第101話 ひときわ輝く冬の星のように
いよいよ冬の星の祭りの時が来た。
本来なら社交も控えめになるはずの冬だが、星祭りの日は人が集まる。
しかも第一王子の立太子のお祝いが重なっている為、貴族達は頑張ってお祝いに駆けつけるし、なんなら他国からもお祝いにやって来る。
俺は特別に仮面着用を許され、ニコレットをエスコートし、王城の庭園に入場する。
レベッカは兄にエスコートを頼み、エマは父親だ。
そして聖女はなんと王弟殿下がエスコートしてる。
王弟殿下の庇護下にあると見せた方が安全だから、あちらから申し出が来た時は正直ほっとした。
ちなみにユージーンは今回は隣国からも人が来るので、なるべく目立たないところにいると言って、兜つきの鎧姿で護衛の任についている。
俺のエスコートするニコレットは、会場内でホットワインを手にし、白い息を吐きながら口を開いた。
「地上も夜空の星も綺麗ですわね」
「寒くはないかな?」
「毛皮のコートと火の魔石があるから大丈夫ですわ」
真冬とはいえ、星を見る祭りなので今は外だ。
華やかな王場の庭園は魔法の灯りで本当に綺麗で、地上には魔法の灯り、そして天上には冬の星と雅な音色を奏でる楽士達で、実にファンタジックな夜。
沢山の貴族が着飾って集まっている。
皆がしばらく星を堪能したら、後で暖かい城の中のダンスホールに移動する流れらしい。
確かにずっと寒いところにいると風邪をひきかねないからな。
しばらくして王と王妃、そして殿下が辺境伯たる王弟殿下とその令息が入場してきた。
皆が、頭を下げて祝福の挨拶を贈る。
俺はしばらく王のスピーチを校長先生のお話のように聞き流していた。
「私の息子が無事に試練を乗り越えて帰還した。これより第一王子を王太子と定める」
王が誇らしげにそう語ると、会場からは割れんばかりの拍手!!
そして我々は王太子殿下と王弟殿下の令息の無事の帰還を祝って乾杯をした。
「今宵は聖女も駆けつけてくれた、誠に喜ばしい」
「恐れ入ります」
聖女リーディアは王に恭しく頭を下げた。
我々はしばらく星を眺めた後でひとまずファーストダンスをニコレットと踊った。
2曲目はレベッカと踊るので、ダンスホールに移動した。
ここまでは問題はなかった。
「ジョーベルト?」
仮面をつけているにもかかわらず、この銀髪が目立つのかもしれない。
聞いた事がある声に思わず振り返ってしまった。
ファビオラだ!
ジョーベルトに婚約破棄を言い放ったあの、貴族令嬢!
わさわさした縦ロールの髪型で頬のこけ具合を隠したかったのかもしれないが、髪型と化粧ではごまかしきれないものがある。
冬なので、服装的には長袖や毛皮でだいぶ隠せると思ったのかもしれないが……かつての美貌が見る影もないほどにげっそりしてるが、やはりファビオラだと分かってしまう。
ジョーベルトは死んだのに、今更好きでもないはずなのに、この胸が疼く。
そんな半死人みたいな酷いなりで、よくわざわざ他国のパーティーまで来たものだ。
俺が聞こえなかったふりをして方向転換をするとレベッカが駆け寄って来た。
「ねえ、ジョーベルト! その銀髪、貴方なのでしょう!?」
ファビオラがなおも話しかけて来るから仕方なく振り向いてみれば、今さらすがるような目で見てくる。
お前が傷つけて自殺するほど追い詰めた男だろうが……。今さら声をかけるな。
「失礼、人違いでしょう。私の名はネオと言います」
「その声! やはりビニエス家のジョーベルトでしょう!」
ファビオラはまだ食い下がって俺の服の裾を掴んだ。
「人違いだと言っているではありませんか、私の婚約者に馴れ馴れしく絡まないでくださる?」
レベッカが軽蔑の眼差しと冷たい声で言い放ち、俺の服の裾を掴むファビオラの手を軽くではあったが、扇でパシリと叩く。
流石に慌てて手を引くファビオラ。
「ひ、人違いなら何故仮面でお顔を隠しておいでなの? 今夜は仮面舞踏会でもないのに……」
「私の婚約者は大切な国の宝ですの」
「……やはり、貴方が……マギアストームのただ一人の治療師なんですね?」
