1-20 魔道武具に呼ばれし者
武僧は不殺生の戒律により、戦場においても、刃のついた武具を許されていない。
ゆえに彼らは、体術と組み合わせのよい打撃武具に、魔力を掛け合わせ用いる。
「もっとも、その
「じ、重力魔法が…… 絶えたんですか?」
タケシが、素っ頓狂な声をあげると、シカルダは、意外そうに言った。
「気になりますか? 重力魔道士の話が」
「え、……ええもちろん! あ、いや、そんなことも、ないような……」
タケシは天井のシミを見て、誤魔化した。
とはいえ実際、如意のことも気になる……。なにが気になるといえば、薄暗いランプの灯りのなか、そしてこの距離を隔てていてもあきらかな、その如意なる金属柱の工作精度の高さであり、また、なんの根拠もないものの、やはりタケシには、どうにも、その山積みの塊ごとが、自分を呼んでいるような気がしてならない。
「シカルダさま、あの如意というものを、手に取ってみても構いませんか」
ええ、もちろんとシカルダは笑み、タケシはランプをかざし、金属柱を積みあげたその山のまえに立った。
ひとつひとつの金属柱は、1メートル弱から30センチ強ほどの長短で寸法を統一してている様子だが、これらが10本ずつ薪の束のように針金で巻かれ、倉庫の壁際に山積みされているのだ。
下半分には長い如意を。そしてうえ半分に短い如意を束で集めてあることからそれはダハシュールの屈折ピラミッドのように歪な三角形をしてはいるものの、彼はまず、その束の数をざっと計算しようと、如意の山の底辺の一列にある数をとった。
「1、2、3、4……」底辺だけでそれは十二束あった。
そこからうえに向けて等間隔に一をひきながら十一段あるとして暗算し、彼はくちびるにメモを残すかのようつぶやく。
「── 78束か」
ひと束につき10本ずつ束ねているとすれば、長短の如意はこの山だけで計七八〇本あることになる。
「しかしバルディアって10進法か12進法か分かんないな」
さらに足をすすめて如意の山に近づけば、不思議と耳鳴りは静かさに戻り、いつの時代に誰がどこの束から抜き取ったものなのか、一本の如意が抜かれたまま転がっていた。
タケシは足先に触れたその一本を、ランプで照らし、両手で拾いあげた。
思いのほかそれは軽く、太さでいえば握れるほどで、十センチもない。鉄製とおぼしき冷たさで、全長は一メートル弱はあるのに、意外なほど軽い。
タケシは思いついて、その円筒を指の先でつついてみると、たしかに柱と言うよりも、管に近い構造のようで、筒の中央には液体でも充填してあるかのような詰まった響きが感触に戻ってくる。
だとすればと、彼は管を耳に当て、中身の動く音が聴こうと如意を逆さまに立てたところそれは特殊警棒のように、あるいは、伸縮式の釣り竿のように内側の筒を垂らし、全長をゆっくりとしたスピードで伸ばしはじめた。
それでもおどろいて、タケシは耳からそれを放しかけたが、ゆっくりと時間をかけて伸びゆく如意を目の高さまで持ちあげ、観察すると、中子の伸びは、元の長さより、四割ほど伸びた位置で停止した。
タケシはランプを頼りに、その中子の表面に目を近づけた。
材質は外筒と同じと見えて銀色で冷たく、グリスのような従滑剤は付いていない。
直径は6センチほど。となると外殻の円筒の厚みは2センチほどとなる。
タケシは、今度はそれを逆さまに立て戻す。
すると、伸び出ていた中子は再びゆっくりと静かな金属音を立てて、外筒のなかに戻ってゆく。
垂らしてみたり、手で引き出してみたり、どうもそれが入れ子の構造、つまり、注射器のような、あるいは車両のショックアブソーバーのような外筒と押子の関係。あるいはシリンダーとピストンのような構造にあるとタケシは推測したが、その本来の姿は、伸ばしたポジションにあるのか、それとも縮めた位置からスタートするものなのか、さっぱりわからない。
「──シカルダさま」
タケシは、山積みの前から声をかけた。
「この如意とは、何に使うものなのでしょう」
するとシカルダは、畳みなおした
「
その詳細は失伝しているのですと、シカルダは顔を曇らせた。
現在の冬の国、北部バルディアでも最北に位置する凍れる山脈に住んでいた重力魔法の一族のうち、
「彼らは、暗黒時代の終焉と四勇者の時代の訪れ、つまり平和の時代の訪れに、冬の国の最北にある凍れる山脈へと
タケシは如意の山から振り向き、シカルダの声のする闇の中に耳をすました。
「──ちっきょ? 引きこもったってコトですか」
「そう。彼らは凍れる山脈に自らを幽閉し、世間から一族を遠ざけたのです」
タケシは、考え込むように腕を組んだ。イリアがもし、その白羽衆なる一族の出なら、どうして旅になど出たのだろうかと。
「シカルダさま、ではそもそも何故、重力魔法使いの一族は、そうして世間と距離をおいたのでしょうか」
シカルダは手を止めず、闇の中で寂しげに微笑んだ。
「暗黒時代を終わらせるためとは言え、彼らは、自らが持つあまりに強大な力を見せすぎました」
「示したと言うと、誰にでしょうか」
「──四勇者にです」
クロウホーガンに代わり、新たな為政者となった転生者たち、つまり四勇者の立場を危うくする存在は、次代の転生者と重力魔道士の血族、その組み合わせしか考えられない。
「そう彼ら四勇者が考えたのかどうかは、伝説にはありませんが、彼らが残し、為政者の座を継いだ子孫がそう危惧したとしても不思議はありません」
以来、彼らは世に出ようとしなくなった。
「四勇者の軍勢に参加した冬山の民は、なにも武僧だけとは限りません。輸送に携わり戦線を支えた者、あるいは、都市ひとつ丸ごと消滅させるほどの爆発を離れて起こしえる者もあったと聞きます」
王家が怖れるのも無理はありません。
「ゆえに、あつかう
ランプの灯心のゆらめきは、板壁に、タケシの陰影を大きく揺らしていた。
彼には、にわかに信じがたい話だった。
重力魔道士が、その冬の山から出ないのだとすれば、あのイリアとは一体……
いましがた別れたばかりの彼女が、パンをくわえた横顔のまま、遠のいて行くような気がした。
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