第14話 楽しいお部屋選び 2

 足元は動かないが、周囲がグルグル回ると目が回る。


「ちょっ……待って、待って家っ」


 真っ先に悲鳴を上げたのはアニカだ。


 アニカは三半規管が弱い。


 乗り物酔いもしやすいタイプだ。


 だから転移魔法陣も得意ではなくて、すぐに酔って気持ちが悪くなってしまう。


 そんな所も可愛い。


 今は自分で移動する分には平気になったが、他人の転移魔法陣で連れていかれるのはいまだ苦手らしい。


 そんなアニカに「ルドの転移なら平気」とか言われてしまったりしたらもう……。


 たまらねぇなぁって感じだか、オレはコミュ障なので必要最低限しか一緒に移動したことはない。


 一番長く一緒に転移魔法陣を使ったのは、地元から王都に出てきたときか。


 あの時は楽しかったなぁ――――


『アニカさま、私のことは、どうぞ気軽にライと呼んでください』


 家っ! オレの楽しい過去回想を遮るでないっ!


「あー……ライ? もうちょっと回転速度を下げてくれるかな?」


『はい、心得ましたアニカさま』


 家の言葉を合図にギュンギュン回って何が何やら分からない状態から、物の形がなんとか見えるくらいの回転速度に落ちていく。


「お家だぁ~」


 レイが何か知らんがキャッキャし始めた。


 ロボット生命体の動体視力をもってしても確認不可能な回転速度だったんかいっ。


『レイさま。これはお部屋ですよ』


「おへや?」


 唐突にロボット生命体への教育が始まったぞ。


『家とは人の住むための建物です。建物全体を家、その家の中を区切って作ったそれぞれその空間のことを部屋と呼びます。ですからこの屋敷の場合、家とはライのことになりますね』


『そうですよ、レイちゃん。お家は私です。お部屋というのは皆さんが寝る場所です』


「そうなんだー。なら、ワタシのお部屋はみちっぱただね?」


 違う~。みちっぱたは部屋じゃない~。


 教育成果でるどころか混乱を招きそう~。


「あ~、スピード落ちたら部屋の中が見えるようになったね」


 アニカが興味深げに現れては消える部屋の様子を眺めている。


『アニカさま。気になるお部屋があったら言ってください。アニカさまのお部屋も模様替えできますよ』


「そうなんだ~。どうしようかなぁ、今の部屋も気に入ってるし」


『ありがとうございます、アニカさま。嬉しいです』


 普通に会話してるけど、初めてだよね?


 今までは家の声を遮断してたから、アニカが一方的に要求だしたりしていただけだよね?


 アレ? オレの知らない間に意思疎通してた? くらい自然な会話が成立している。


「今までは私が命令するだけだったもんね。改めてよろしく、ライ」


『こちらこそ、よろしくお願いします。アニカさま』


 うん、やっぱり今までは会話なしだったようだ。


 アニカのコミュ力すげぇ。


 素晴らしい。好き。


 でもライとコミュニケーションとれてると思うとムカつくから、また会話できないようにしようかな。


 アニカは振り返るとコミュ力をレイに向けた。


「レイちゃんは、どんなお部屋がいいかな?」


「うんとね、うんとね……わかんない」


 アニカが次々と流れていく部屋を指さして聞くと、レイは首を傾げた。


「可愛いお部屋がいいかなぁ? レイちゃんみたいに可愛いお部屋」


「ワタシみたいに? レイちゃん、カワイイ?」


「うん、とっても可愛いよ」


 アニカの言葉に、レイが照れてモジモジしている。


 その間にも次から次へといろんなタイプの部屋が流れていった。


 家、少しは空気読んで部屋のサンプル出せよ。


 全部流していったら、決まるモノも決まらないだろ?


