第12話 滝夜叉姫 3

ヤマトタケルの代行者が持つ能力、つまり武尊と大和が持つ特殊能力。

(それはすごく気になる)


武尊も興味津々に身を乗り出した。その場にいる大人全員の視線が須佐に集まった。須佐は頷くと、腰に帯びていた一振りの剣を外してテーブルに置いた。


「これだよ」


「……え?」


それは大蛇の尻尾から現れ出た、まさに須佐が大蛇を一振りで仕留めた剣だった。


「それは、須佐さんの神剣じゃないんですか?」


困惑した様子で問う武尊の横で、大和がごくりと生唾を飲み込む音がした。


「……その剣、触ってもいいですか?」


「もちろん。これからは君たちの剣だ」


大和がずいっと手を伸ばして机に置かれた剣の柄を掴んだ。と、先程須佐が握っても何の変化もなかった刀身が突如光り輝き始めた。


「天の村雲の剣」


大和がつぶやいた。まるで長く離れ離れになっていた旧友に会ったような、懐かしげな表情をしていた。


「……この剣は、俺の剣だったんですね?」


「何か思い出したかい?」


「初めて見た時から、ずっと感じるものがあって。きっと俺の剣なんじゃないかって」


「私がその剣を使えるのは一度きりなんだ。何度も転生していろんな体に生まれ変わったけど、結果はいつも同じだった。私の役目はこれで終わってしまった」


須佐は申し訳なさそうな表情で大和と武尊を見た。


「君たちは……まだ高校生、子供なのに……」


「そういえば、代行者っていうのは転生しているんですか?」


ようやく武尊は聞きたかった質問をぶつけるチャンスを掴んだ。


「そうだよ。我々代行者は皆、寿命や病気、不慮の事故などで普通の人間と同じように亡くなるけど、すぐにまた別の体の赤ん坊として転生する。今までの記憶は全て残っているから、自分が誰なのか、どのような能力を持っているか、生まれた時から既に知っているんだ」


本来ならば、と晴明が付け加えた。


「へえ〜じゃあ学校の勉強とか、楽勝ですね」


「そうだね。勉強が楽勝、ある意味これも代行者の役割を全うするのに非常に役に立つ。例えば私は国立医大を出て開業医をしてるんだけど、なぜだと思う?」


高校生三人組は顔を見合わせた。


「僕は、兄さんはただ頭が良くて、子供が好きなんだと……」


「ステータス?」


「……いろんな医者を経験してきたとおっしゃってました。医師という職業が、あなたの能力と一番親和性があったんじゃないですか?」


「全員間違ってないけど、一番重要な事が抜けている」


晴明は急に悪そうな笑みを浮かべた。


「一番の理由は『金』だよ」


「金?」


三人とも驚いたが、兄を心から尊敬している清次が一番驚いていた。


「我々は代行者という役割を担いながらも、生身の人間として人間社会で生きていかねばならない。君たちも社会人になれば分かると思うが、これ、結構思ってる以上に大変な事だよ。今回頼光様も島根県警を退職して、東京の学校の、しかも非常勤講師に転職されたけど、これで年収は一気に下がった上、東京の生活費は島根の比じゃないから出費は倍増することになった。これ、はっきり言って生活できないよね?」


晴明は須佐と目を合わせ、二人は同時に頷いた。


「そこで我々非戦闘員の出番だ。戦闘員の生活を金銭的にサポートする。今回は須佐さんが上手い事君たちの学校の担任として潜り込めたから、副担任の頼光様や生徒の君たちが授業を抜けやすい体制を上手く作る事ができたんだ」


「今回は早い段階で晴明と合流できて本当に助かった。前回はなかなか会えなくて苦労したんだ」


「今までの記憶が全て残っているなら、仲間と合流するのも簡単なんじゃないですか?」


大和の疑問に晴明が首を振った。


「そう簡単じゃないんだ。みんなそれぞれ寿命が違うし、どこのどんな親元に生まれるかも分からないから、毎回事情が変わってくる。私たちは転生したら出来るだけ早く出雲大社を訪れて、絵馬に暗号を記して所在を明らかにするよう示し合わせているんだけど、遠い他県に転生したら、少なくともある程度大きくならないと島根県には行けない。親がたまたま信心深い人で行ってくれればいいけど、まあ大抵は自分一人で旅行できる年齢にならないと難しいね。以前外交官の子供に生まれてしまった代行者が、二十歳になるまでずっと東南アジアから帰って来られなかったという例もある」


「実際私も前回の生ではヤマトタケルの代行者に会う事はできなかった」


頼光の言葉に大和と武尊は顔を見合わせた。


「そんな事があるんですね。じゃあ前世の俺たちは、何もせずに亡くなっちゃったって事ですか?」


武尊の何の気なしの問いに、頼光は一瞬言葉に詰まった。


「……それは違う。君たちの前世も与えられた役割をきちんと全うした。ここに居る面子で直接その人物に会った者はいないが、私たちは彼の没後に生前彼に会う事ができた代行者から、彼が伊吹山いぶきやまの鬼神を退治した功績を伝え聞いている」


