第40話
「誰かに見られたか」
「いえ、大丈夫かと…こちらです」
布を頭から被って誰だかわからない姿にした男が、随行する数名の者とともに、
案内する者の後について行く。
「例の件はどうなった」
「現在大丈夫です、半ば完成の状態でご用意しております。」
布を被った男は立ち止まって声を荒らげた。
「現在大丈夫だと?大丈夫なのが現在だけでは困る!
それでなくとも同じ建物の中に居るのだ!もし露見したらどうするつもりなのだ!」
「声が高いです、お静かに」案内の者も立ち止まって言う。
「作成しているものについては、建物内部ではなく、別の場所となっております。
今からご案内しますのは、その場所です。そのままお静かについてきてください。」
男が少し落ち着いたので、案内の者は再度歩を進めた。
男がその後から続いたが、布が落ちそうになり被り直した。被り直すとき、ちらと金髪が見えた。
一行は隠し階段から地下道を進んだ。案内の者が松明を持って先導している。
「あまり席を外すとまたうるさく聞いてくるやつがいるんだ」
布を被った男は少し神経が高ぶっているようで、静かにと言われたのにもかかわらず、文句を言いながらついてくる。
「しかしながら、そちら側のご依頼により行っていることでありますので。」
案内の者は、少し会話をせぬとずっと小さくもない声で話しながらついてこられるような危惧があり、渋りながら答えを返した。
「そのための報酬は渡しておるだろう!」男が声を高めてしまったので案内の者が手振りで静かにと伝えた。
「確かに。
そのため、特に入り口で拒絶するなどという問題はおこらず、砦内部にすぐに入ることができたはずです。」
地下道が登りになり、やがて開けた場所に出た。
それは広い洞窟だった。
壁に松明をはめ込んで灯りにしている。
洞窟の中には何やら巨大な器具が設置されていた。
「これがそうか」
「さようです。まだ未完成ですが、完成したら炎を放出するようになっております。」もう声をひそめる必要が無くなったか、普通に話している。
洞窟の壁際には、もう一つ巨大なものが設置されていた。木の枠組みと布地で作られており、何やら恐ろしげな姿をしている。
「これが魔王か。ふん…魔王に見えるかな」
「遠方から霧の中で姿を見ると、それなりに見えるかと存じます。」
「しかし木や布地ばかりで作られていると、何だかあからさまに偽物らしく見えるな。」
「そこは、まだ職人がこの上に細工を施しますので。
木や布で作られていないと、火であまり燃えず、燃え残ってしまうとその方がまずいのでは。
大事なのは、あまり近くによって来られると、偽物だと見破られてしまう可能性が出てきます。
ことを成功に導きたいのであれば、そちらを注意していただきたいです」
「その点であれば問題なかろう」布を被った男は言う。
「あやつらは基本的に遠距離攻撃しかしないからな。
これを見破れる距離まで近寄って、
攻撃などしてこないのだ。
臆病者なのだ。呪われるなどと思っている。」
「そこでそちら様が、この炎の魔法でもって、この魔王を倒すという筋書きですな。」
案内の者は、器具の方を指しながら、念をおすように話す。
「そうだとも」男は胸をはる。
「いるはずのない魔王と魔王軍の噂を煽って中央から兵を出させたのはこのためだ。
偽物の魔王をこの私が倒し、私の正当なる価値を世に知らしめるためだ。
なにもあの身分下の者がこのまま偉そうにしているのを、ただ指をくわえて見るつもりはない。
手柄も栄誉も、この私がもらいうける。
命を受けないであろう地域から徴兵させるという嫌がらせは、なぜか頓挫したようだがな。
まあ問題はない。この件が成功すればな。
あやつの地位もこちらがいただく。
いずれはこちらにという話はあるが、早い方がいい。こちらも長く待ちぼうけるのは嫌だからな。」
案内の者はいくつかの注意点を話した。
いわく、この洞窟は、平原に面した場所に狭い出入口があるが、
外側からみてわかりづらいようになっている。
偵察隊が行き来しても、発見はされないであろう。
出入り口が狭いため、器具や魔王は、完成させた大きさでは、外へ運び出すことができない。
そのため、どちらも分解し、組み立て可能なつくりとなっている。
実行時には、組み立てする場所が外側となるため、
砦側からその作業が見えないように、天幕などをはって隠すようにしてほしいと。
また、組み立て作業中、砦の上から見た場合だが、
この洞窟とその周辺は高所となっており、砦の上からは見えにくい場所となっているため、大丈夫だということだった。
そもそも砦から脱出したあと、敵から発見されないため、
砦の上から見づらかったり、外からわかりづらかったりする場所が選ばれて抜け道の出口とされていたのだが、
相手が外部の者であるためか、さすがにそこまでは金を貰っていても案内の者は説明しなかった。
「天幕などは、炎魔法を使うのに祈りを捧げるため、儀式に必要なのだと、適当にもっともらしいことを言ってください。
器具の方だけだと、見つかっても、炎魔法を射出するため造らせているものだと言い訳すれば、さほどの問題はないです。
ただ魔王の偽物については、組み立てが完成して実行するまでの間に見つかってしまうと面倒なことになるので、
その間、見られないようによくよく気をつけてください。
全ての計画が泡となりますゆえ。
また、不要な場合は、この場所にもあまり立ち寄られない方がよろしいかと」
「うむ…」
ひと通り策謀についての現状の説明が終わったところで、案内の者がいう。
「ところで、お話しておりました、ご紹介したい者がこちらにおります」
フードを被った小柄な男が説明につれて前に出てきた。
「この者は魔道士であります。失われつつある魔法の復活を試みているということです。」
「うむ、それが本当に可能であるならば、協力は惜しまぬ」
小柄な男は、現在の魔法がほぼ使えない状況は、女神とやらに祈りが届いておらぬか、あるいはすでにその女神がもう居ない状態なのだという話をした。
「きちんと祈りを捧げるべきなのは魔神であります」男は頭をさげる。
「女神ではなく、魔神の方へ祈りや敬意は捧げられるべきなのです。」
魔道士が言うには、魔神を呼び出すために、とある術式が必要であると。
術式の芯にはこれを用いますと懐からあるものを出した。
それは木の葉をかたどって何かの骨を彫刻して作られた、古びたネックレスだった。
「これは歌う巫女の片方の持ち物で、苦労して手に入れたものなのです。
これを用いて、魔神を呼ぶ術式を行います。」
よくわからない話ではあったようだったが、布を被った男は元のように魔法を使えるようになるならと、協力を約束したのであった。
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