2008/2/12
「
白々とした照明が黒い背景に点々と並んでいる。
深夜の運動場のような、広く、それでも閉じた空気が充満する空間だった。
蛍光灯の白い光と温度の感じられない空気。右手に囲むように弧を描いた壁。
いつだったか闇に怪物を想起しながら、暗くなった通学路を歩いていた時のことを思い出す。
その時の道をそのまま拡大したような空間。
叫んで壁沿いに走り出す。
何かを振り切ろうと全力で走り、出来る限り声量が続くように叫んだ。
振り切りたいのは自らの情緒であり、恐怖心だった。
ただ叫び、ただ走りつづける。
その空間から逃れる事は出来た。
呑まれるような夜は薄くなり、それにあわせて叫び声も弱くなる。
声も速度も完全に費えたときには、青い朝靄のかかる海辺に居た。
船も人影もない。色の薄いコンクリートで出来た桟橋、四角い小屋の横に網やガラス浮が捨てられていた。古い漁場かもしれない。
潮の匂いがしない、波も打ち寄せない、凪いだ濁った海。
日の出を見届ける前に太陽は昇ってしまっていた。
それからの空と海面と地面と壁は、白褐色に、今思えばまるで古いケント紙に描かれたペン画ように濁っていた。
コントラストに乏しい。反射する日光が物体を蜃気楼のように見せる。
視覚以外の感覚が働かないまま、目の前にある小屋にゆっくりと近づく。
左右の壁は全面棚で、びっしりと並んだ木箱には、
様々なぬいぐるみがまるで漁獲されたかのように、ぞんざいに詰められていた。
今もある紫の狐も、捨てた長い大蛇も、まだ触れたことのないエイズウイルスも。
他のぬいぐるみに押されて潰れ、私は死体置場みたいだと思った。
」
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