「そういえば、レイちゃんはウサギが好きなんだったけ?」


「うん。ウサギ、すき。ウサギのお家、カワイイ」


『こういうのかな?』


 シュルシュル流れていた部屋がトンッと止まった。


 そこに現れたのはウサギ小屋。


「あっ、ウサギだ! カワイイッ!」


 レイがぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。


 白いウサギも跳ねている。


 タミーさんの眉毛も跳ね上がる。


 ですよねぇ~。


 ウサギはカワイイですけど、ウサギ小屋を屋敷内に作るわけにもいかないですよねぇ~。


 現代ならともかく、魔法は使えても中世風の世界だから飼育セットとかありませんし。


 衛生面とか、臭いとか、難しい問題がいろいろとありますよねぇ~。


「あー、ダメダメ。それは部屋じゃなくて小屋だから」


 ウサギ小屋に飛び込んでいこうとするレイを、アニカが抱きしめるようにして止めた。

 

 アニカは腕の中にバタバタしているレイを閉じ込めたまま、天井を見上げて言った。


「ライ、ウサギのモチーフを使った部屋を出してみて」


『はい、承知しましたアニカさま』


 アニカの指示に従って、ライがウサギ模様を使った可愛い部屋をだし始めた。


「うわぁ……カワイイ」


 うんうん、レイの目がキラキラ輝いているよ。


 そうね、そういうことだよね。


 ウサギ小屋よりもウサギ模様を使った子供部屋の方が可愛いし、屋敷内にあっても安心安全。


 タミーさんもニッコリだ。


「ウサギ柄の白いレースのカーテンに、天蓋付きのベッドか。やるじゃない、ライ」


『ありがとうございます、アニカさま』


 褒められて家もまんざらではないようだ。


 ベッドの形がウサギの形だったり、窓枠の形がウサギだったり、壁一面がウサギ柄だったりとバラエティ豊かなラインナップでウサギモチーフの部屋が現れては消えた。


「えっとぉ……えっとぉ……」


 選択肢が多すぎてレイは戸惑っているようだ。


『どのお部屋も可愛くて素敵ですね、ライ。でも種類が多すぎてレイさまには決められないかもしれません』


『セツ、そうなのですか? でも部屋はひとつに決めなくても、日替わりで用意できますよ』


『あら、便利ですね』


『ふふ。なんといっても私は魔法の家ですから』


 以上、AIと魔法の家の会話をお届けしました。


 とかなんとか言っているうちに、レイの目が回り始めたようだ。


 ピンクと白の可愛らしい幼児体型ロボットが、フラフラしている。


「ああ、レイちゃんが目を回してるっ。幼児だから三半規管が弱いのかしら?」


 アニカが慌てているが、ロボット生命体にも三半規管があるのか?


 その辺はよくわからないな。


「それでしたら、今日はアニカさまが適当な部屋を決めて差し上げればよろしいのでは?」


 タミーさんが言う。


 ナイスアシストだ、タミーさん。

 

 さすがお手伝いさんだけのことはある。


「私の趣味で決めちゃうか……ライ、ちょっと止めて。ん~、この部屋はどうかな? レイちゃんは、この部屋好き?」


 アニカが選んだのは、白とピンクとウサギ柄でできた可愛らしい子供部屋だ。


 白い窓枠の上部にはウサギが飛び跳ねているような細工がついていて、白いレースのカーテンにもウサギが飛び跳ねている。


 壁紙は草木や花も描かれている白っぽいパステル調のもので、こちらは茶色っぽいウサギが跳ねている。


 ベッドは天蓋がついているけど普通の形をしている。


 柔らかそうな毛足の長い絨毯は淡いピンク色だ。


 所々に置かれている小物もウサギモチーフのもので、子供が乗って遊ぶタイプの木製おもちゃもウサギの形になっている。


「カワイイッ! レイちゃんスキ!」


「それはよかった」


 一応、部屋は決まったようだ。


 アニカは子供の扱いも上手いな。


 彼女と家庭を築いたらこんな感じの……。


 と想像したらボンッと火を吹いたように思考回路が焼き切れた。


「さぁさ、お部屋が決まったなら私はお食事の準備でもしましょうかね」


 タミーさんは終始ニコニコしている。


 なにげに強いなこの人。


 順応力たかっ。


「レイさまはお疲れでしょうから、少し昼寝なさったらいかがです? 起きたらどんな食べ物がお好きか、一緒に試してみましょうね」


「ん……ねる」


 レイは目元を丸みのある手を丸めてこすりながら、小さなベッドにゴロンと寝そべった。


 部屋の可愛さも相まって、まるでドールハウスみたいだ。


 オレたちは何となくウフフと笑いながらレイの部屋となった可愛らしい子供部屋を後にした。


 そして、タミーさんが子供部屋の白いドアを閉めるのを眺めていた。

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