第19話 滝夜叉姫 10
「ちょっと、何で俺が頼光さんとペアなんですか?」
工場の非常口側に張り込んでいる武尊は、不満気に口を尖らせて頼光に抗議していた。
「仕方ないだろう。お前は神剣が使えないんだから、私か大和と組むしかない。記憶のないど素人の子供同士で組んで何になるんだ」
「そりゃそうですけど……」
武尊は頼光に聞こえないように小さな声で悪態をついた。
「二つある入り口のうちの本命はこっちだ。鬼面の女は二回とも非常口付近に現れているからな。ぼさっとしてないで気を引き締めておけ」
「ていうかそもそも俺必要でした? どうせ神剣が使えないなら、大和だけでよかったじゃないですか。それに非戦闘員の晴明さんじゃなくて、渡部さんとか連れて来ればもっと効率的……」
「何でお前はそう上の者に対して失礼なんだ?」
頼光はじろりと武尊を睨んだ。
「私がなんの理由もなくこんな布陣を敷いたと思ってるのか? 渡部は平田五月の調査にあたっていて動けない。そもそも今は戦闘員がまだあまり再会できていないんだ。私の四天王もまだそろっていないし。猫の手も借りたい状況だから、記憶を無くして不完全なお前らまで駆り出したんだろうが」
「それにしたってやっぱり俺は必要ないじゃないですか」
「お前はそれで良かったのか?」
頼光は人差し指でビシッと武尊を指差した。
「大和に、べったりの、お前が? 私が大和だけ現場に連れて行ったと知ったら、絶対黙ってなかっただろう? 大騒ぎしたに決まってる」
「そんな……」
俺の気持ちを汲んでくれたとでも言うんですか? と武尊は喉まで声が出かかったが、須佐の言葉を思い出してぐっとこらえた。
『……厳しいことをおっしゃられるけど、一番君たちの事を気にかけていらっしゃるのは頼光様なんだよ』
「それに魂の配分が違うからって、大和だけ働かせるのも不公平な話だろう? 場数を踏んでいる間に何か記憶が戻るきっかけに出会うかもしれない。今のお前の状況で、神剣が使えないことは任務を外れていい言い訳にはならない」
「なるほど」
「お前がビビって怖気付いていなければ、こんな手間なことをせずに済んだんだ。男らしくビシッと一発大和にキメていれば……」
武尊は心の中で、ついさっき一瞬頼光のことを信頼しそうになった自分に喝を入れた。やはりこの男は……一度セクハラで訴える必要がありそうだ。
「頼光さん、簡単にそういうこと言いますけどね、相手男なんですよ? 可愛い女子とかじゃないんですよ?」
「なんだ? お前大和は顔が好みじゃ無いのか?」
「いや別にそうとは言ってませんけど……」
「欲情するんだろう? 男でなにか問題あるのか?」
「いや、まあそうなんですけど、でもやっぱり世間一般的に言ったら、男同士ってのは少数派じゃないですか。何でそんな抵抗感ないんですか?」
他人事だから? 代行者としての任務が最重要事項だから? 頼光の答えはそのどちらでも無かった。
「抵抗も何も、我々はそもそも男女の概念が薄い」
「? それってどういう……」
ピロンッという通知音がして、頼光がスマホをポケットから取り出した。画面を確認した頼光はチッと舌打ちすると素早く立ち上がった。
「こっちが外れだ。正面玄関に女が現れた」
「マジすか」
武尊も慌てて立ち上がると、頼光の後を追って走り出した。
「大和、大丈夫ですかね?」
頼光は先に走り出した自分に簡単に追いついて話しかけてきた武尊を見て、少し驚いた表情をした。
「お前、意外と足速いんだな」
「え? 何ですって?」
「いや、何でもない」
頼光は首を振ると、走ることに集中した。
(晴明が付いているとはいえ、大和に彼女を斬ることはできないだろう。記憶がないなら、剣を使うのは初めてのはずだ。晴明が何とか彼女を取り押さえてくれれば……)
しかし、頼光の期待通りに事は運ばなかった。頼光と武尊が正面玄関に着いた時、その場には困ったような表情の晴明と、呆然と剣を握って立ち尽くす大和の二人しかいなかった。
「……取り逃したか?」
頼光に気づくと、晴明は申し訳なさそうに頷いた。
「我々がここの従業員でないと気付いたのか、大和の剣を見て代行者だと勘付かれたのか、すぐに逃走を計りました。逃げ足も速く、また薙刀も所持していたため、取り押さえることができませんでした」
「大和は、流石にまだ戦えなかったか?」
「それが……」
晴明はゆっくりと大和を見た。ちょうど武尊が、立ち尽くしている大和の元へ駆け寄るところだった。
「大和! お前大丈夫か?」
武尊が近づいた瞬間、大和の手の中の剣が明るい光を放ち始めた。はっとして大和は武尊を見た後、晴明を見た。
「晴明さん!」
「ああ、やはりそうか」
晴明はようやく納得したかのように頷いた。
「頼光様、実はさっき滝夜叉姫が現れた時、大和はすぐに剣を抜いたのですが、刀身が光らなかったのです」
「何だと?」
頼光は信じられないといった表情で、光を放つ大和の剣を凝視した。
「今は光っているじゃないか」
「今初めて光ったんです」
晴明は大和のそばに立つ武尊を見て頷いた。
「彼が来て初めて光ったんですよ」
頼光も晴明の視線を辿って武尊を見た。
「……なるほど」
頼光は苦虫を噛み潰したような表情をした。
「つまり、こいつは魂が完全にそろっていないと神剣が使えないということだな?」
「そのようですね」
「片方は神剣が全く使えず、使えるはずのもう片方も片割れがいないことには話にならないということか」
頼光は頭を抱えた。
「一体どうして魂が割れたりしたんだ? 最初は何か意味があるのかと思ったが、ただただ不便になっただけじゃないか」
武尊と大和は顔を見合わせた。
(そんなこと言われても……)
(俺たちが悪いわけじゃないのに……)
ピリリリッ! と鋭い着信音が、重苦しい空気を切り裂いた。
「一体誰だ! こんな時に」
スマホにまで八つ当たりしながら、頼光が乱暴に電話をとった。
「もしもし!」
しかし頼光はすぐに冷静になって、電話口の相手の言葉を神妙に聞いていた。
「どうされましたか?」
電話を切った頼光に晴明がすかさず話しかけると、頼光は先程頭を抱えていたのがまるで嘘のように、自信に満ちた表情でその場にいる全員を見回した。
「平田五月の交友歴から怪しい人物が浮上したそうだ」
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