8月27日

 冒険者の必需品と言えばポーションである。体力や魔力の回復の他に毒や麻痺などの状態異常を解除してくれる魔法薬。ダンジョン探索やモンスター討伐のクエストには必需品と言えるだろう。

 もちろんポーションは冒険者だけのためにあるのではない。沢田のような一般人が風邪をひいたりカビの生えた饅頭を食ったりして体調が悪くなってもこれを飲めば一発で治癒する。医者いらずだ。1家に1本は常備しておいても損のない代物である。だが、


「高いんだよなあ」


 一般的に魔力を帯びたアイテムは高額だ。ポーションも魔法薬である以上大変値段が高い。しかも健康保険の適用外である。医者に行って薬をもらってくる場合と比較すると安いポーションでも50倍くらいの費用がかかる。よほどの金持ちでなくては使おうとはしない。


「ああ、なんて嘆かわしいことなのでしょう。神の恩寵を受けられない人々がこんなに大勢いるとは」


 こんな状況に心を痛める者がいた。聖女シロッタだ。世界神教の最高位にあたる浄階神官の地位にありながら、彼女の目は常に社会の底辺で生きるさち少ない人々に向けられていた。この世には底辺男の沢田よりも遥かに不幸な人々がたくさん存在しているのである。


「ポーションのように高価なものでは万民を救うことはできません。毎日摂取できるくらい安価な魔法薬がないものでしょうか。治癒するのではなく予防する、それこそが人々を幸福にする唯一の道なのです」


 聖女シロッタは研究に没頭した。そしてついに完成した。女神ヤルクトの加護を帯びた微細魔法結晶を大量に含む大衆魔法薬、ヤルクト1000が誕生したのだ。


「おい、凄い薬ができたらしいぞ」


 ヤルクト1000完成のニュースは瞬く間に全世界に広がった。そしてその効能もうわさに違わぬ素晴らしいものだった。

 清涼飲料水と大差ない価格でありながら女神ヤルクトの加護によって体調のみならず精神状態まで改善されるのだ。ストレスや疲労は緩和され、不眠に悩む者は熟眠できるようになった。

 また汚染と不衛生で悪名高いセヌ川迷宮においても、ヤルクト1000を飲んでおけば下痢や嘔吐に苦しむことなく攻略できるので、冒険者たちの需要も鰻上りだった。


「へえ~、これがヤルクト1000か」


 少々お高い買い物であったが沢田も6本パックの商品を購入してみた。ヤーパン帝国では数カ月ほど遅れて発売されたのだが、あまりの人気ぶりに品切れ続出で当初はなかなか買えなかった。今年になって増産体制が整いスーパーでも普通に目にするようになったので買ってみたのだ。


「ぐびぐび。おおー感じる、感じるぞ。これが女神ヤルクト様の御加護か」


 五臓六腑に女神ヤルクトの愛が染みわたる。それは良いのだがちょっと物足りない。1本の内容量が100ミリリットルしかないので致し方ないところではある。


「そうだ、いろいろ混ぜて増量しちゃおう」


 冷蔵庫を開けると牛乳、炭酸水、清酒があった。全てヤルクト1000に混ぜてみた。なかなかいけるし飲みごたえもある。ネットで調べてみると同じようなことをしている者が大勢いた。黒酢やコーラ、緑茶を混ぜる者までいる。やりたい放題だ。


「こんなに庶民に愛されていたのか。聖女シロッタ様もさぞかし喜んでいることだろうなあ」


 そう願わずにはいられない。












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