1-31 それぞれの強み

 アルセンは、気まずそうに頭を掻いた。


「あんたが憎いワケじゃないんだ。トズランは、憲兵隊が嫌いでね。──なにしろ長い野伏暮らしだ。悪く思わないでやってくれ」


 ディンゴは、肩をすくめ、


「是非もない」


 そう呟いて樽から革カバンを手にすると、青いローブの肩にかけ、カウンターのエメラに向かって鋲打ちのかかとを鳴らして歩んだ。






 エメラは、


「雨だと大砲が使えないって、本当なの」心配そうに尋ねた。


 だがディンゴは、微笑んで、


「ええ。燧石式フリントロックでも火縄式マッチロックでも、雨の量によっては……」


 そう言いながら革カバンを、彼はカウンターに置き、続けた。


「……しかし、心配はいりません。これから手筒砲カノンの代わりになるの切り札を作ります。──それで、小さな木樽か丈夫な木箱、そして麻紐とシーツかテーブルクロスはありませんか」


 尋ねると、エメラはうなずき、カウンターの下から手のひらにも乗りそうな小さな樽を、それでも重たげに両手で持ち上げて、カウンターの上に置いた。


「小銭入れに使ってるけど、こんなものでも足りますかしら」


 ディンゴは、片手でそれを掴んで、中身を振って確かめた。


「中身は…… 銅貨ですか」


 エメラがうなずくと、彼は驚いたように目を剥いて肩をすくめた。


「──なんて幸縁ムスビだ。よければ中身ごと徴発したいが」


 するとエメラは、もちろん問題無いわと言いたげに、


「死んだら小銭は使えないもの。全部どうぞ」


 手のひらを上に向けた。


 だがディンゴは今、火花を出す可能性のある全金属甲冑を着ている。裸の火薬を扱うには危険があった。しかしケルピーの戦闘もいつ再開するかわからない。むしろ手作業は女性の素手に任せて、自分はあの大男の重鋼甲冑の装着を手伝う方がいい。


 そう考えてディンゴは、イリアを呼んだ。


「イリアさん!」


 そしてカウンターから手招いた。


「爆弾を作ります! 手を貸してください!」









「爆弾!? どうやって?」


 イリアは店内を駆けてきた。


「いい具合に小樽がありましてね」


 ディンゴはその中身を振って、ジャラジャラと音を立てて聴かせた。


「わかりますか。銅貨です。少々なら水増しして構いません。後日、憲兵隊に請求してください」


 エメラとイリアは、噴き出したが、ディンゴは革バッグから早合はやごを取り出し、


「この早合の中身の火薬を、この樽に移します」と、油紙の包みの角を噛んで破ろうと、歯に近づけた。



 エメラは、彼のそれを制止し、うなずいてから、「……んもう、お行儀!」と、彼にテーブルナイフの柄を差し出したが、ディンゴは、それを受け取らなかった。


 鉄製の刃物には火花の可能性がある。ましてや今、彼は鉄製の甲冑を身に付けている。


「ご好意には感謝します。……が、銅のハサミがない時の作法は、こうです」


 と、きつい獣脂のする油紙を犬歯で裂いた。


 想像するだけで耐え難いのであろう、エメラは、顔をしかめたが、


漏斗ろうとはありますか」と尋ねるディンゴに、


「──ええ、あるわよ。待ってて、今すぐに」


 そう言って席を立ち。入れ代わるようにイリアが首をつっこんだ。


「でも、中の銅貨はどうします? 邪魔じゃないですか?」


 ディンゴは、油紙の毛羽だった切り口を整えながら、


「いえ。入れたままにします。そのほうが破片になって殺傷力が高まりますから」


 そう言うと、


「あとはお任せします。漏斗が届いたら火薬を樽に詰めては振って、出来るだけ多く火薬を詰め込んでください。終わったら木栓して、最後の蝋のシーリングは私がします。──あと、わからない点は、いつでも聞いて」


 そう彼女の手に、早合を預け、軽くうなずいて、ボヤンスキーの重鋼甲冑ヘビーアーマーの装着を手伝いに向かった。












 一方、窓際では、


「どうだ? ヤツの息は聴こえるか」


 広場に身を横たえる巨体は、頭目やタケシの目には、ただの滑った一本の魔獣だが、目を閉じたトズランの利き耳には、胴体を膨らませ、また規則的に縮ませている鼻息が健在であると明らかで、弱っていることには違いないが、ケルピーは今も呼吸を続けている。


「じっとしたまま、息をしています」


「……この距離で、聴こえるんですか」


 つぶやいて尋ねるタケシに、頭目のアルセンが口角を上げた。


赤鼻コイツの耳と鼻はオオカミ並みだからな」



 ──すると、耳を澄ましていた赤鼻は、目をあけて、


「弱っちゃいるようですが、どうも少しずつ、落ち着いて来ています。──回復を待っているかも……」



 夜空を足早に渡る雨雲の尖兵を見上げ、


「風にも雨の匂いがしやす。降り出したら、せっかく憲兵が削ったケルピーも……」


 魔獣の狙いに気がついたように見開いたトズランの目に、頭目のアルセンも、そういうことさと、眉を下げ、困り果てたような顔をした。


 やはり、もう朝まで籠城して昼を待てば、勝ちを得られる状況ではない。


 タケシも、この湿った空気感に、胸が詰まる気がした。





「── 討って出るっきゃねえ」アルセンは目を上げた。


 だがトズランは遠くを見た。「しかし、決め手に欠けますぜ」



 使役魔獣のケルピーのコアを、外部から破壊しうる手札は、ボヤンスキーの戦斧と、ディンゴの爆弾のみ。


「……そうさ。オメエさんの言う通りだ。爆弾は雨に弱く、ボヤンの戦斧をに使うにゃ先ずケルピーを仰向けにしなくちゃならねぇ……」


 そう呟きながら、赤鼻と煙り草を回し呑むアルセンが、「お前もどうだ」と、タケシにパイプをすすめたが、


「いやまだ、おれ、み、未成年なんで……」彼は断るが、と聞いて、ふと思い出した顔がある。


 確かシカルダは〝如意にょい〟の用途を、トドメと、評していた。




 神妙な顔つきでタケシは、赤鼻にたずねた。



「──話は変わりますけど、トズランさんは、耳も鼻も良いんですよね?」


「まぁ、なみの人間と比べたら、ってハナシだけどな」


「じゃあ、って、利きますか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る