第22話 生きる術

 俺がユージーンに最大の秘密を打ち明けた時、サァー……と、雨が降り出す音がした。



「婚約破棄の後、池に飛び込んだジョーはおそらくあの水の中で……死んだと思う」

「じゃあ……目の前にいる君は誰?」


 ユージーンはまっすぐ俺を見てる。


「赤の他人ではあるが、何故かよそで過労死した俺の魂が偶然ジョーの体に入ってしまったと思われる」

「……」


 そして静かに俺の告白を聞いている。



「俺は何も無理矢理この体を奪った訳じゃない、それは信じて欲しい」


「そもそも君が他人の体を奪う力なんかあるならもっといい条件の人を選ぶよね……わざわざ溺れかけてる人間とか……下手すれば乗っ取っても死んでしまう」



「信じてくれるのか、俺の話を」

「君が他人の体をわざわざ奪うような悪人なら、見知らぬ人に食べ物を分けたり、白銀の癒やしのオーラなんか持たないよね」



 悲しげではあるが、彼は微笑んでくれた。



「ユージーン……」

「違和感はあったんだよ、色々と。ジョーは恥ずかしがり屋で金貨を貰えると言っても人前で歌を歌うような性格じゃないし、記憶がないと言いつつ見知らぬ調味料に固執してるし」



 う、やはりか。

 見知らぬ調味料にこだわるのは確かにおかしいもんな。

 


「やはり、少しは変だと思っていたんだな」

「ネオのホントの名前は何? どこの国の人?」



「本名は立木宗雄で日本人。実はこの世の者ではなく、異世界から来た平民。

両親は子供の頃に蒸発し、16歳まで施設で育てられ、学校卒業後は連日多忙な仕事についたが、その帰りに自宅の玄関前で過労で死んだ」



 おかしなことを言っているが、悪魔憑きとかではないから異端審問官に突き出すのはやめてほしいと思いつつも、俺はユージーンにもう何も嘘をつきたくなかった。



「い、異世界から!? どうやって!?」

「俺にもわからない。なんで死後、あの世でもなくこんな知らない世界に迷い込んだのか」

「そうか、やはりジョーは完全にこの世に嫌気が差していたんだな」


「気の毒なことだったと思う」


「お互い様だよね、気の毒なのは……でも、君がその体に入ってくれたおかげでジョーの心の臓はまだ動いてくれてる、それは、僕にとって慰めになるよ」


 ユージーンの瞳が揺れていた。

 泣くのを、堪えているのかもしれなかった。



「そうなのか」


「ムネオ……いや、今はネオでいいのか。ネオには彼の分まで美味しいものを食べたり、幸せになってほしいと思うよ」



 ユージーンはどこかに消えたジョーの魂を探すかのように窓の外に視線を向けてそう言ったが、細い雨のカーテンがその行方を隠すように降っている。


 しかし、ユージーンは本当にいいやつだなぁ。

 この想いがジョーの魂に届くといいんだが。



「では、かつて一緒にすごした記憶がないどころかこんな中身がまるっきり別人だった俺だけど、これからも側にいてくれるのか、それとも自分の人生を生きる為にお別れするか、ユージーンには選択肢があるよ」


「迷惑でなければ、君がその体で幸せになるのを見届けたいんだ。僕らはもはやあのビニエスの屋敷を出て運命を共にしてるわけだし」


「ありがとう、見捨てないでいてくれて」

「むしろ今は僕のほうがお荷物感があるけど」


「そんなことはない。俺が貴族に、子爵になったら騎士を持てるんだ。ユージーンには騎士になりたいとかいう願いはないのかな? 騎士の息子だし、剣も使えるなら、騎士爵もらうのもよくないか?」

「騎士か……試験があるだろうけど、君が望むなら騎士になるよ」



 え!? まさかの俺次第!?



「いや、なりたくないなら俺は別に、ちゃんとユージーンのやりたい仕事をしてくれ。騎士は命がけの仕事だろうし、ある意味使用人よりキツイかもしれない」


 俺が使用人を別個に雇えば今までのように雑用しなきゃいけないとかは減るだろうけど。



「そうだなぁ、これからは騎士になった方が君の側にいやすいかもしれないし、騎士になるよ」

「そ、そんなノリで決めて大丈夫か?」

「一応騎士職にあこがれはあったんだよ」

「ならなんで騎士にならなかったんだ?」


「見習い騎士になる為に宿舎に行けば訓練中は側にいられないし、ジョーはあの屋敷で孤独だったから」



「な、なんて友達思いのやつなんだ」

「でも、今は親切にしてくれる味方も出来たし孤独ではないだろうから、しばらく僕が離れてても大丈夫だよね?」

「ああ、大丈夫だ」


「あ、それとその前に、王弟殿下に僕らは商人のフリしてこの国に潜り込んだのを許しを請わないと」


 はっ!!


「あーそういやそうだった。実家の者に命を狙われて亡命しましたって白状しよう。多分今なら許される」



 俺はかつて孤児だった為、学生時代にも他の人のように両親の支援はなく、不利な状況でも生き延びる為にこのようにあざとく生きるしかなかったんだ。

 しかし、こんな俺でも今度は特別なスキルがあって、誰かの役に立てるのは本当に嬉しいと思う。



「あ、ネオ、いつのまにか雨が上がってるね」



 どうやら通り雨だったようだ。



「そうだな、明日……良ければ海で泳いだりして遊ぼうか、せっかく海の側にいるうちに」


 水着はないから短パンか何かで。


「そうだね、悪くないかも」





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