第3話 八岐大蛇 3
「辰巳の呪いって?」
「辰巳さんの次に学校に来なくなった吉沢さんって、吉沢派閥のリーダーだったんだけど……」
「え? 吉沢派閥って何?」
きょとんとする武尊を見て、保健委員の生徒はくすくす笑った。
「大山君、クラスの女子のことなんにも知らないんだね」
「そうなの?」
「そうだよ。うちのクラスで一番大きな派閥なのに」
保健委員の女子はベッドの端に座った。距離が少し近い。
「派閥って、仲良い連中がつるんでるって事?」
「うん」
「ただの仲良しグループだろ ?何であえて派閥なんて言い方……」
武尊はそこではっと気がついた。
「他にも派閥があって争ってるんだな?」
「ちょっと言い方がアレだけど、あながち間違ってないかも」
「でも何を争うんだ? 縄張り?」
「そんな大袈裟な感じじゃないよ。そうだな……例えば、吉沢さんが好きな男子と他の派閥の女子がいい感じになったとするでしょ、そしたら吉沢派閥の子はみんなでその女子を無視したりするの」
武尊は閉口した。
「それから、調子乗ってる子とかいたら、派閥の子はみんなで冷やかしたり、聞こえるように悪口言ったり……」
「調子乗ってるってどういう状態のことを言うんだ?」
「う〜ん……例えば、地味な女子がイケメンといい感じだったり……」
(男関係ばっかりじゃないか……)
武尊は呆れたが、感心する部分もあった。
「より優秀な雄を手に入れるために、集団で敵を蹴落とすってことだな」
(でも同派閥内で好きな人が被ったらどうするんだろう?)
「あはは! 大山君って面白い事言うんだね」
「……君はどこの派閥所属?」
「私は中立派だよ。よく一緒にいる友達はいるけど、派閥の子たちみたいに一斉になんかやったりとか、そういう強い結びつきみたいなのは無いかな。勉強とか部活とか、みんな自分のやりたい事で忙しいし」
そう言うと、保健委員の女子は艶っぽい目で武尊を見た。武尊もつられて彼女を見る。彼女は色白で少しふっくらしており、二重瞼も綺麗でとても魅力的な少女だった。性格も悪くない。狭い空間に二人でいると、武尊も少しドキドキした。
(好きってこういう感じなのかな……こんな感じでいいんじゃないかな)
こんなきっかけで始まって、付き合ううちに本気で好きになるのもありなんじゃないか?
明らかに彼女の方は武尊を意識している。告白すれば間違いなくオーケーだろう。
(思い切って……)
ガララッ! という凄まじい音が保健室に響いて、武尊はベッドから飛び上がりそうになった。
「武尊! 大丈夫?」
「ちょっと阿部君、保健室の扉は静かに開けないと」
保健室の入り口で、清次がバツが悪そうに頭を掻いている。清次の後ろにいる人物を見て武尊は絶望した。
(どうして、付き合ってもいいと思える女子がすぐ近くにいるのに……)
この男の前では、どんなに魅力的な花でも色褪せて見えた。身長は自分と同じくらいで百七十五センチはあるだろう。細身の足は筋肉質で、ふっくらした女子のものとは比べ物にならない。顔は中性的で確かに整っているが、どこからどう見ても男である。それなのに彼を目の前にすると、魅力的な女子からでも感じることができない、全身が沸騰するような興奮を覚えてしまうのだ。
「大和が武尊に話したいことがあるって言うから、保健室を案内して来たんだけど……」
「大和?」
「武田の名前だよ」
そんなことは分かっている。
(なんでもう名前呼び? 俺が鼻血出してる間に、いつの間にそんな仲に?)
「……二人で話せるか?」
大和に話しかけられて、武尊の心臓が跳ね上がった。
「い、いいよ」
「それじゃあ私たちは行くね。大山君、お大事に」
保健委員の女子はすぐにベッドから立ち上がると、清次と一緒に保健室を出て行った。
ピシャッと扉が閉まる音がして、静寂が訪れる。心臓がドクドクいう音が部屋中に響いている気がして、武尊はそわそわした。大和はベッド脇に折りたたみ椅子を開いてそこに腰掛けた。
(近い近い近い!)
そこなら武尊が起き上がって一歩踏み出せば簡単に手が届く。ベッドのある部屋で、この距離はまずいと思った。
「あのさ、もうちょい……」
「お前、俺とどこかで会ったことあるか?」
「えっ?あ……」
反射的に武尊は首を振った。
「無いよ。無いと思う。何で?」
大和は少し気まずそうに下を向いた。
「……俺のこと、頭おかしいやつだと思うかもしれないけど、俺さ……」
恐る恐る視線を武尊に戻す仕草が、まるで恥じらっているように見えて妙に色っぽく、武尊は呼吸を整えるので精一杯だった。
「俺、前世の記憶みたいなのがうっすらあるんだ」
「へえ、前世の記憶が?」
武尊が思ったほど驚いたり疑わしい反応をしないので、大和の方が逆に不審げな表情をした。
「……変に思わないのか?」
「いや、まだ話全部聞いてないし」
元々武尊は自分の固定観念のみに囚われる性格ではなかったが、今の武尊は大和が相手なら大抵の言葉は信じてしまう自信があった。
「そっか……」
頭ごなしに自分の話を否定されなかったのでほっとしたのか、大和の表情が少し明るくなった。
「生まれた瞬間からすでに意識があって……」
「生まれた瞬間から?」
「そう。それが普通じゃないって知ったのは随分後になってからだったんだが、なんて言うか、誰かの生まれ変わりみたいな感覚があった。でも肝心の記憶の方がぼんやりと曖昧で、だから自分が誰なのか、以前どこで何をしていたのかはさっぱり分からなかった」
大和は真剣な表情で真っ直ぐに武尊を見た。
「お前と目が合った瞬間、なんだか懐かしい感じがして。それからお前に近づくと、ぼんやりしている記憶が少し鮮明になるのを感じたんだ」
大和は椅子から立ち上がると、ベッドに屈み込むように武尊に近づいた。
「もっと近くで触れたら、記憶が戻るんじゃないかと思うんだが」
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