第20話 大江山 1
新宿歌舞伎町のネオン街の片隅に、そのお店はひっそりと存在した。
『酒呑 大江山』
店構えは周辺の店に比べるとギラギラしておらず、ぱっと見普通の飲食店に見えなくもなかったが、正真正銘ホストクラブだ。
「……」
少し離れた場所からそのお店の様子を伺っている人影が二つ。スーツを着込み、髪をワックスで固めてキメ込んではいるものの、途方にくれたような表情のせいで明らかにこの世界に馴染めそうには見えない。
「……どうする?」
珍しく大和の方が武尊に伺いを立てていた。グレーのスーツを身につけた大和は断然大人っぽく、いつもの無表情も大人っぽさに拍車をかける結果となっている。しかしこの状況は、さすがの大和もどうしていいかわからず困惑していた。
時は遡って二日前に戻る。
「平田五月って、今回のターゲットでしたっけ?」
「ああ、おそらくさっきお前らが取り逃した女が、その平田五月だと我々は見当をつけている」
(いちいち取り逃したとか強調しなくてもいいのに)
大和は無表情なので内心は読み難いが、武尊は彼が傷ついているのではないかと心配して、下を向いている大和を庇うように前に出た。
「その怪しい人物って何者ですか?」
「歌舞伎町のホストだ」
ホスト!?
「綱の調査報告によると、平田五月は歌舞伎町のとあるホストクラブに足繁く通っていたそうなのだが、贔屓にしていたホストと京都旅行に行くと家を出た後から行方が分からなくなっているらしい」
「そのホストが何か事情を知っている可能性があるということですか?」
大和の質問に頼光は首を振った。
「捜索依頼が家族から出されたので、当然警察が事情聴取に入ったが、そのホストからは何も有益な情報は得られなかったらしい。駅の防犯カメラにも二人が旅行を終えて別々に分かれて自宅に戻る様子が残っていて、奴が彼女を殺害したり、監禁している証拠は得られなかったそうだ。彼女と旅行を終えた後のことは何も知らないという奴の証言を覆す証拠は何も無いということだ」
「じゃあ、本当にただの無関係な人間なんじゃないですか? たまたま間が悪かっただけで」
頼光はギロリと武尊を睨みつけた。
「その可能性もあるが、そうでない可能性もある。それを調べるのが我々の仕事だろうが」
「彼が鬼なら、呪われた物を彼女に与えた可能性はあるね。私はその線は非常に濃いと思うよ。京都に旅行に行ったんですって? なら貴船神社に参拝したのではないでしょうか?」
晴明の言葉に頼光はうんうんと頷いた。
「おそらく貴船神社に隠してあった鬼面を奴が彼女に渡したんだろう。彼女が藤原社長を恨んでいることを知っていたなら、滝夜叉姫の鬼面と親和性が非常に高いと判断したに違いない」
「じゃあどうするんですか? さっそくそのホストがいる店に乗り込んで……」
意気揚々と振りかぶって剣を振るう真似をする武尊の頭を、頼光が背後からバシリと叩いた。
「痛った! すぐ人の頭を叩く」
「お前が舐めた真似をするからだろうが」
頼光は武尊の肩を掴むと無理矢理その場に座らせた。
「鬼は厄介な相手だ。一筋縄ではいかない。我々人間の間に紛れ込み、心の隙に入り込み、人心を惑わして人の世を乱すのを生業とする。魂を見ることができる晴明ですら、鬼の正体を暴くことは難しい」
頼光の言葉に晴明は頷いた。
「代行者は味方だから、私にその正体を隠す必要がない。だから何も考えなくても、君たちの姿を見ただけで、私は君たちが誰の魂を持っているのか分かるんだ。ところが鬼は正体がバレないように偽装するから、ぱっと見では人間と区別がつかないんだ」
晴明はポケットから小さな鏡を取り出した。
「これは八掛鏡といって、風水術で使われる物なんだけど、君たちの神剣の代わりに私にはこの鏡がある。これを使って鬼の魂を見るんだ」
「へぇ〜」
八つの角がある木製の盤の真ん中に鏡が埋まっていて、その周りをごちゃごちゃと文字が縁取っている。いかにも陰陽師の持っていそうな道具だ。
「鬼の正体を暴くにはこの鏡に姿を映さないといけないんだけど、困った事に鬼は我々と同じ転生者なんだ。ちゃんとした名前も持っていて、何度倒しても転生してまたこの世に現れる。つまり、鬼と我々はお互いよく知った仲だということだ。我々が自分からバラさない限り、鬼は我々の正体を知る術を持たないけど、この鏡を見た瞬間に私の正体はバレてしまう」
「つまり、相手に知られないようにこっそりその鏡に鬼の姿を映して、正体を暴く必要があるという事ですね?」
「そういうこと」
晴明はにっこりと頷いた。
「鏡に映す姿は写真でもいいんだけど。頼光様、私にすぐそれを言わないという事は、何か問題があるんですね?」
「そうだ。店のサイトに奴は写真を載せていない。綱が店の人間や奴の客に金を渡して、奴が写っている写真を手に入れさせたそうだが、マスク姿の写真しか手に入らなかったそうだ。徹底して露出を控えている。明らかに写真に素顔が映らないように気を配っている」
