1-9 崖っぷちのピッチャー
タケシは言った。
「……じゃあ! さっきの足留めで、あっちのチビトラたちの足をとめるのは!?」
だが、イリアは再びかぶりをふった。
「そっちも無理……」
「なんでさ!!」
「……だから、むしろ
幼獣とはいえ子サーバルの脚力は人間の比ではない。この距離から
タケシは苦々しい顔をした。
「──つまり、帯にみじかしタスキに長し、ってことか」
「そうね。はなしが早くてたすかるけど、そういうコトなんで、ごめんけどタケシ!
そう言いながらイリアは白い手をだして謝ると、
タケシは、くちびるを噛んだ。
「まて! 十秒、いや、二十秒くれ」
彼は考える。
親サーバルまでの距離は、目測で二〇〇メートル。
子サーバルは岩のそばから離れないが、三〇メートル先で行く手を塞いでいる。
街道は塞がれ、その左右は急斜面の
「どうする……」タケシは目を上下、そして左右にやって使えそうなものがないか探した。
だが、道には崖からはがれ落ちた石のほかには、棒切れのひとつも落ちていない。
イリアも、のばしていた指先を、かた手できつく握り、非情に徹せない自分を責めているように見える。
タケシには、武器も持たず旅をしているその少女は、今までどうやってこんな危険を乗り越えてきたのか不思議で、運がよかったのか、あるいはそのたびに、こうして同行者を置き去りにして来たのだろうか。
だけど、女の子のために命を落とすなら、そういうのもアリかなとも思う。
おだやかに、タケシは言った。
「ね、イリア」
「だめ! あきらめないで、考えて!」
しかし彼にはもうプランがある。大丈夫さと、微笑んだ。
「──いや、あの二匹の子サーバルのいる位置で、重さを変える魔法をつかうと実際のところ、威力はどのくらいなのかな」
彼女はすこし考えたが、苦笑しながら言った。
「がんばって、もとの重さの三倍かな……」
しかし幼獣とはいえ、サーバルの瞬発力は壮烈だ。
「脚の先っちょを重さ三倍にしたところではね……」
「そうか。おっけー。ありがとう」
タケシは、足もとから軟式ボールより少し小さい石を拾い上げ、重さを確かめる。
「約、130グラムってところか」
彼の脳裏に、計算式がうかぶ。
運動エネルギーの法則は、KE = 1/2 mv²。
石の質量130gをイリアの魔法で三倍にして、 m = 390g。
自身の投球速度 vが、時速95キロ。つまり秒速25mの二乗で v = 625。
そのふたつを掛けたものを二分の一にすると、KE = 約122……
「……ざっと、122ジュールか。よし」
イリアは、彼の横顔をみているが、
「ジュール……?」
「ああ。単位さ。どれだけこの石に威力を乗せられるか計算したんだ」
「タケシの魔法?」
「そうさ」
タケシは彼女に微笑んだ。
「──どうやらイリアがいれば、ベンチの暖めが専門なオレでも、コイツに
手にした石を、そうやって弄んで、彼は顔をあげた。
「よし!」
そして彼女に言った。
「いいか。おれにアイデアがある。やってみないか。一緒に!」
イリアは不安そうだが、賭けてみるような顔でうなずいた。
そしてフードごしのイリアの耳に、作戦を
そして左手に握る130グラムの石のなかに、重心を探り、見えない縫い目へと
「──でも! 失敗したらわたし、ユーをここに足留めするからね!」
彼女は苦しげそう言いながらも、
彼は苦笑しながら、
「──背番号、28」
そうつぶやき、野球帽のつばをなおすマネをし、胸の前、グローブのあるつもりで包む石と、子サーバルの鼻とをむすぶ不可視の直線に集中する。
背後には、親サーバルが間を詰めるが、
「──左投げ、左打ち」
子サーバルたちも、遊戯の時間が来たことに立ちあがる。
タケシは、大きく石をふりかぶり、右脚を、
「一九六六年。第一次ドラフト一位。そしてェ、奪三振王ぅ……」
足先を伸ばし、体重移動をはじめた全身と胸郭に息を吸いこみ、
「江夏ゥーー」
握った石を直球で、崖側の一匹の子サーバルの鼻っつらめがけ、息をのせ、
「……豊アッ!!」
全力の腕をふりぬいた。
時速百キロのそれに、イリアが重力呪を乗せ、石は、子サーバルの鼻先をアウトコースにかすめて片眼を
ころげてわめく一頭に怯えて跳び上がりざま毛を逆立てたもう一頭のアバラに、タケシは、ゴロを合わせた要領で、拾いあげる一石を横っとびのスライダーに投げ、
「……
イリアが呪を乗せる。
三倍重量のスライダーがアバラに鈍い音をあげめりこんで、体を折りまげ、身を
全力で放つそれが、確かな音をたてて、よろめき逃げだした子サーバルのあいだに、光がさすように道がひらいた。
「やった……」彼女は信じられないようにその場にへたりこんだが、「行こう!」タケシが掴んだ手に引かれ、全力で走った。
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