えた頭部の双眼、それ以外は、全身が洞穴の底のように黒く、暗い。それが自らの意志で歩いている。

　それは太陽の下、まるで少女が、夜という獣を従え歩いているようだった。

　その向かい、南門より入堂せし夏の国の武僧（モンク）は、剃髪した僧形の男と見えて、緋色の武術着に六シャク（一八〇㎝）の精強な体躯を包み、筋金入りの手甲と脚絆を当てている。

　彼の握る手綱の先、横を行くのは連れ物の土伏竜（ソイルドラゴン）。

　体高こそ北門を背負って進んで来る巨人機の半分、武僧とは肩を並べるほどの高さだが、その長大な尾を、左右に振りながら、身をくねらせて四つ脚で闘技場の砂の上を進んでいる。

　軍では工兵と共に起き伏して、掩体や坑道の掘削に使役される鋭い衝角（クチバシ）の先から、鞭のような一撃で障害物を薙ぎ払う尻尾の先まで含めれば、その全長は優に三〇シャク（※一〇m）を超え、陽の当たる背面の全てをウロコが隈なく覆っている。

　その硬質にして軽量なウロコの帷子（かたびら）は、戦さ場で降り注ぐ矢玉や投石、あるいは火油から、腹下に戦闘工兵を護りつつ前進することのみならず、騎馬の長槍（ランス）突撃さえもを凌ぐと言い、戦線を突破する防御力を突進力を持っている。