8月26日

 沢田はたまに便利店へ行く。便利店とは1日14時間以上営業しているセルフサービスの小売店だ。スーパーのように安売りや特売はやっていないが、ポイントやクーポンが使えるので結構重宝している。そして時にはそこらのスーパーやショッピングセンターでは絶対にあり得ないようなイベントが開催される。


「おお、今年も始まったか。4倍増量、待ってたぜ!」


 沢田の胸が躍った。今日から始まったイベント「お値段そのまま。たぶん4倍増量作戦」とは、全国展開している便利店で年に1回行われる目玉企画である。企画の内容はタイトルそのままだ。ある特定の商品がいつもの値段でたぶん4倍増量になるのだ。


「いや、それ大赤字でしょ。大丈夫なの、その店?」


 と思われるかもしれない。大丈夫だ。世の中はそんなに甘くない。実はたぶん4倍増量という言葉にカラクリがある。確かにたぶん4倍増えるのだが何が増えるかは購入者によって変化するのだ。


 対象の商品はいつも通りの量と価格で棚に陳列されている。これをレジ横に置かれた魔道具「何かがたぶん4倍になる箱」の中に入れて作動スイッチを押すと、増量魔法が発動して商品の何かがたぶん4倍になるのだ。

 商品の何がたぶん4倍になるかはランダムである。そして購入はひとり1個に限定されている。一発勝負だ。


 一昨年の沢田はひどいものだった。対象となったのはバターチーズクリームをサンドしたビスケットだ。期待に胸を膨らませて魔道具に商品を入れる。スイッチオン。増量術を掛けられて出てきたビスケットを見て沢田は落胆した。


「え、何これ?」


 魔道具に入れる前と少しも変わらぬビスケットがそこにあった。いったい何がたぶん4倍になったのだろう。自宅で食べてみてようやくわかった。異常に甘いのだ。


「そうか、砂糖がたぶん4倍になったんだ」


 一度に全て食べるのは危険すぎる。沢田は4日かけてビスケットを始末した。


 昨年の沢田もイマイチだった。対象となったのは看板商品のフライドチキンである。期待に胸を膨らませて魔道具に商品を入れる。スイッチオン。増量術を掛けられて出てきたチキンを見て沢田は首を傾げた。


「ん、大きくなってはいるけど?」


 魔道具に入れる前より大きくなってはいるがたぶん4倍にはなっていない。いったい何がたぶん4倍になったのだろう。自宅で食べてみてようやくわかった。衣のザクザク感が半端ないのだ。


「そうか、衣がたぶん4倍になったんだ」


 肉の量がそのままだったのは残念だが、味の付いた衣はそれなりにおいしかったのでそれほど悪くはないな、と沢田は思った。


「今日こそは成功させてやる」


 今年の対象は唐辛子豆腐弁当だ。唐辛子がたぶん4倍になるとかタレがたぶん4倍になるとか、そういうのだけは勘弁してほしいなあと思いながら魔道具に商品を入れる。スッチオン。増量術を掛けられて出てきた弁当はたぶん4倍の大きさに拡大している。


「やったあ、大成功だ!」


 だが弁当の中身を見た瞬間、喜びは失望に変わった。たぶん4倍になったのは弁当の容器だけで中身はまったく増量していなかったのだ。


「ううう、またもハズレか」


 落胆する沢田。しかし損したとは思わない。もし商品の代金がいつもの4倍だったら怒り狂うところであるが、お値段はそのままなのだ。単に容器がでかくなっただけで、いつもと同じ中身をいつもと同じ値段で買ったのだから何の損もしていない。


「あの、温めますか」

「あ、はい。お願いします」


 たぶん4倍になった弁当を店員に渡す沢田。が、電子レンジの扉を開けた瞬間、店員が言った。


「すみません。大きすぎてレンジに入りません。家で温めてください」

「あ、はい」


 冷たい弁当を自転車の荷台にくくりつけて帰宅する沢田。こんなでかい弁当容器、家の電子レンジだって入るわけがない。丼にでも移して温めることにしよう。


「温めてもらえなかった分だけいつもより損してるじゃん。うう、悔しいよお」


 来年こそは絶対に成功させてやる、そう心に誓いながら沢田は自転車を漕ぎ続けた。










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