(2)
「寒っ」
夏に来たときの海と、冬に訪れた海。
特別な変化は何もないはずなのに、まったく違う景色に見えてしまうのが不思議だった。
「波の音、うるさいくらいだよ!」
夏の海は準備体操を無視したくなるほどの高揚感に溢れ返っていて、海の持つ華やかさや輝きに惹かれた俺は、よく彼女に怒られていた。溺れるつもりなのか、って。
「でも」
冬の海は、君があんなにも恋い焦がれていた華やかさと輝きを失っていた。
「貸し切り!」
音が響くって表現は可笑しいような気もするけど、波音が鼓膜を破壊しそうなほどの勢いで響き渡る。
「誰もいないって、ある意味では凄いかも」
冬独特の激しい波とでも表現すれば、君に少しはリアルを伝えることができるかな。
恐らくは無理、かな。
「波音が凄いのは伝わってると思うんだけど」
二人で一緒だからこそ、感じられるものもあると思う。
二人一緒だからこそ、共有できるものもあると思うから。
「すっごく寂しい」
真冬に海を訪れようと思っている人はいないらしく、海は寂しいと叫びの波音を鳴らす。
俺という来客だけでは、この広大な海は満足してくれないらしい。
「やっぱり、夏に二人で来たい」
これじゃあ、罰ゲームだよ。
そんなことを呟くと、君から笑い声が零れてきたような気がする。
「来年の夏は、絶対に二人で」
約束。
二人の声が、重なる。
「今年は、この波音だけで許して」
なんで、謝るの?
そんな君の言葉が聞こえてきたような気がした。
「これくらいのことしかできなくて、ごめんって意味」
せめて、今日という日を記念としてかたちに写真を撮って帰ろう。
そんな発想が浮かんだけど、俺はレンズを海に向けることを躊躇った。
「あ、写真……どうしようかなって……」
こんなにも閑散とした海を、思い出として残してもいいのかな。
せっかく君に届けるなら、楽しい思い出を。
そんな想いがあった。
「写真も……」
二人で撮りたい。
なんでもかんでも二人に囚われすぎだって笑われそうだけど、君に希望を届けたい。
君が生きたいと心の底から願えるような希望を送りたい。
「ありがとう」
君の声が、波の激しさを穏やかなものへと変えた。
君の声が、鮮明に鼓膜へと届けられる。
「…………頑張ろう、一緒に」
どうしようもできない事情を抱えている彼女に対して、頑張ろうって言葉は失礼かもしれない。
けど、君が頑張りたいと言ってくれるのなら。
季節と戦う覚悟を持っているなら、これからの人生も君を支えていきたいと思った。
「ちゃんと……弱音、吐いて」
君が頑張ることに疲れたときも、絶対に君を支えよう。
抗えないに運命を生きる彼女に対して、絶対って言葉は使ってはいけないかもしれない。
けど、定められた運命をどうにかできるんじゃないかって。
俺がマンガの主人公になってみせるって……そんな風に意気込んでみたかった。
「…………くん」
ううん。
主人公になりたい。
こっちの表現の方が合っているのかもしれない。
「…………くん」
名前を呼ばれる。
「あ……」
手に、余計な力が入る。
せっかく海に来たのなら、冬だろうとなんだろうと楽しめばいい。
体の力を抜いて、自由気ままに冬の海を堪能すればいい。
そう思うのに、体は思う通りに動いてくれない。
「すみません、一人で夢中になって……」
声が震えそうになる。
「今日は」
でも、自分の声だ。
なんとか最後まで支えたい。
「ありがとうございました」
自分の声が、波によってかき消された。
最後まで、かっこつかない自分が自分らしい。
締めの言葉くらい、ちゃんと伝えさせてほしかった。
「はい、はい、わかってます……」
彼女の両親に、電話を繋いでもらっていた。
俺の一人喋りは彼女だけでなく、彼女の両親にも筒抜けだったということ。
なんて間抜けなと思わなくもないけど、今日のデートは俺が望んだこと。
「今まで、お世話になりました」
電話を切る。
今日の海は、彼女と一緒に来た場所だって思い込む。
自分は、一人じゃないって思い込む。
だから、彼女の両親に俺たちの仲の良さをアピールできて良かったなって思い込む。
「俺のわがままに付き合ってくれて……」
今日に限って、冬の海は大荒れ。
海にやって来た人間に対して、今すぐ帰りなさいと命令されているかのよう。
俺の生きる世界は、空気までもが凍りついてしまいそうな寒い世界ではないって。
「本当にありがとう」
俺が生きていく世界で吸い込む空気は、あたたかいもののはずだって。
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