家出人

「一晩宿を貸してください」


「うちは宿屋じゃないよ」


「お代は体で払います」


「いらないよ」


「どうかお願いします。帰る家はなく、公園は芝生侵入禁止で幅の狭いベンチしかないし、橋の下はこじゃれた店とアート作品で埋まっています。一晩だけ」


「おとなしくゴツゴツしたアート作品の上で寝るんだね」


「人でなし」


「どうしてそんな歳になるまで家出をしてしまったんだい」


「一度帰ろうとは思ったのです」


「続けて」


「でも遠くから見ていると、私がいない方が両親と弟は幸せそうに見えたのです。ああ、このまま私無しの幸せが続くなら」


「帰ったほうが良いよ」


「このまま私無しの幸せが続くなら、生かしてはおけないと思って」


「おっとぉ」


「帰る家は私が燃やしたので、ありません。どうか一晩」


「もしもし警察ですか?」


 男はその日、拘置所で眠った。

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