バルディアの魔動機兵② 市城都市ミハラ
第六話 暗殺者たち
2-1 バルディアの交差点。スリには御用心
イリアとタケシは翌日の朝、日の出と共にキャンプを畳み、ふたたびロバの曳く荷車の荷台に乗った。
ザブヤの三ノ橋をわたり、さらに南へたどってオトカの坂道では荷車を押し、朝五つ(午前八時)には市城都市ミハラの高い城壁が見えてきた。
市城と名に冠するだけあって、ミハラには、直径二〇
その城壁の中、建物と路地をみっしりと詰め込んで、東西南北の城門から中央の広場に向けて十字に大通りが抜けている。
タケシが荷台の上に立ち、草原の彼方にミハラの城壁を眺めていると、曲輪の上に空中庭園のような森を乗せた塔の先端が突き出している。
「──すっげえ。ずいぶん高い塔だな」
砂色の切り岩を、円筒形に積み上げたそれは四〇階建てのビルほどに見えるが、壁面の至る所から鎮守のような森が生えており、塔自体が巨大な樹木のようにも見える。
イリアは脱いでいたブーツの靴紐を交互に締めながら履いていく。
「見晴らしの塔と言ってな、ミハラの街の名の由来となった古代の遺跡だ」
荷馬車とは、駄賃を渡して曲輪の東門外で別れるなり、すぐさまイリアは踵を返して、城門のなかへ足を進めた。
「見送りもなしかい?」
ひと晩、その暖かい腹を枕にさせてもらったロバとは名残惜しいのかタケシは、ふりむいてイリアを追うが、
「当たり前だバカ。時間がないんだ」
彼女は素っ気ない。
タケシとしては、イワエドの村で手に入れた中央図書館への紹介状も試してみたいところだが、行き先も告げない彼女の背中は、見通しの悪い市場の雑踏をどこに向かっているのか急ぎ足に進むだけで、言ってみるだけ損なように思っていると、長いスカートの裾を持ち上げて小走りに、もう半刻も市城都市ミハラの東門市場を何処かに向けて進んでいるイリアは振り向いて、
「言っとくけどな、図書館なんかは後回しだぞ」
そう言いながら、猫のように群衆をすり抜けて行く。タケシも必死に追い駆けるが、
「なんでだよお」
彼にはこの市城都市ミハラで知りたいことが、山ほどある。
〝
「奴隷市場でオレを売っぱらうのはもうやめたんだろ、だったらさ、もうゆっくり旅したらいいじゃんよ、きみの行きたい春の国ってのはさ、まだこのさき何年もかかるんだろぉ」
だが先を急いでいるイリアにも、理由がある。早足を緩めず、背後に振り向いて言った。
「この市城都市ミハラにはな、バルディアにないもの以外、なんでも揃うと言うが、時間だけは売っていないんだ!」
タケシも、大田区とは言えども東京生まれだから、それなりに人混みは慣れているつもりだが、年末の上野と週末の新宿を合わせてもこんな人出にはならないだろう。
「ちょっと待ってくれよ、きみは慣れてるのかもしれないけれど、おれはこんな人混み初めてなんだ、迷子になっちまう」
行き交う多様な服装と、様々な習俗をした人々を掻き分けるようにすすむが、先行くイリアも、
「わたしだって初めてだぞ。ユーの足が遅いのは、あれこれキョロキョロしてるからだろう。前を向いて歩け。それに……」
ミハラには田舎もの狙いのスリが多い。
良くも悪くもここミハラはバルディアの全民族と全社会階級の交差点である。
をそう彼女はそう言いながら
「じゃあなに、イリアもこの街は初めてなの?!」
「あたりまえだろう。わたしは里から初めて出たんだ」
「そうなの?! それにしちゃ、ずいぶんなれたような足取りだけど……」
路地を迷うことなく進んで行く。そのイリアの背中が不思議で、
「まるで一度来たことあるってかんじだけどなぁ」
首をかしげると、得意げなイリアが雑踏のなか、振り向いて笑顔をみせた。
「まあな。べんきょうしたからな」
香辛料の刺激臭の中、見たこともない大きさの獣肉を吊るしている店先を抜け、果実の山盛りの間を縫うように進み、イリアを見失ったタケシが右往左往していると、異教徒の老人が手を伸ばして彼の肩を掴んだ。
そして、味見をしてみろと言っているのか楊枝の先に刺した瓜の切ったものを、その鼻先に突き出すが、割って入ってきたイリアが、自分の胸に手を当てて、流暢な異語で、
「──アゼ、ハムト。シタェレハヴァ、レーハ」丁重に遠慮をし、
「ひとくち食ったら、もう残りを丸ごと買わなきゃならなくなるぞ、走れ、タケシ!」
タケシを店から引き剥がし、脱兎の如く手を引いて走る。
「だからキョロキョロするなっていったろ、ここいらの商人は旅人にはふっかけてくるんだ!」
だがイリアも、街の賑わいを楽しんでいる様子である。
「──まぁ、面白い気持ちはわかるけどな!」
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