第110話 実家の不幸その2。

 〜ビニエス家次男、レックス視点〜


 俺はレックス・ディラー・ビニエス。

 ビニエス家の次男だ。

 最近、嫌なことばかり起こる。


 最初に弟が婚約破棄された後、自殺未遂事件を起こして追放された。

 弟は無能だったのでそれは別に良かったが、先日は兄が難病で亡くなった。




「がっ……ㇵッ」

「父上!?」

「あなた!?」


 急に父、オルガレリオが胸を押さえて吐血した。

 嫌な予感がする、まさか、兄のジュストと同じ病では? と。



「大変! 早く医者を!」


 母、オティーリエが素早く医者を呼んだが、無駄だった。


「残念ながら、旦那様の病も亡くなった御長男のジュスト様と同じくマギアストームです」



 嫌な予感ほど、的中するものだ。

 ベッドの上で、荒い息を繰り返す父を見て、青ざめてオロオロする母。

 見かねて、社交クラブで聞いた情報を漏らす。



「……一つだけ方法が、他国に治癒師が一人だけいるという噂を」


「レックス! すぐに呼び寄せてちょうだい! いえ、私が手紙を書くわ! どこの国かしら?」

「母上、隣国のツェーザルロです、元ジョーベルトの婚約者のファビオラ嬢が同じ病で治療を受けたとか」


「隣国!? ならうちも希望があるわね!? ああ〜〜っ、ジュストの時にその情報があればあの子も助かったかもしれないのに!」



 母の様子は、一筋の希望と悔しさとで複雑そうであった。



「ただ、あのネーリグ侯爵家は娘の治療を受けさせるのにかなりの対価を払ったとか」

「お金?」


「お金もでしょうが、魔法使いを派遣した他、あちらは交易、関税の類でツェーザルロをかなり優遇する羽目になったはずです」


「魔法使いくらい、うちの領地にも」

「うちの領地は火属性が多く、力の強い土属性はおりません。建物を作るのに長けている者を多く貸し出してるそうです」


「お金なら払うわ! とにかくあなたは一応ファビオラ嬢に詳しい話を聞いてちょうだい!」


「はい……」


 父と兄が同じ病にかかり、明日は我が身かもしれない恐怖に襲われ、俺はファビオラ嬢の屋敷へ向かった。

 しかし──屋敷に黒い旗が掲げられている。

 これは喪中を意味する。

 家の誰かが、亡くなった……。祖父母か?



「ファビオラお嬢様は、先日亡くなられました」

「え!?」


 確かに、黒い旗が屋敷に掲げられていて嫌な予感はしたのだが、まさかファビオラ嬢のことだったとは……。


 家令からはそれ以上、詳しい話は聞けなかった。

 だから買い物に出たメイドを捕まえ、裏路地に引っ張り込み、金を握らせて真実を聞き出した。



「せっかく治癒師も見つかったというのに、お嬢様は痛みを紛らわす為に使った薬の影響がまだ残ってらして、幻を見ておられたようです。

 バルコニーから、飛び降りてしまわれて……」


「バルコニーから!?」

「まるで誰かに手を引かれ、空を飛ぼうとしていたようだったと、警備の者が下から見たそうです……久しぶりに痛みから解放され、楽しそうに微笑んでらしたと」



 そう言ってメイドは己のエプロンで涙を拭いた。


 多額の金を支払い、利権をも優遇したのに結局死んだだと!?


「治癒師の名前は?」

「お嬢様はうわ言にように、ジョーベルト……とかおっしゃっておられたような……」

「それはファビオラ嬢が自ら婚約破棄し、亡くなった弟の名だ、他には?」


「ええと……旦那様とお嬢様との会話で、ネオ様と聞いたような気がします」



「ネオ……か」



 人を使って詳しく調べさせてみれば、母や亡くなった弟のジョーベルトと同じく、銀髪の美しい男らしい。



 嫌な予感がしてきた。

 どうしてファビオラは自分が振った男の名をうわ言で呼んでいたのだ?

 まだ未練があったなら、どうして……何故かわけの分からない冷や汗が噴き出す。



 ジョーベルトを追放する時、父は追っ手をかけていた。

 当家の騎の士に命令してるのを聞いたのだ。


 父が死ねば……兄ジュストも死んだので、家督は次男の俺が継げる。

 ほうっておけばいい……。



 ただ、俺も同じ病にならないとも限らないから、唯一の治癒師とはつなぎをとっておきたい……。

 でも、もし、ジョーベルトが生きていて隣国へ向かっていたとしたら……。


 俺は、俺達はジョーベルトに優しくなかった。

 自殺未遂をした時でさえ、罵って嘲って、追放し、追っ手までかけている……。

 俺は父上の部屋に向かった。


 まだ、意識はある。

 話してみるか。

 

「父上、マギアストームの唯一の治癒師がジョーベルトかもしれないようです。もし、そうだとしたらどうしますか? やつに謝罪を……しますか?」


 ベッドの上で荒い息を繰り返す父が、血走った目でこちらを見た。


「やつに……謝るだと?  冗談ではない、ワシはあんな軟弱者に、媚びぬ! それくらいなら……死を選ぶ!」


 流石父上、驚くべき矜持の高さだ……。


「まだ一応もう少し詳しく調べてみます」

「ああ……」


 ファビオラの家にスパイを送り込めば、詳しいことが分かるはずだと、そのとおりにしたが……

 嫌な予感は、当たっていた。


「父上、残念なお知らせです。唯一のマギアストームの治療師はかつてジョーベルトだった、ネオと名乗る、弟……でした」


「ジョーベルト!! よりによってあやつが!! 何故!? う……っ!!」

「父上! やはり許しを乞うて治療を!」

「ならぬ! それだけはっ!! ……ぐっ!!」



 父は今も胸を押さえて苦しみ、体中の血管が浮き出ていて、恐ろしい形相だ。



「しかし、もう痛みに効く薬もないのでしょう!?」

「ガハ……ッ」


 父が盛大に吐血した!


「医者を!!」

「はい!」


 俺は壁際に控えているメイドに叫んだが、父は枕の下に隠していた短剣を手にし、


「ワシは媚びぬ!」



 そう言って、己の腹を刺して自害した。

 父の血が……寝台を赤く染めていく……。


 ジョーベルトには自殺するなど女々しいとなじっていたが、結局自分も痛みに耐えかねたのか……錯乱したのか……とにかく、当主たる父は自害した。


 だからこれからは、俺が当主だ。

 なのに、何故こんなに惨めな気分なんだ……。


 漠然とした不安が己を包み、この屋敷は重苦しい空気に包まれていた……。


 目の前には、赤い色。

 目を閉じても、まだ、こびりつくような……血の色に、覆われているかのようだった。

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