8月30日
沢田は寝不足だった。昨晩はまったく眠れなかった。夜半にとんでもないニュースが飛び込んできたのだ。
「モンスターが越境だって!」
世界のエネルギー需要を担っているのは地下ダンジョンから産出される魔石だ。魔石はダンジョンに生息するモンスターを討伐することによって得られる。
そのモンスターたちがダンジョンを抜け出し隣国へ攻め込み始めたと言うのだ。異変が起きたのは2カ国。北ユラシアにある連邦国と中東にある共和国。いずれも豊富な地下ダンジョンを有しているので冒険者たちの人気が高い。
「直ちに対処する」
連邦国と共和国は軍隊のみからなる討伐隊を編成し、モンスターが攻め込んだ隣国へ派遣した。この行動は冒険者たちの不評を買った。
「軍隊は高度に組織化された戦闘集団ではあるがモンスターに対しては全くの素人だ。モンスターを討伐するなら知識も技量もある我らに任せるべきではないのか」
それが冒険者たちの言い分だ。
だが2カ国の元首はそんな意見を完全に無視した。あくまでも自国の軍隊による解決を主張し隣国へ送り込んだ。
「オレたちも戦おう」
義侠心に富む冒険者たちは自主的にパーティーを組んで攻め込まれた国へ向かった。モンスターを討伐し魔石を得て儲けようという下心がなかったとは言えないものの、誰もが彼らの行動を称賛した。成り行きを見守っていた沢田も少し安心した。
「これなら事態もすぐ収拾しそうだな。今日は非番で休みだし、少し眠るか」
軽い朝食をとって寝る沢田。昼頃目を覚ましてネットでニュースを見た沢田は驚愕した。
「軍隊が反乱!?」
信じられないことが起きていた。2カ国が派遣した軍隊がモンスターと共同して隣国を攻撃していたのだ。もちろん冒険者たちもその標的となっている。これはもはや戦争だ。やがて2カ国の首脳による共同声明が読み上げられた。
「この世界は間違った方向へ進んでいる。言葉による是正はもはや不可能だ。正しき道へ戻す方法はただひとつ、天下布武しかない。今日からは我らが武によってこの世界を治める。逆らう者には容赦のない鉄槌が下されるであろう」
この声明を聞いて誰もが事の真相を理解した。何もかも2カ国首脳の仕業だったのだ。ダンジョンのモンスターを操って隣国を攻めさせ、討伐のための派遣という名目で軍隊を侵攻させ隣国を征服。最後的には全世界を手中に収めるつもりなのだ。そしてこの2カ国首脳を操っているのは、
「第六天魔王だ! 分裂して憑依したんだ!」
天下布武、この旗印を掲げた魔王によってヤーパン帝国は2度も辛酸を舐めさせられた。そして今度は世界中が辛酸を舐めさせられようとしている。2人の首脳に憑依した第六天魔王を追い払わない限り事態は終息しないだろう。
「爆裂魔法だ。2カ国に爆裂魔法を叩き込んで魔王をやっつけろ!」
それが唯一の解決策に思われた。この200年の間に術式の研究が進み、魔王の憑依を解くだけでなく魔王の存在そのものを消滅させられる術式が完成していた。これを発動させれば魔王は完全に消滅し二度とこの世に現れることはないだろう。
だがそれはまた世界の破滅をも意味する。戦争を仕掛けてきた2カ国はいずれも爆裂魔法の術式保有国だ。もし爆裂魔法を使えば報復の爆裂魔法が世界中で詠唱され、この世界は死の世界になり果てるだろう。
「ダメだ。爆裂魔法は使えない。他の方法を考えなくては」
「ならばヤーパン帝国の東照大権現はどうだ」
はるか昔、初めて第六天魔王がこの世に出現した時、数日間の戦いの末に勝利した東照大権現。魔界に追いやるだけで存在を消すことはできないが束の間の平穏は得られるはずだ。
「全ての陰陽師を招集せよ」
午後になると世界安全保障理事会からの要請を受諾したヤーパン帝国の宮殿は騒がしくなった。今の皇帝も上皇も陰陽術に精通している。今度は確実に大権現を顕現させられる。
ただしそれには時間が必要だった。陰陽師の数が激減していたからだ。昼夜兼行で招聘の儀式を行っても顕現までに2日はかかると見積もられた。それでも今はやるしかない。儀式が始まると帝国民全てが宮殿に向かって手を合わせ祈り続けた。
しかし日が沈むころになって、そんなヤーパン帝国民を嘲笑うかのような声明が2カ国の首脳から発表された。
「東照大権現招聘の儀式は即刻中止せよ。この要請に従わなければ直ちに超ド級分裂融合型爆裂魔法の詠唱をヤーパン帝国上空にて開始する。期限は明日、ヤーパン帝国標準時刻午前9時とする。以上」
それはもはや脅迫だった。もちろん皇帝も上皇もそんな脅しには屈しなかった。相手は魔王だ。たとえ東照大権現を顕現させずとも、いつか必ず爆裂魔法を発動させてこの世界を滅亡へ導くことは明らかだった。
だがヤーパン帝国はパニックに陥った。国外へ逃亡する者、成層圏外にある浮遊島へ脱出するために超高層飛行船空港へ駆け込む者、便利店で水や非常食を買い占める者。深夜になってもヤーパン帝国は上を下への大騒ぎだ。そんな状況の中でも沢田は相変わらず横着を決め込んでいる。
「今更何かしたところで助かるものでもないからなあ」
そうつぶやいて寝てしまった。大騒動の中でも眠れるだけの図太さはまだ残っていたようだ。
つづく。そして次回最終回。
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