第16話 滝夜叉姫 7
「……顔使って喋れって」
ぶつくさ言いながら教室に戻る武尊の横で、肩を並べて歩きながら大和がじっと武尊を見た。
彼に見られると落ち着かなくて、武尊は居心地悪げにもぞもぞと体を動かした。
「な、何だよ?」
「顔を使えってどういうことだ? 頭を使えじゃなくて?」
大和は真顔で真剣に悩んでいた。本気で悩んでいる様子が可愛くて、武尊は思わずぷっと吹き出した。
「……何だよ?」
「いや、だってさ、あはは! お前って自覚ないんだな」
武尊は大和を連れて教室に戻ると、派手な雰囲気の女子が集まっているグループにつかつかと近寄っていった。
「大山君!」
すぐにグループのリーダー格と思しき女子がぱっと顔を輝かせた。
「武田君と仲良いの? 昼休みになった途端二人でどっか行っちゃったから……」
さすがイケイケ女子。イケメンの動向をよく見ている。武尊はさらに女子が食いつきそうな情報を提供した。
「実は水本先生に呼び出されて、一緒に弁当食ってたんだ」
「え〜! 先生と? なんでなんで?」
「クラスのこと色々知りたいらしくて」
「それだったら私たちも呼んで欲しかった〜」
「女子がいたら気い使うだろ」
武尊がリーダー格の女子と喋っている間に、別の女子が大和に声をかけてきた。
「武田君は彼女とかいないの?」
「えっ?」
全く関係ない話題に大和は戸惑ったが、武尊が構わずずっと喋っているので仕方なく対応することにした。
「……いないよ」
「え〜! うそ〜! てっきり島根に彼女がいるんだと思ってた」
「どうして?」
「だって全然私たちに興味なさそうだったから。普通の男子は真理子が色目使ったらすぐコロッと落ちるのに」
真理子? って誰だろう? おそらくリーダー格の女子か。大和は楽しそうに喋っている武尊をちらっと見た。
「あいつ……武尊は落ちなかったのか?」
「大山君は別格。入学してからずっといろんな女子がアタックしてるけど全敗なの。けど誰かと付き合ってる素振りもないし、理想が高すぎるんだろうってみんな言ってるよ。だから新入生が入ってくる時期になると女子がピリピリしだすの。幸い一個下にはお眼鏡に適う子はいなかったみたいだけど、次はどうなるかな」
これは……そのお眼鏡に適う子は間違いなくいじめられるな、と大和はぞっとした。
(……罪作りなやつだな)
「でも、じゃあもし仲のいい友達が武尊と付き合ったらどうするんだ?」
「うちらは仲良しだもん。そんなことで友情が崩れたりしないよ」
本当か?
「でも、吉沢さんとかはきつかったから、男関係でグループ内で揉めてたって聞いたけど」
大和が何か言いかけた時、武尊が二人の間に割って入った。
「何の話? 大和の奴が風紀を乱してるって?」
抗議しようとした大和を武尊が目で止めた。それで大和も、彼女が口にした吉沢という人物が重要参考人であることに気がついた。
「違うよ〜男関係で崩れる友情もあるって話」
「吉沢さんの話してたでしょ?」
真理子と思しきリーダー格の女子も武尊と一緒に話に入ってきた。
「吉沢と仲良かったのか?」
武尊が聞くと真理子はフンと鼻を鳴らした。
「仲良いもなにも、あの子は自分の派閥内でしか大きな顔できないから、仲のいい子は自分の取り巻きだけだったのよ。そのくせ気に入らない子はみんなで無視していじめて。きっと天罰が下ったのね」
武尊と大和は顔を見合わせた。この真理子という女子は相当吉沢のことを嫌っていたらしい。
「マリちゃん、流石に死んじゃった子のことそんなふうに言うのは不謹慎だよ……」
「何言ってんの? あんただって一時期無視されて酷い目に遭ったじゃない!」
「私は、マリちゃんたちがいたから全然平気だったよ。でも……」
そのおとなしそうな女子はとても悲しそうな表情をした。
「花ちゃんは吉沢さんと仲良かったから、けっこうきつかったんじゃないかな」
来た! 辰巳花の名前が彼女の口から出て、武尊と大和の体に緊張が走った。
「……そういえば、吉沢の取り巻きが一人ずつ学校に来なくなったけど、一番最初に来なくなったのが辰巳だったよな?」
「そうだよね。てっきり彼氏と海外行ってるものだとばかり思ってたのに、まさかこんなことになるなんて。花ちゃんの彼氏、すごい年上の人でお金持ちだってもっぱら評判だった。しかもすごいイケメンだったんだって」
