第100話 実家の不幸
叙任式の宴では、夫人候補の三人と、一人ずつダンスを踊った。
そして聖女はなんと王弟殿下にダンスに誘われていた。
俺の脳内で「故郷の国から穢れを受けたとダンジョンに捨てられ追放された聖女ですが、他国の王弟殿下に何故か溺愛されています!」
というラノベタイトルが浮かびあがった。
いやはや、これから王太子のいる星祭りもあるし、どう転ぶか分からないけどな!
◆ ◆ ◆
騎士の叙任式の宴も終わり、三日も過ぎた頃、神殿から聖女の噂が広まったらしく、最近新たに雇用した執事が神殿からの書簡を届けに来た。
「リーディアは今どこかな?」
「猫……いえ、書庫でアルテと一緒にこの国の歴史の勉強をされているかと」
「ふむ」
俺は砦内の小さな書庫に向かった。
貯蔵数が対したことないので、あまり広くはない。
でもそこには長椅子やテーブルセットもあるから、恋愛小説を読みつつ茶を飲んだり、勉強をすることができる。
俺はノックをしてから書庫の扉を開けた。
窓辺のテーブルセットではリーディアとアルテが本とノートを開き、王弟殿下の城から先生役の文官を借りたので、彼女から授業を受けているのを見つけた。
眼鏡の女性文官だ。
「すまない、授業中に失礼する。リーディアに話があるんだ」
「どうぞ」
眼鏡文官先生はきりっとした顔で返事をし、眼鏡の位置を直した。
「リーディア、ツェーザルロの大神殿からよければ聖女の身柄を保護したいとの書簡が届いたのだが」
「私は……ネオ様のお側にいるとお邪魔でしょうか?」
リーディアが悲しそうな顔で俺を見ている。
「君が聖女として多くの者に希望と救い象徴のように崇められるとしたら神殿に行く方がいいかなとは思うが……」
「が?」
俺の言葉の先を促す聖女。
「正直、これから三人も夫人を迎えるため、砦内にも治癒魔法を使える人を一人くらいは確保したいと思っていたから、私としてはこちらに留まって欲しいと思っている」
「では、私はここにいても良いのですね!?」
「ああ、君にも継続的な治癒は必要だから」
本人が神殿よりコチラの方がいいなら、ここでよかろう。
「私、神殿では清貧を貫くものと言われ、着るものは最低限でも構わないのですが、具の少ないスープと硬いパンだけで、生きる喜びがなかったのです。こちらは食事が美味しくて更に猫ちゃんもかわいくて最高なのです!」
「そ、そうなのか、食事は活力の源だし、アルテちゃんはかわいいからな」
「やったー! リーディアはずっとここにいるんだね!」
アルテちゃんも喜んでいる。
しかし飯と猫の魅力つえーな!!
「でも清貧をと言いつつ、他の聖女や大神官が肉やお酒を隠れて沢山たのしんでいたのを私は見たことありますし、あの大神官の大きなお腹は清貧とはほど遠いのです!」
あきらかに憤慨してる。
色々黒い部分のある神殿だったと見える。
「なるほど~あちらでは苦労してたんだな」
と、言うわけで神殿には聖女本人の希望を尊重してこちらに留めおくと返事をした。
そしてそれに対する神殿からの返事だが、1年に3回くらいの大きな行事の時だけでも聖女を借りたいと食い下がって来たので、それくらいなら本人が許可すればOKって事にしておいた。
その後、俺が欲しかった錬金術師の引き抜きも成功し、残りの挽き肉製造機やパスタマシーンやらの製作も進めて貰える事になってほくほくである。
そして、叙任式の食事の席の歓談で決まったことではあるが、ニコレット達とは王都で新居の家具選びをすることにした。
自分の住む部屋の調度品は本人に選ばせる方が無難だろうという結論に至ったのだ。
例のドラゴン騒ぎなどの埋め合わせデートに例の三人に一人ずつ日程を組み、王都で家具屋の買い物デートを三日連続したのだった。
ちなみに椅子やベッドなどのでかいものはまだ発注しただけで、現物はカーテンや壁に飾るタペストリーやか花瓶くらいしか買ってない。
◆ ◆ ◆
そして、本格的に木枯しの吹く冬となった。
星祭りを間近に控えたある日、掲示板でジョーベルトの実家の長男の訃報を目にした。
「隣国のビニ◯◯家の長男が魔力嵐の病にかかって、亡くなったらしい。しかも痛みに耐えかねて自殺……」
──と。
おやおやおや、魔力無しのジョーを迫害し、追手までをかけた実家に対して、裁きの神が動きだしたか?
でもあの家はまだ次男がいるからな。
まだ継げる男子は残ってる。
さて、どうなることやら。
◆◆◆ ビニエス家の不幸 ◆◆◆
──時は少し遡る。
ジョーベルトの実家、ビニエス家の長男は不意に襲い来た、マギアストームの病による苦痛の中にいた。
「いっ、痛い! 治癒師か薬はまだ見つからないのか!?」
長男は鼻と口から血を流しながらも激昂した。
青白い顔で充血した目は落ち窪み、ぎょろりとしていた。
かつては綺麗な顔立ちをしていたのに、わずか半月ほどで今は幽鬼のごとくにやつれている。
そして医師は青ざめた顔で口を開いた。
「我が国内には存在しないようですし、他国でも情報を集めておりますが、なかなか……」
「俺は、早くこの痛みと苦しみから、逃れたいんだ! もう限界なんだよ!!」
「かつてのジョーベルト様の婚約者のファビオラ嬢も同じ病で苦しんでおられるそうで、彼女は痛み止めについに麻薬を使い始めたそうです……しかしこれを使えば精神が崩壊し、いずれ廃人となります」
「……この状態で既に、胸や腹が痛くて狂いそうなんだよ!」
「どうか、落ちついてください、神に祈りましょう」
「ちくちょう! 医者が神頼みだと!? つまり、もう積みってことじゃないか! ……どうしてこんな事に……」
ふと、かつて弟のジョーベルトにした冷たい仕打ちの数々が長男の脳裏によぎったが、すぐに痛みでのたうち回る。
そしてついに長男はベッドサイドのテーブルに置いてあるワインの瓶を手にし、そのままそれをテーブルに打ち付けた。
割れた瓶はまだ長男の手にあり、赤いワインが絨毯に血のように広がる。
「坊ちゃま!」
「おしまいだ、もう……耐えられない……」
そう言って長男は割れたワイン瓶の尖った切り口を自らの頸動脈に向かって斬りつけた。
医者は、止める事が出来なかった。
絶望の縁にある者を、救える力も薬もなかったのだ。
すべてが終わってから、両親と家族が冷たくなった息子、あるいは兄の亡骸を見た。
「寝室で大騒ぎをしていると思ったら、軟弱者めが!
あの女のファビオラが先に病を発症してもまだ耐えて生きているというのに!」
「あなた、男は女より痛みに耐性がないと聞きますし、仕方がないかと……」
夫人が怒る夫を宥めようとするが、
「仕方がないで済むことか!?」
父親はあくまで冷徹だった。
「父上、まだ、次男の私がおりますので」
「そうだな、お前が我が家門を継ぐ事になる。これまで以上にしっかり勉強するように」
「はい……」
そう言う次男も、内心は不意に訪れる魔力嵐の病には怯えていた。
そして翌朝には、ビニエス家には黒い旗がかかげられ、一家は黒い服に身を包み、しめやかに長男の葬儀を執り行った。
冷たい雨が、降る日の話であった。
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