第119話 迷い人。

「ふう、私はこのへんまでですわね、燃やしてしまう訳にはいきませんし……」


 2人の協力のおかげで、だんだん両親を覆う氷が溶けて来た。


「はい! あとは私におまかせ下さい!!」


 残りは聖女が請け負った。


「ネオ、そろそろ敷物とか用意した方がいいよね」

「あ、ああ……俺がだすよ」



 俺はユージーンの声にやっと反応し、魔法の布の中から敷物を用意し、地面に敷いた。

 氷漬けだった二人を、横たえることができるように。


 そうして俺は黒髪ウィッグを外し、スカートを脱いで女装もやめた。スカートの下は寒さ対策のズボンを履いていたので男の俺の着替えは難しくなかった。


 しばらくしてレベッカの炎と聖女の力によって、氷が溶かされてき……そしてついに……そっと横たえた二人が目を覚ました。



『あれ? 俺達何してたんだっけ? あなた達は……?』

『あなた……ここ、どこだった? 洞窟? なんでこんなところに……』


 もはや懐かしい日本語……。

 そして俺が誰か分からない二人は混乱の中、呆然としていた。


 ……そうだ、分かるはずなかった……今の俺の姿は、まるで知らない異世界の銀髪男。


 彼らの知るムネオは日本の小さな男の子……。

 俺が息子ですと名乗ったところで、あちらの俺は過労死してるし……。意味が……ない。

 混乱させるだけだ……。



「えーと、迷い人さんは何を言っているか、分かりませんね」


 迷い人の事を聞いたことのあるらしい聖女もこの展開には困った顔をした。



「初めて聞く言語ですわねぇ」

「ええ」


 レベッカ達も困惑している。


 どうやら前世の両親には異世界転移の言語サービスとかはついてないらしい……。


 他の人間も……他の迷い人も言葉がわからないなら、あっという間に路頭に迷いそうだな……。



『こんばんは、まずは落ち着いて下さい。日本のご夫婦』

『日本語!! あなたは俺の、俺達の言葉が分かるんですね!?』


『ええ、私にだけには言葉が分かります。そして残念ながら、ここはあなた達にとって異世界です。あなた方はどういう訳か、アイスドラゴンの巣穴に入りこみ、凍った状態でしたが、さっき解凍されました』


『ええっ!? 異世界!?』


 驚くお父さん。


『そ、そう言えば、夫の知人が入院したと言うので、荷物を届ける為に近道しようと竹林を通ったら……変な音がして、気がつくと森の中で……雨風しのげる場所を探して、洞窟に入ったんだった……ような』


 お母さんが、こうなった状況を伝えようと説明してくれたが……


『はっ! ムネオ! 息子が家で待ってるのに!! どうやって元の世界に帰ったらいいんでしょうか!?』


 父親が、ハッとしたように叫ぶ。


『あなた方が氷漬けになって長らく時間が立ちました、息子さんは……おそらくあちらで成人したことでしょう』


『ええっ!? じゃ、じゃあ、あの子、私達に捨てられたと思ったんじゃないかしら!?』


 取り乱して泣き出すお母さん……。


『そもそも一人で置いて来てしまった! ちゃんと生きてるんだろうか!?』


 父も、今さら事の重大さをひしひしと感じているようだ。


『近所の人は存在したと思いますから……後は孤児院にでも入って、生きたでしょう』


 俺は事実を口にした。


『ああっ!! なんてことかしら! ムネオ!!

私の子が!!』


 ━━もう、いい。

 2人が、俺を捨てたわけじゃないことが、わかったから……。それだけで……。

 俺は、泣きそうになるのを必死で堪え、上を向いた。

 上は洞窟の天井だったけど。



『これは……勘なんですが、お子さんは生きて……成人するまではいったと思いますよ。日本は治安が悪くない国でしたし』


 なぐさめを口にする。まるで他人のように。

 いや、本当に今は他人なのだ……。


『それでも……どんだけ心細い思いをさせてしまったか……なんで、俺はただ、近道しようと竹林を通っただけなのに』


 竹林にどんなトラップがあったと言うのか……。

 変な音がしたとか、まるで神隠し……。


 でも、とにかく混乱してる二人に、息子さんはわざわざ過労死しましたなんて伝える必要はないな……。


「ねえ、さっきから、ムネオって単語だけ聞こえるけど……」

 ユージーンが俺に問う。


「ユージーン、今の俺は無関係な異世界人でしかないし、混乱させたくなくて、大事なところは伏せてある」

「え!? それでいいの!?」

「彼等の知る息子は小さな黒髪の男の子だ」

「ネオ……」


『とりあえず、日本のお二人はあちらに帰る方法が分かりませんので、こちらの言葉を少しずつでも覚えた方がいいでしょう、出来る限り、俺がお手伝いします』


『帰る方法が……分からない……』


 途方にくれて泣く母。


『あ、ありがとうございます、何故銀髪のあなただけ、日本語がわかるのですか?』


 なんとか気丈に振る舞う父。

 俺の側には眠そうに目をこするアルテちゃんがいた。


『俺は、前世で日本人だったので……』

『そうだったんですね……心強いです』


『まずはこの世界の事を簡単に説明したいところですが、彼女達も移動疲れがあり、もう寝る時間なので……続きは明日に』


「あっ!! だれかくるよ!」


 急にアルテちゃんが奥から気配を察知した。

 すると本当に洞窟の別れ道の奥からローブをかぶった人間の男性1人とドワーフが一人やってきた。

 ドワーフ!!


「おーい! あそこだ! 連絡のあった方達がいらした!」


 ロープを被った人が……洞窟の警備の人かな。


「あ、もしかして洞窟の警備の人ですか?」

「はい、皆様の寝床は向こうに用意してあります」



 ここはアリの巣のように、洞窟の道は分岐していたのだ。

 まるで人生には、いくつもの分岐点があるかのように……。

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