「そうですか。それは良かった」


大人たちは重苦しい視線を交わしていたが、武尊はその空気に気が付かずにへらっと笑った。


「大和、俺にもその剣触らせてよ」


「……ああ」


大和も何か物思いに耽っている様子で、上の空で剣の柄を武尊に差し出した。


「うわぁ、かっこいいな。これが俺のものだなんて信じられないよ」


まるで幼い子供のようにワクワクしながら、武尊は大和の手から天の村雲の剣を受け取った。


ところが、大和の手の中にあった時は光輝いていた剣が、武尊の手に渡った途端、まるで電源が切れたかのように輝きを失ってしまった。


「……あれ?」


武尊は剣を軽く振ってみたが、何も起こらなかった。一旦机に置いてもう一度手に取ってみても変化無し。しまいには剣を持ったまま立ち上がり、ソファの周りをぐるぐるまわってみたが、大和が手に取った時のような光が刀身に戻る事はなかった。


「あの……これ……」


呆然とした表情で大人たちを見ると、頼光が晴明を振り返った。


「一体これはどういうことだ?」


晴明はうーんと目を細めて、もう一度武尊の魂を覗くような仕草をした。


「今までにない事例で私も確信は持てないんだが、武尊と大和には実は違いがあって、それが原因かもしれない」


「違い?」


「分かれた魂の配分さ」


晴明は眉間に皺が寄るくらい、さらに目を細めた。


「ヤマトタケルの代行者の魂は、実は綺麗に半分に分かれたわけじゃない。大和の方に七、いや八割の魂が割り当てられているようだ」


大和は納得したように頷いた。


「だから俺の方がこいつより前世の記憶を覚えているんですね」


「ちょ、ちょっと待って下さいよ。それじゃあ俺の方には二割くらいしかないから、それでこの剣も使えないって事ですか?」


武尊の悲痛な叫びに、晴明は腕を組んで考え込んだ。


「それは分からない。何か条件的なものがあるのかもしれないし、もしかしたら別の能力があるのかも」


「大和の方だけに能力が受け継がれた可能性もあるな」


「そんな……」


頼光の容赦ない指摘に武尊は絶句した。同じ魂を分けた代行者だというのに、このかっこいい剣を使えるのは片割れの大和だけで、自分はもしかしたらなんの力もない、ただの用無しかもしれないだなんて!


(こいつのこと、かっこよく守ってやれると思ったのに、俺が守られる側だなんて……)


「しかしどうして魂が割れたんでしょう?」


放心状態の武尊を置き去りに、大人たちは議論を続けていた。


「自然に割れたのか、意図的に何者かによって割られたのか……」


「確か前回のヤマトタケルの代行者に接触した唯一の人物って……」


「ああ、光圀みつくに殿だ。今世ではまだお会いできていない」


「その方にお会いできれば、何か分かるんでしょうか?」


大人たちの議論の輪に大和が果敢に割って入った。


「そうだな、可能性はある。というよりそこしか可能がない」


「じゃあ、その光圀って人を探そう」


再び頼光の手のひらがバシリと武尊の頭を叩いた。


「お前という奴はさっきから、目上の者に対する礼儀が全くなってないな。光圀様と呼べ、光圀様と」


「いや、だって知らない人だし……」


「ならせめて光圀さんだろうが」


「あの〜私から、いいお知らせと悪いお知らせがあるんですけど」


再び宥めるように晴明が二人の間に割って入った。


「いい知らせと、悪い知らせだと?」


「あのですね、ちょうど今話題に上がっていた光圀公なんですが、実は私、つい最近お会いしたところで……」


「何? なぜそれを早く言わない!?」


頼光がずいっと晴明の方に身を乗り出すと、晴明は気まずそうに目を逸らした。


「いや、まさかこんな事になるとは思わなくて。もし分かってたらもうちょっと手を打っておくことも……」


「歯切れが悪いな。光圀殿はどこにいらっしゃる?」


「それが……」


晴明は白衣のポケットからスマートフォンを取り出した。


「この方です」


頼光と武尊が競うように晴明のスマートフォンの前に割って入り、大和がその後ろから遠慮がちに覗き込む。渡部と須佐が固唾を飲んでその様子を見守り、清次は一人その場にぽかんと立ち尽くしていた。


「これは!」


頼光と武尊が絶句した。頼光がゆっくりした動作で晴明からスマートフォンを受け取り、後ろの全員にも見えるように画面をかざした。


「!!!」


その場にいる全員が思わず画面を二度見した。晴明がぽりぽりと頭を掻いた。


小さなスマートフォンの画面の中で、まだ肌の赤くて小さい生まれたばかりの新生児が、鋭く射抜くような視線でこちらを凝視していた。

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