第9話
本隊が出立したので、三名は兵舎として使っていた建物を出て、先程目星をつけていた井戸で水を汲んでそれぞれの革袋に詰めて歩き出した。
建物の近くには薬草のある場所はなく、もっと奥地の山際の方だったため、水以外の身の回りの品なども再度確認して山の方へ向かい進んでいる。
歩いて行きながら、誰ともなくお互いに自己紹介をするようになった。
農具の槍を持つ、ヒョロっと背の高い茶目茶髪の青年は、名をヤトルといった。
年の頃は23だが、もうすでに若いかわいらしい奥さんと幼い子供が2人いるらしい。
鍋を兜にしている、焦げ茶色の目と髪を持つ丸顔の青年は、26才で名をクガヤといった。まだ独身だ。
商家の三男で家は継がない立場とのことらしい。
軍の経験をつんで男をあげたかった、と話した。
残り二人には、よくわからない話だったが、箔をつけたいらしいというのだけはわかった。
黒髪の青年は、自分の本当の名は知らないけど、共に暮らしていたおじいさんには、サタヴァと名付けられたと話した。
自分のおじいさんなら、つけてくれた名が本当の名なんじゃないんですか、と聞かれると、
実のおじいさんとは違い、自分を拾い育ててくれた人だ、
生まれたときの名は拾われたとき小さかったらしくもう覚えていない、と話した。
本当の年齢も知らないとも。
話が重かったらしく一瞬しんとなってしまった。サタヴァは急いで話題を切り替えた。
「ところでこの地図とやらはどう見るんだ」
「地図見たことないんですかあ?
僕は字は読めないんだけど、絵でだいたいわかりますよ。
うちの村の境界に立て札あってどこに誰の畑があるとか、川があるとか、町はこっちだとか、簡単な地図がかいてあったから、たぶん見方は少しはわかりますよ〜。
…あれ?畑とかの絵がないなあ…
これ、山なんかな?なんに見えます?」
「二人ともなんか情けない!
地図に字や記号が書いてあったらそれを参考にするんですよ。
北の方向を上にして見るんですよ!」
クガヤは家が商人で商売に役立つと勉強をさせてもらえたらしく、文字などは読めるようである。
「あれ?にじんでてはっきり何がかいてあるかよく見えないなあ。
…これどちらが上というか北になるんかなあ。」
地図を回転させながらブツブツ言っている。
「勉強してて字とか読めても結果よくわからないんですかね、それも困りますよねえ。」
クガヤがいまの言葉に対し気を悪くしないかと、サタヴァはちらっとその丸顔をみたが、
クガヤの方は地図に集中しており、光にかざしてにじんでいるところを判別しようとしているところで、幸いなことに会話を聞いていないようだった。
「字が読めるのは役に立つし、本人頑張って勉強しただろうから、あんまりそういうこと言わない方がいいと思うぞ。」
サタヴァは小声でヤトルに忠告した。
「今、向こうから先に、お前ら字が読めないとか情けないとか言ってきてたじゃないですか」
「最初から喧嘩になっても困るだろ?」ここまで小声で会話している。
話を切り替えようと少し声の大きさを普通に戻して続ける。
「俺はおじいさんから字は習ったはずなんだが、このあたりの字は読めないようだ。どうも種類が違うように思う。」また続けて言った。
「これまでは、違う言葉があるときでも、その意味を教えてくれる奴がいたんだが、現在同行してないんでわからん。」
「あ、字とか勉強してたんですね。ここの字が読めなくってもすごいじゃないですか。
僕はどこの字も読めないですよ〜。
畑仕事にはそもそも関係ないですから。そんな勉強とかする暇なんか全くなかったし。
違う言葉の意味を教えてくれる人とか便利ですよね。この辺で会えたらいいんですけどね。」
話を聞くとヤトルの村では字が読める者はほとんどいないらしい。
「おふれとか出たときは、掲示板とかに貼られている、字が書いてあるものを見ると思うんだが、読める者がいない時はどうするんだ?」
「その時は町まで歩いて行って、お役人さんに中身を読んで教えて貰うんですよ。
無料でしてくれます、あの人たちそのへんもお仕事なんですから。
行き帰りの時間はかかるんですけどね。」
ヤトルが話しているうちにクガヤが上にかざしていた地図をおろした。
どうやら字や記号を判別するのは諦めたようだった。
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