灰かぶり姫
洞貝 渉
灰かぶり姫
かわいい、かわいい、私のシンデレラ。
柔らかな日差しの中、衣服と顔を真っ黒にしたわたしを、日差しよりもずっとずっと柔らかな眼差しでおかあさまが見つめている。
わたしはエラよ、おかあさま。
いいえ、今のあなたは
わたしはおかあさまに見つめられて、くすぐったくてクスクスと笑ってしまった。
おかあさまの後ろに控えていた女中が腰に手を当てて怖い顔をする。
あのね、おかあさま。お庭の白い小鳥が、お腹をすかせていたのよ。だから、わたし、古びた豆が落ちてないか探していたの。白い小鳥に食べさせてあげるために。
あら、優しいのね。でも、残念。私のかわいいエラはどこかにいってしまったみたい。ねえ、エラがどこか知らないかしら、灰かぶり姫さん?
エラならここにいるわ、わたしがエラだもの。
いいえ、あなたはシンデレラ。私のエラはそんなに灰まみれじゃないわ。
わたし、エラだもん。
あら、エラなの? でも、エラはそんなに灰まみれじゃないの。
……ごめんなさい、おかあさま。
よろしい。体を清潔にして、着替えていらっしゃい。そうしたら、今日のおやつはあなたの好きなハシバミのケーキにしましょうね。
わかったわ、おかあさま。おかあさま、だいすき!
「やあ、シンデレラ、ここにいたのか」
ハッとした。
すっかり冷めてしまったお茶の表面に、きらびやかなお菓子と、きれいな青い空がモノクロに映り込んでいるのを確認すると、わたしは声の主に微笑みかける。
「あら、あなたなのね。わたしから会いに行こうと思っていた所だったのよ」
「それは嬉しいね」
金の靴にお行儀よく収まった両の足を地に付けて、わたしは椅子から立ち上がった。
テラスでちょっとだけお茶をするつもりだったのに、いつの間にこんなに時間が経ってしまっていたのか。
王子が冷めたお茶と手つかずのお菓子を見て尋ねてくる。
「何か考え事でもしていたのかい?」
「ええ、ちょっと昔のこと、おかあさまのことを思い出していたの」
王子はにっこりと笑うと、気遣うように優しく言葉を投げかけてきた。
「家族に会いたいのだね? 父親と、母親と、二人の姉に」
家族……? わたしは口の中で馴染まない単語を転がしてみた。王子は何か、勘違いをしているみたい。
「いいえ、わたしに姉はいませんし、おかあさまはずっと昔に亡くなっていますわ。父にもしばらく会っていませんが、きっと元気に暮らしていることでしょう。特別、会いたいとは思いません。ただ、懐かしんでいただけなのです」
王子はちょっと驚いたような様子を見せた後、やはり優しげにそうか、そうだねと言う。
金の靴を投げ出して、足裏で草の感触を楽しむ。
テラスでのお茶を切り上げた後、王子と共に城の中にある小さな森へ散歩に来ていた。
一歩目は足の指から慎重に地を撫で、二歩目は踵から大胆に草の上を踏みしめる。両の目をいっぱいに見開いて美しい森を全身で感じ、まるで幼子に返ったような心持ちになった。
あのね、いつまでも神さまを信じて、すなおな心でいるんですよ。そうすれば、神さまは、いつもおまえのそばについていてくださるからね。おかあさんもおまえを天国から見まもっていて、おまえのそばをはなれませんよ。
おかあさまの言葉が頭の中を満たす。ああ、きっとそうなのね、おかあさま。わたしはすなおなこころでいるよう一生懸命にしてきました。すなおなこころが壊れないよう、すなおでいるために不必要なものは一切手放すようにして。
今もそうしています。
二人の姉が足の一部と両の目を失ったとき、どれだけ胸がすく思いだったか。悔しがり、がっかりするまま母の様子がどれだけ愉快で滑稽に思えたか。そのいずれにも無関心だった父にどれだけ失望したことか。
これら一切合切がわたしのすなおなこころには不必要なものだった。
だから、家を出る時に、捨てた。わたしの中で、父もまま母も二人の姉も、無かったことにした。
そうすることで、わたしはおかあさまの言いつけを守り、神さまとおかあさまに今も見守られているのだ。
城の中の森を駆ける。
王子の優しい眼差しを感じて心から愛おしく思いながら。わたしの頭をうっかり打ってしまわぬよう木々が気を遣ってそっと枝を高く掲げているのを嬉しく思いながら。
灰かぶり姫 洞貝 渉 @horagai
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