武尊は首を傾げた。彼の知る辰巳花という女子はグループ内でもどちらかと言うと目立たない存在で、そんな皆が羨むハイスペックな彼氏がいたとしても吹聴するようなタイプには見えなかった。
「それ、辰巳が言ってたのか?」
「ううん、吉沢さんが言ってたの。その人元々吉沢さんと付き合ってた人だったらしくて」
グループ内に沈黙が落ちた。
(吉沢が付き合っていた男を略奪したから、グループ内でいじめにあったということか。しかし辰巳は吉沢の派閥内にいたのに、リーダーの男を取るだなんて……)
やっぱり武尊の知る控えめな彼女の像とはかけ離れている。
(辰巳の男を吉沢が取ったってんならまだ分かるんだけど……)
「誰かその男の人に会ったことないのか?」
「吉沢さんの派閥にいた子たちは会ったことあるみたいだったけど……」
(つまり、誰も残っていないということか)
武尊はがっかりしてため息をついた。大和も黙っていたが、失望が目元に滲みでているのがよく分かった。
(まあでも少しは有益な情報が手に入ったし)
この程度の情報で果たして頼光が満足するかは分からなかったが、少なくとも怪しい男の特徴は掴めた。すごく年上で、お金持ちで、イケメンらしい。
「……頼光さん、なんて言うかな?」
女子たちと別れて自分の席に戻った武尊は、前の席に座る大和を小突いて小声で聞いた。
「分からない。でもあの人たちにとっては、少しの情報でも犯人を探す手掛かりとして有益になるんじゃないか? 元警察官だろ?」
確かに。すっかり忘れていたけど、そもそも島根県警の人間だった。
(渡部さんも調査してるみたいだし、意外とその男もすぐに見つかるかもしれないな)
これってもしかしてお手柄か? 武尊がちょっとした達成感に内心浮かれていると、また教室の扉がバアンと開いてクラスの生徒全員が椅子から飛び上がった。
(とりあえず扉の開け方から注意しないと……)
「あの、先生、次の授業は数学なんですけど……」
真面目な生徒の指摘に頼光は素っ気なく頷いた。
「分かっている。忘れ物を取りに来ただけだ」
「忘れ物?」
頼光は武尊と大和に目で合図した。
「私は急用ができたので早引きする。帰りのホームルームは須佐先生に任せてあるので心配するな」
そう言い捨てると、頼光は「お前らもだ」と武尊と大和に頷いて教室を勢いよく出て行った。
教室にいた生徒はその後ろ姿をポカンとして見送った。
(……いや、担任は須佐先生なんだけど……)
荷物をまとめて武尊と大和が後を追うと、頼光は職員室の前に立って二人を待っていた。
「鬼が見つかったんですか?」
「年上で金持ちでイケメンのやつですか?」
二人の姿を見とめてスタスタ歩き出した頼光の背中に、大和と武尊は質問を投げかけた。
「何だって? イケメン?」
「クラスの女子が言ってたんです。八岐大蛇の鱗を持ってた、あの辰巳っていう女子がそういう男と付き合っていて、それが原因でいじめにあってたって」
「ほう?」
教員用の駐車場で厳つい存在感を放つ黒塗りのセダンに頼光は乗り込んだ。武尊と大和も慌てて後部座席に続く。
「いじめていた女子は全員八岐大蛇に食われています」
「その男は重要参考人で間違いないな。そこまで期待してなかったのに、大きな獲物を取ってきたじゃないか」
頼光にそう言われると、武尊は普段彼に対してイラついているのも忘れてちょっと気分が良かった。
「しかし今回のターゲットはおそらく男ではない」
頼光は駐車場から車を発進させた。普段の彼の行動からして運転も荒いものだと思ったが、意外と丁寧なアクセルワークだった。
「渡部が掴んだ情報なんだが、とある工場で今ストライキ騒ぎが起こっているらしい」
「ストライキ?」
「夜勤の工員が立て続けに怪我をしていて、原因が解明されない限り業務を続行できないと社員が騒ぎ立てているんだが、工員の証言が要領を得ないため、会社側は工員の不注意によるものとみなしていて両者の間に亀裂が生じている」
頼光は病院に向かって車を走らせた。晴明も拾って行くらしい。
「工員たちはどのような証言をしているんですか?」
大和に問いに頼光は淡々と答えた。
「鬼の面をつけた女の幽霊が現れたと」
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