「もうそれ間違いなくそいつ黒じゃないですか。ごちゃごちゃ考えてないでさっさと捕まえてきて斬っちゃえばいいんじゃないですか?」
武尊の言葉に晴明は困ったような表情をした。
「さっきも言ったけど、鬼は人間の体を持っている。八岐大蛇のように普通の人には見えない存在ではないから、それなりの証拠が揃わないと手が出せないんだ。下手すると私たちの方が殺人罪で社会的に死んでしまう」
「しかし、相手は呪いの道具で他人を使って人を殺めているのに、どうやってそれを立証するんですか?」
「呪いの道具の立証は無理だから、基本的には証拠を捏造するしかない。そのために警察に綱達代行者が紛れ込んでいるんだ」
「それって……」
大和の言いたい事を察して、晴明が頷いた。
「そう、証拠を捏造する以上、冤罪だけは避けなければならない。限りなく黒に近くても、我々は彼が確実に鬼だという証拠を掴まなければ動く事はできないんだ」
「我々のするべき事は二つのうちのどちらかだ」
頼光は右手の人差し指と中指を立ててピースを作った。
「奴を直接鏡に映すか、奴の写真を手に入れるか」
「直接鏡に映すのは現実的でないから、なんとかして写真を手に入れたいですね」
頼光は少しの間腕組みをして考え込んでいたが、急に何か思いついたようにパチンと指を鳴らした。
「よし、お前らそのホストクラブに行ってこい」
「……え?」
言ってる意味が理解できず、武尊も大和も助けを求めて晴明を見た。晴明も困ったように頼光を見る。
「頼光様、二人に潜入調査をさせるおつもりですか?」
「客になりすまして一緒に写真でも撮ってくればいい」
「ちょっと! 何言ってるんですか?」
武尊は激昂した。
「ホストクラブですよ? キャバクラじゃないんですよ? 男二人でホストクラブなんか行って、どうしろってんですか?」
「お前男が好きじゃないか」
「違いますって!」
「頼光さん、俺たちは未成年ですし、客として潜入するのは無理があるかと……」
「頼光様、大和の言う通りですよ。流石に無理があります」
晴明に諭されて、頼光はもう一度考え直した。
「それならホストとして潜入しろ。それなら問題ないだろう?」
「いやだから未成年……」
「お前ら高校二年生だろう? 甲子園を見てみろ。出てる高校生みんな大人に見えるぞ。お前らだってスーツでも着れば大人に見えるだろう」
「ていうかあんたが行けばいいじゃないですか! 大人なんだし、なんの問題もないんだから」
「問題ないだと? 大アリだぞ。私と須佐は教師で晴明は医者、綱は東京でも警察署に転職している。副業でもまずいのにそれがホストクラブであってみろ、バレたら間違いなく職を失うぞ」
「俺たちだってバレたら退学処分ですよ!」
「それくらいなんとでもなるだろ。お前、大人が不祥事で職を失うのがどれだけダメージが大きいことかわかってんのか?」
ぎゃあぎゃあ喚いている武尊と頼光を冷めた目で見ながら、晴明は大和に声をかけた。
「大和はどうすればいいと思う?」
「俺は……」
大和はちらりと武尊を見た。
「俺と武尊で行くのがいいと思います。副業もまずいし、男がホストクラブに客として行くのも警戒されるのではないかと。それなら俺たち高校生組がバイト目的で潜入するのが一番無難ではないでしょうか」
「そうだな……」
晴明も大和の意見に賛成のようだった。
「ただし大和、もし相手が本当に鬼だと分かっても、勝手に剣を抜いてはいけないよ。君の腰に下がっている剣は抜いても普通の人間には見えないが、鬼には見えるからね。記憶のない君の実力では鬼に一太刀浴びせることも叶わないだろう。こちらの正体がバレるだけで、メリットが一つもないからね。あくまで写真を手に入れることが目的だから、奴を倒そうなんて考えてはいけないよ」
「わかりました」
晴明は満足げに頷くと、まだ喧嘩を続けている頼光と武尊に向き直った。
「ちょっと二人とも! 話まとまりましたよ。大和と武尊でホストクラブにバイトとして潜入する事になりました!」
「ええ!?」
「当然だろうが」
武尊は困惑した表情で大和を見たが、ふと、ビシッとスーツを着て髪型もカッコよく決めた大和の姿が目に浮かんだ。
(それは、ちょっと見たいかも……ってそんな格好したら女にモテまくっちまうじゃないか!)
ただでさえ今のモサっとした状態でもクラスの女子にモテモテだというのに。
「あれ、そういえば……」
武尊の独り言に、その場にいた全員が振り返った。
「なんだ?」
「いや、クラスの女子が……こないだ八岐大蛇に食われた女子の一人が言ってたんですけど」
「何を?」
「たしかホストクラブに通ってるって」
一瞬その場に沈黙が落ちたが、次の瞬間。
「なんでそういう大事な事を早く言わないんだ!!」
ドッカーン! 頼光の雷が再び武尊の頭上に落下した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます