第11話 滝夜叉姫 2
「兄さん!」
清次が嬉しそうにドアの前に立つ人物に呼びかけた。メガネをかけ、白衣を付けた背の高い男がにっこり笑いながら部屋に入って来た。
「遅くなってすみません。最後の患者さんがなかなか帰らなくて」
「全く待ちくたびれたぞ。早くこのガキ二人の魂を見てくれ」
清次の兄は微笑んだまま頷くと、大和の正面のソファーに腰掛けた。
「初めまして。清次の兄の
(……いや、ここレディースクリニックなんだけど)
困った表情の高校生男子たちを見て、たまらず須佐がぶっと吹き出した。
「……晴明、子供をからかうのはやめろ」
渡部が無表情で諭すと、晴明はいたずらっぽい表情を浮かべて肩をすくめた。
「本当のことさ。君だって知ってるだろう?外科に内科に泌尿器科、ありとあらゆる医者を経験して、もう残ってるのが産婦人科しか無かったんだって」
「そんな話をしてるんじゃない」
「全く、頼光様の四天王筆頭は全然冗談が通じないな」
晴明はようやく笑いを収めると、メガネの奥から真剣な眼差しで大和を凝視した。
「……ふむ」
一瞬目を細め、武尊に視線を移した晴明は納得したように一人で頷いた。
「なるほどそういうことか……」
「どうだ? 何が分かった?」
頼光がソファから身を乗り出した。その場にいる全員の視線が晴明に集まる。
「魂が割れてるんだ」
「魂が割れてる?」
「そう。ヤマトタケルの代行者の魂が二つに割れて、二人の人間として生を受けたんだ」
武尊と大和は顔を見合わせた。
「……俺たちが、その、ヤマトタケルの代行者なんですか?」
「晴明が言うんだから間違いない」
大和の問いに渡部が頷いた。
「魂を見ることができるというのが彼の能力なんだ」
「我々代行者には、この世のものでは無いものを見ることができるという能力があるんだが、もう一つだけ普通の人間には無い能力をそれぞれ持っている。私はこれだ」
そう言って頼光は腰に帯びている刀を抜いた。鞘から抜き放たれた刀身が眩いばかりに輝いている。
「私以外の人間が抜いてもこの
三人の高校生の反応はまちまちだった。武尊は「へぇ〜かっこいい!」と目を輝かせ、大和は「それ、銃刀法違反なんじゃないですか?」と心配し、清次は「何? どういうこと?」とぽかんとしていた。
「安心しろ。清次君を見れば分かる通り、この刀は普通の人間には見えない」
「そうなんですか……」
清次は少し残念そうな顔をした。須佐が真剣な顔で清次の肩をぽんと叩いた。
「君の気持ちは分かるけど、がっかりしないで。今に君の方がずっと幸せだってことが分かるから」
「い、いえ、そんな! 僕そんなつもりじゃ……」
「前線で戦う代行者たちは常に死の危険に晒される。私はもう戦えないから本当に歯痒いよ。特にヤマトタケルは……」
頼光と晴明に睨まれて、須佐ははっと口を閉じた。
「ヤマトタケルって、古事記とか日本書紀に出てくる皇族で、神様ですよね?」
「ええ! 俺たち神様なんですか?」
清次の質問に食いついた武尊の頭を、頼光がパアン!と手ではたいた。
「痛った!」
「だから代行者だと言ってるだろう! 神を名乗るなどおこがましいにも程がある!」
「いやでもヤマトタケルは神様だって……」
「頼光様、落ち着いて。私が説明しますから」
再び手を上げようとした頼光を晴明が慌てて宥めた。
「我々代行者というのは、それぞれの神様の信仰から生まれた存在であって、神様ではない」
「……どういうことですか?」
「君たちが見た八岐大蛇や鬼、妖怪など、私たちが戦うこの世のものでないものたち、それらは全て、人の心が作り出した害悪だ。恨みや妬み、憎しみなどの感情が高まり、人々が強く願ってそれが呪いとなり、この世のものでないものを引き寄せ作り上げる。つまり人が自分たちで招いた災いというわけだ。我々が崇拝する神々は全ての生き物を統べる存在であり、人間だけの都合のいい存在ではないんだ。神々は恵みだけでなく、時に災厄も与えたまう、大いなる存在だ」
晴明は宇宙の大きさを表現するかのように両手を大きく広げてみせた。
「人々の悪しき感情から生まれたのが鬼や妖怪なら、我々代行者は人々の切なる願いから生まれた存在だ。目に見えない存在が引き起こす災厄を恐れた人々は神々に願った。例えば君たちヤマトタケルは、ヤマトタケルを信仰した人々の強い願いによって生まれたんだ。それ故に我々は自分たちの事を神々の代行者と呼んでいる。人が引き起こした災厄は人が責任を持って鎮めるというわけだ」
にわかには信じがたい話だった。実際にこの目で八岐大蛇を見た武尊ですら、全く疑いなく今の話を信じられたかというと、必ずしもそうではなかった。
(人の心が作り出した化け物に、人の心が作り出した英雄だって?)
「その鬼や妖怪たちを全てこの世から排除できたら、もう戦う必要はないんですか?」
大和の問いに晴明は首を振った。
「残念ながら彼らを全て排除する事はできない。人間がこの世に存在する限り、呪いの感情は必ず存在するからだ。この世は陰と陽のバランスで成り立っている。全人類が心が綺麗で平和な世界なんてあり得ないんだよ。だから私たちのような存在で均衡を保つしかないんだ」
武尊にはやっぱりよく分からなかったが、大和は納得したように頷いて次の質問を投げた。
「それで、俺たちヤマトタケルの能力って一体なんなんですか?」
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