第121話 真実

 朝食後には天幕にユージーンを呼んで、前線の様子を不思議な魔法の鏡で共に見ることにした。

 

『ツェーザルロ、前線』


 鏡の縁に触れて、俺がそう呟くと、鏡面に戦地が写った。



「あ! 谷の国境付近で魔法戦が開始している!」

「この戦いは魔法使いの魔力切れ寸前までやるんだろうか……」


 鏡越しでは激しい攻撃魔法がぶつかりあっている。


「ここまでは互角のようだけど……そのうち魔力が切れるよね」


 その通りで魔法メイン戦は一旦休止になった。

 次に魔法の援護のある弓兵の弓や投石器がお互いの敵陣に降り注ぎ、当然被弾して死ぬ者もいる。


 そんな中、


『おはようございます! すみません!!』


 天幕の向こうから、そんな激しい戦場を見てるとは気がついてないだろう母の声が聞こえた。



『すみません、今、ちょっと立て込んでまして!』


 俺達は戦況を見守るのに忙しいところだったので、申し訳ないとは思いつつも、そう声をかけたが、



『お忙しいところ、申し訳ありません! 先日のクラゲ様をお借りできませんか? 少しの時間でいいので!』


 意外にもミゲールとの対面を望んできた。


「ミゲール、いるか?」

『はーい』


 姿を消していたクラゲのミゲールがふわりと現れた。


「表の……夫人がミゲールとの会話を望んでいる。少しの間、俺と離れた天幕でも平気なら、相手をしてもらえるか?」



 俺は今の母を何と呼べばいいか少し悩んで、夫人と呼んだ。ユージーンはそんな俺を見て複雑そうな顔をした。



『少しの間ならいいよ~。ソーテーリアの方に何かあったら、僕が行こうと思ってるからー別行動はできるんだー』


「そうなのか? それは心強いな!」


『あのーー……お忙しいところ本当に申し訳ありません……やはり厚かましいお願いでしたでしょうか?』


 また母が声をかけてきた。


『ミゲールには今、行ってもらいます』


 俺は天幕の入り口を開けながらそう伝え、ミゲールを向かわせた。



 ◆◆◆ ムネオの母の早苗視点 ◆◆◆


 日本語の通じる銀髪の青年には、日本に帰る方法はないと言われた。

 一方通行で、異世界に来るだけで、戻れないなんて……。


 言葉も通じない上、子供にも会えない!!

 辛い! 悲し過ぎるわ……!!



 せめてあちらの息子の様子が……少しでも分かれば……少しは慰めにもなるかも知れないのに……ちゃんと幸せになれたのかしら?


 諦めきれない……。


 結局私は銀髪の青年の天幕前に向かい、不思議なクラゲ様と会えるかどうか、お願いをして来た。

 彼は忙しそうにしてらしたけど、希望は叶い、自分達が借りている天幕に来ていただいた。



「クラゲ様、お呼びだてして申し訳ありません。人ではない神聖な存在とお聞きして、どうにか異世界にいる息子の様子が分かる方法はありませんでしょうか? あ、日本語は通じますか?」



『言葉はわかるよー』


「よかった! それで私の息子は……」

「おい、早苗、無茶を言うなよ」

「だって! 諦めきれないのよ!」


『……聞いて後悔しない?』  



 ゆらゆらと宙に浮かぶクラゲ様はかわいらしい姿をしているけれど……

 なにか不吉な予感がした……。



「は、はい……私は親として、知らねば……」


 震える拳を握りこみ、私は天幕の中で正座して、言葉を待った。



『立木宗雄、日本人。

 両親は子供の頃に日本から姿を消したため、彼は16歳まで孤児院で育てられた。

 17歳で自治体の援助でアパートを借り、一人暮らしをし、高校を卒業後は会社員となったが、仕事の量が多すぎて、会社の帰りに自宅のアパート玄関前で過労死した。』


 端的に語られた息子の人生は、散々だった……ブラック企業で……過労死?


 目の前が、真っ暗になった……。

 涙が止まらない。


「クラゲ様……せめて息子の……宗雄の魂は天国で安らかに眠っているでしょうか?」


 夫も泣いていた。


『ううん、天国にはいない』

「えっ!? なにか悪いことをして地獄にでも!?」


 夫は驚愕しつつも、聞かずにはいられなかったようだ。


『ちがうよー』 


「ではまさか、無念のあまりに地縛霊に……?」


 夫は言葉を続けた。


『ムネオの魂は既にこっちの世界に転生してるよー』

「え!? こっちって、この、今私達がいるここですか!?」


『そうだよー』

「あ、会えますか? とても遠い地にいますか? せめてこの戦争が終わったら……会いに行きたいです」


『もう、違う人間の子として、成人してる。君達の血は一滴も流れてないし、見た目も全く違うけど、それでも……会いたいの?』


「「はい!! せめて、生まれ変わりでも!!」」


 私と夫の言葉は重なった。


『もう、会ってるよー』

「え?」



『ところでそのノート、こちらの言葉を日本語の発音にして親切に書いてくれたの誰?』



「えっと、銀髪の綺麗な男の人……あ、あら?

 お名前は聞いてたかしら?」

「あれ!? そう言えば、あの親切なイケメンの名前聞いてなかった!」


『彼の名前はネオ、今の爵位は伯爵。元はジョーベルトって言うのだけど、侯爵家の貴族の三男なのに魔力がないと言う理由で実家から追放され、隣国のツェーザルロに来て、新しくネオと言う名でやりなおしてる』


「伯爵のネオ様?」


『偽名とかつける時はね、呼ばれ慣れてるものをもじったものを使うことが多いよね。咄嗟に呼ばれた時に反応できるように……かつて彼はムネオと呼ばれていたから、頭文字を一文字取って、ネオと自ら名乗ることにしたんだ……』


「「!!」」


『なんでこの忙しい時に、みず知らずの異世界人がそんなに親切にしてくれたと思う? 彼には君達が両親だと分かっていたんだ』



「あ、あの銀髪の青年が……息子の、宗雄の生まれ変わりなんですか?」


 まだ、涙は止まらなかったけど、暗闇から、光が差してきたかのようだった……。


「早苗、俺達、クラゲ様に立木の苗字はまだ名乗って無かったよな? 何故か知ってるなら、やっぱり、真実では……!?」



『ぼくがこんな嘘をつくメリットはないよねー』


「確かに!! 俺達は不思議な巡りあわせで、既に出会えていたのか!」

「な、なんで息子は覚えていたのに言ってくれないんでしょうか?」


『氷漬けから復活して混乱したままの君達にいきなり姿も全く違うのに、息子です! て言って信じて貰えなかったらめちゃくちゃ傷つくし、さらに混乱させるだけだと思ったんだよー』 


「た、確かに、不思議なクラゲ様の存在が無ければ、にわかには信じられなかったかもしれません……。

と、ところで、亡命しただけで実家を追放された彼が伯爵になれたのは不思議なんですが、自国の情報を売ったりしたんでしょうか?」


 夫はバカ正直に疑問をぶつけた。


『彼はザカロス国のことは好きじゃないけど、自分の持てるスキルで人助けをして、ツェーザルロ国からまっとうに評価されて、上に上がっただけだよー』


「人助けで! よかった……まっとうに優しい子で……!」


 夫は借りた布で顔を覆った。


 私は、銀髪の彼の……私達を見つめるあの表情が、何故か泣きそうだったのを……今さらながら思いだした……。



「宗雄っ!!」



 私は天幕の床に突っ伏して泣いた。

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