第21話 大江山 2

そして二日後。


「武尊と大和、ホストクラブにバイトに行くんだって?」


晴明の家にスーツを借りに行くと、清次が羨ましそうな表情で二人を家に招き入れた。


「何で清次が晴明さんの家に来てるんだよ?」


「手伝いに来たんだよ」


清次はそう答えると晴明と一緒に、武尊と大和が着慣れないスーツに腕を通したり、ワックスで髪をセットするのを手伝ってくれた。


「いいなぁ、僕も行きたかったなぁ」


「何がいいんだ」


「だって面白そうじゃん。兄さん、僕も行っちゃダメ?」


当然晴明が首を縦に振る事はなかった。


「ダメだ。色んな意味で危険だ」


「色んな意味って?」


「社会的にも、物理的にも」


今からその社会的にも物理的にも危険な場所に放り込まれる二人は顔を見合わせた。


「俺たちはいいんですか?」


「背に腹は替えられないよ。それに君たちは体は高校生でも、一応精神年齢は大長老のはずだからね。清次とは違うよ」


(記憶がないからまんま高校生なんだけど……)


ちょっとこの人は弟に対して過保護の気があるのではないかと武尊は晴明を疑い出した。


「一応君たちのスーツには盗聴器を仕掛けてある。なにかあったら私や頼光様がすぐに乗り込めるよう待機しているから心配しないで」


先ほどの会話の後であまり説得力のない言葉だったが、武尊と大和は素直に頷いた。


「お店の名前は確か……酒呑 大江山?」


晴明は呆れたように天井を見上げた。


「なんて強気なネーミングセンスだ。鬼がいるとアピールしてるようなものじゃないか」


「そうなんですか?」


「そうだよ。大江山ってのは……」


大和に腕を掴まれて、晴明は大和との約束を思い出してはっと口をつぐんだ。


(そうだった。東京育ちの武尊は神楽を知らないんだった)


そして大和は、神楽の存在を武尊に知られたくないと思っている。武尊には黙っていると約束したのだった。


「大江山って山に鬼が住んでるんですか?」


「ああ、そうだよ」


「わざわざお店にそんな名前を付けるなんて、自己主張が激しすぎますね」


武尊がそう言ったきりその話題にそれ以上触れなかったので、晴明はほっと胸を撫で下ろした。


「よし、できた」


晴明が武尊のネクタイをキュッと閉めて微笑んだ。


「いい感じだよ。背も高いし男前だから、スーツがよく似合う」


武尊は鏡の中の自分をしげしげと眺めた。黒のスーツを身につけて、短い髪をハードワックスで固めて立てている。確かに自分を見ているはずなのに、別人のように見えた。


(スーツ着てるから確かにかっこよく見えんこともないが、こんなのがいいのか?)


「あんまり気に入らなかった?」


武尊の表情見て、晴明が心配そうに言った。


「いえ! そういうわけじゃなくて。ちょっと見慣れないから。俺普段から自分のことかっこいいと思ってるんで」


「武尊のそういうところ、嫌いじゃないよ」


晴明は笑うと、「ほら、大和も準備できたみたいだよ」と武尊を促した。


「お待たせ〜。こっちもできたよ」


武尊が振り返ると、ちょうど清次が離れて大和が立ち上がるところだった。


(……あ)


大和はグレーのスーツを身につけて、長い前髪をかきあげて額をあらわにしていた。切れ長の無表情の目が大人っぽく、とても高校生には見えなかった。


「おかしいか?」


大和が心配そうに聞くので、武尊は慌てて首をブンブン振った。


「いや、いいと思う。なんていうか、普通にいそう」


「普通にいそう?」


「芸能人とかに」


(何言ってんだ俺……)


我ながら陳腐な褒め言葉だ。大和は表情が変わらないので何を思ったのか分からないが、清次と晴明が居心地悪そうに顔を見合わせている。


「やめてよ武尊、こっちが恥ずかしくなってくるじゃん」


清次の言葉に一気に羞恥心が押し寄せてきて、武尊は慌てて大和に背を向けた。


「よ、よし。俺も大和もかっこよく仕上げてもらったことだし、早くその店に行こうぜ」


両手と両足を同時に出して歩く武尊を心配そうに見ながら、晴明が大和に声をかけた。


「大和、こないだ私が言った事を忘れないで。武尊のこと頼んだよ」


武尊の後ろ姿を見ながら大和が頷いた。


「あいつのことは任せて下さい」




「……それで、ホストクラブのバイトの面接ってどうするんだ?」


指定された店の近くまで来た時、武尊が大和に尋ねた。


「分からないが、普通のバイトと同じように電話でアポ取って、指定された日時に行くもんじゃないのか?」


「俺たちアポ取ったっけ?」


武尊のもっともな疑問に大和は首を振った。


「晴明さんが電話してくれたんだが、バイトの募集はしていないと言われたそうだ」


「マジで? じゃあどうするんだ?」


「玉砕覚悟のアポ無しで行くしかない。俺たちの目的は雇われることではなくて、あくまでターゲットの写真を手に入れることだ。とにかくできる限りのことはやらないと」


そう言ってお店の方に一歩踏み出そうとした大和が、突然ハッとして立ち止まった。


「……大和?」


「あいつは……」


大和は武尊の手首を掴んでさっと別の店の陰に隠れた。


「どうしたんだ?」


「知り合いがいる」


「知り合い?」

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