掲示板で見た情報は本当だったな、お前もあの病にかかったか。
そしてレベッカの国の宝発言でファビオラが確信を得てしまった。
情報を集めるのに長けたスパイでもいるのか、俺のことを……この女……。
いや、俺と言うより、マギアストームの治癒師を血眼で探していたんだな。
「さて、なんのことやら」
「私が愚かでした! どうか、許していただけませんか?」
今更都合よすぎる……。
「貴女、他国の貴賓と言えど恥知らずにも程がありましてよ? そもそもよくそんな今にも倒れそうな姿でこんな他国まで……」
「もう、私には貴方しか希望がないのです! 無理をして恥を偲んでここまでっ!」
ファビオラはついに足元から崩れ落ちた。
「嫌だわ、立っているのもやっとなら、早くお帰りになって、ご自分のお屋敷でゆっくり養生なさるといいですわ」
「レベッカ嬢! それでは助からないのは貴方もご存知でしょう!?」
「私のことまで……どこまでお調べになったのか存じませんが、そこまでの情報収集能力がおありなら、私の婚約者が貴方に今更慈悲をかける必要、義理などないのをご存知でしょう」
ファビオラが床に座り込んだまま、ギリっと唇を噛んだ。
「誰のせいで彼が……あそこまで傷ついたと思っておられますか?」
今度はニコレットが追い打ちをかけた。
「私の……せいです、ですから謝罪を」
「こんなおめでたい席になんですの? 恥ずかしい真似はおよしになって?」
今度はエマが登場した。
確かに王太子のお祝いに何の修羅場だよと、俺も思う。
「おいおい、穏やかじゃないな」
そこに現れたのはこの宴の主役ともいえる、王太子!
「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
俺達は揃って挨拶をした。
「まあ、それはいい。それより彼女は……今にも倒れそうではないか、部屋で休ませて医者を呼んでやろう」
「お待ちください、王太子殿下! 私はっ」
なおも言い募るファビオラに俺は、
「残念ながら……今一度だけ、私が貴方に温情を施したとて魔力嵐は一度で治る病ではなく、継続的な治療が必要なのです」
「……っ!!」
悲しい現実を告げた後に、
「それでも、一度だけでもとおっしゃるなら、このツェーザルロ国にどれほどつくせるか、誠意を見せてくださらないと……」
俺は王太子殿下に視線を送り、選択を委ねた。
ファビオラは海に面した領地の令嬢だ、せいぜい交易の関税関係とかで有利に持っていってくれ。
そうすれば条件次第で一度くらいは慈悲をかけてもいい。
それで、俺を受け入れてくれたこの国が有利になるのであれば……悪くはない。
かつての美しさが見る影もなくなくなった女は、確かに哀れだったから……。
「なるほどな」
王太子はニヤリとほほ笑み、離れた場所から見ている王も、お? みたいな表情だ。
「では、隣国の侯爵令嬢、別室で交渉といきましょうか」
「は……はい」
王太子にそこまで言われたらファビオラは従うしかなかった。
「ネオ様、良いのですか?」
ニコレットが問う。
「俺の力は……誰かを苦しめる為ではなく、救う為に授かったんだと思うから……」
「ネオ様……人が良すぎですわぁ……」
レベッカが呆れるようにため息を吐いた。
「俺の代わりに君達が色々言ってくれたから、俺はもう……気が済んでしまったよ」
特にレベッカは悪役令嬢ばりの迫力だったし、誰かが、あの可哀想なジョーベルトの為に怒ってくれたその事実で、女の一人くらいは許せる気分になれた。
とはいえ、実家のやつらは俺達に追手をかけたから謝っても許さないけど!
そして俺は会場の壁際に立つ、ユージーンを見た。
彼は全て見ていたと言うかのように、静かに頷いた。
鎧兜のせいで表情はよく見えなかったが、彼は高潔な俺の騎士だから、きっと分かってくれたのだろう……。
「今宵のネオ様は、あの冬の星のようにひときわ輝いていますわね」
レベッカがそう言って薔薇のように華やかにほほ笑み、ダンスホールへ俺を誘った。
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